六、元旦(挿絵二枚追記)
西暦1526年、大永六年一月一日。曼珠院で過ごす初めての年明けである。
この時代の暦は旧暦なので、現代暦に直せば1月下旬から2月中旬頃。
僧衣に京都の底冷えの寒さは、正直堪える。一応冬用の生地に衣替えはしているのだが。
ちなみにこの時代、年越しそばの風習はない。そもそも一般的にそばが食べられるようになったのは江戸時代だ。
それと僧侶の仕事で年末年始は除夜の鐘を叩くという仕事がある。拙僧はまだ幼いので横で見ているだけであったが。
年が開けての行事は客人の迎え入れと、御所への年始の挨拶になる。
ちなみに参拝客を迎え入れるという風習もこの時代はないので、曼珠院への後援者や公家関係者、あとは荘園からの代官の挨拶というのが普通だ。
ただ拙僧の交友関係は特殊なので、他の寺院とは違う顔ぶれが客人として訪れることも多いが……と噂をすれば。
「先日はうちの娘がお世話になりました」
「おひさしぶりい」
「これ、乱。相手は皇族の血縁ですよ」
乱の態度を、父親らしき男性がたしなめる。
そう、やってきたのは大原で知り合った、あのきゃんでぃず三人娘とその父親達であった。
「乱のお父さん、大丈夫。
一休さんは多分、そう言うの気にしない」
と口を開くのは猿楽師の幹。まあ、確かにそうなんだけど少しくらいは敬ってくれ。
ちなみに正月早々、三人娘とその父親が来訪する事になったのは彼女の発案である。
「あけましておめでとうございます」
と吸が。
「その説はどうも、ありがとうございます」
とその父親が、そう言って揃って深々と頭を下げる。
こちらは本当に礼儀正しい。まあ宿でお世話になっているから当然か。
そして元僧侶だという幹の父親は、無言で会釈する。
寡黙な人なのかな?拙僧としては仏法の先輩として色々聞きたいこともあるのだが。
「立ち話も何でしょうし、外は寒い。どうぞ奥で暖でも取ってください」
拙僧はそう言って、一同を庫裏(寺の台所にあたる)へ招き入れる。
高貴な客人は客殿、親しい間の人間は庫裏でもてなすのが寺の決まりだが、その庫裏には既に先客がいた。
「これはこれは一休どの……めっちゃ綺麗な花々を侍らせはって、まあ羨ましい限りでんなあ」
拙僧の師、滋運様の歌人仲間で堺の豪商、武野新五郎である。
昨晩から泊まり込みで曼殊院に滞在している。
「え、これでっか?
いやでんなあ、般若湯でんがな般若湯……ヒック!」
新五郎が言い訳する、その眼の前には酒の徳利と杯。
寺でお酒はご法度だが、冬の寒さを凌ぐのに日本酒を般若湯という方便で飲むのは黙認される風潮がある。
とはいえ、朝っぱらから顔を赤らめるほど飲むのは流石に駄目な大人だろう。
「新五郎どのは上機嫌ですな、皆さまこちらへ」
流石に酔っ払いと同席はどうかと思ったので、寺の案内がてら自室に招く事にした。
「皆さまお久しぶり、初めての方もおりますが」
と挨拶するのは坊官の珍平。
先日の大原行きに同行しているので、きゃんでぃずと吸の父とは顔合わせしている。
「さっ、三条儀右衛門と申しまする」
こちらは緊張した面持ちで挨拶する。人見知りなのか、女性三人の華に狼狽してるのか。
ともあれ、この二人が拙僧の部屋にいるのは、既に当然のようになっていた。
「儀右衛門さんの話は覚恕様からの文で伺っております。何でも凄い技術者ですとか」
と吸。
「いやいや、一休の再来と呼ばれる覚恕様の知恵あればこそ。拙者などまだまだ足元にも及びませぬ」
「ふうん、一休の再来って本当なんだ。最初は何の冗談かと思ったけど」
「これ乱!」
乱の軽口にまたもや父親の説教が、今度は強めに入る。
「良い良い、正直拙僧自身が困惑してるのだ」
拙僧はそれを宥める。
「……一休さん、良いことを思いついた」
不意に幹が話に割り込んでくる。
癖の強いこの子の「良いこと」など、正直悪い予感しかしないのだが。
「男子がここに三人、女子も三人。誰が誰を貰うか決めよう」
「はああ?」
薮から棒に何を言い出すんだ、この脳味噌蒸し羊羹!
ほら見ろ、やっぱり爆弾発言だ。
きゃんでぃずの父親達が目を丸くして……いや幹の父だけ無表情だな。
「えー、どうしよう。私は珍平さまかな?」
と乱。珍平もまんざらでもない表情だ。
「儀右衛門さんが誠実そうかなあ……」
と吸。儀右衛門は真っ赤になって恐縮している。
「よし、余った一休さんはわたしの物だ」
と幹が拳を握る。
余ったってなんだよ!嬉しくないぞ?
そもそも元僧侶の娘が、出家した僧が結婚出来ない事を知らないはずはないのだが。
「一休さんも、うちの父のように僧を辞めればいいのに。
大変だよ、お坊さんなんて」
聞こえないくらいの声で幹がそう呟く。そして本気でそう思ってそうなのが怖い。
拙僧には僧侶としてすべき事があるのだ。いちいちそれで幹に噛み付くつもりもないが。
「そ、そうだ覚恕様。実はお土産を持ってきたのです」
不意に乱の父が、そんな話を切り出す。
「まだ作りかけですが……」
そう言って、彼が鞄から取り出したのは作りかけのお面。確か乱とその父は面打ち師、仮面を木彫りするのが本業だったと聞く。
それも、ただの祭事用の面ではない。彫られた顔には鏡の前で見覚えがある。
「これは、拙僧を?」
「はい。出来ればここにくる前に仕上げたかったのですが、本来なら一つの面を仕上げるのに半年はかかる代物でして」
「ふむ、せっかくなので彫ってる所を見せてもらう事は出来るか?儀右衛門も同じ職人として興味があるだろう」
「ええ、それは是非に」
「そこまでおっしゃるのなら……」
と、乱の父が鞄から面打ちの道具を取り出す。
「早速婿の一休が友人の父に奪われた件」
と幹が言う。誰が婿だ誰が。
「じゃ私も見学させて貰おうかな」
と乱。
「では退屈だろうから、二人の女性の相手はオレが務めよう。確か歌かるたが部屋の何処かにあったはず」
と坊官の珍平が気を利かせる。
「あ、お気遣いなく」
と吸が恐縮する。
「ふっ、この私に歌かるたで挑むとは良い度胸だ。婿に構ってもらえない鬱憤を晴らしてみせよう」
やけに芝居がかった口調で幹が言う。
と言うか婿設定、いつまで引っ張るつもりなんだこの猿楽おなごは。
10/23挿絵挿入
・よっぱらい新五郎
・きゃんでぃず一家が正月お寺に、のシーン




