五、番内(挿絵追加)
10/23に挿絵を追加しました。
西暦1525年、大永五年10月上旬のある日のこと。
「ああ、あんたさんが一休の再来と呼ばれている覚恕様ですな」
開口一番、拙僧は眼の前の商人風の格好の男にそう声をかけられた。イントネーションが若干大阪寄りだから、堺の出身か?
聞く所によれば、巷では拙僧を一休の再来と噂するものが出てきているらしい。
いや出処はどこだ?
ふと仮面を持った蒸し羊羹娘の顔が浮かんだが、流石にあの女猿楽師にそこまでの影響力はないだろう……多分。
確かに一休和尚とは幼くして出家し皇族の血縁、幼いのに色々知ってる等々、共通点は多い。
しかも何の偶然が母の名前が伊予局なのだ。まあ伊予局自体が花子さんくらいよくある名前だというのもあるが。
ただ違う点もあるので、ここは声を大にして言いたい。
拙僧は天台宗。一休さんは臨済宗大徳寺派なのだ。晩年、一休は大徳寺の復興に尽力したと聞くし、向こうにしてみればいい迷惑だろう。
「何を隠そう某は堺で商いをしとりまして、大徳寺派は久々に懐かしい名前が出たっちゅう事で、むしろ大喜びしてますねん」
やはり堺の商人か。そして大徳寺は堺の豪商の支援も受けている。そちらが公認なら大丈夫、なのか。
「あまり拙僧の弟子をいじめないでくれ、新五郎」
ここで慈運様が助け舟を出す。ありがたいと思う反面、もう少し早く止めて欲しかった。心臓に悪い。
「おっと自己紹介がまだでしたな。某は武具商の武野新五郎言いますねん、以後よろしゅう」
堺の商人で武野ということは、出家前の武野紹鴎か。確か千利休の師匠だった人だ。
ちなみに利休が歴史の表舞台に立つのはまだずっと先、今は堺で親の手伝いをしてる子供のはずだ。
「新五郎は拙僧の歌人仲間でな。茶人としての腕も素晴らしい」
と拙僧の師は彼をべた褒めだ。
「なんのなんの。慈運法親王の和歌や連歌に比べたら某なぞ、ちーっぽけな存在ですねん」
負けじと新五郎どのも相手を褒め殺そうとする。
「ところで新五郎どの。ひとつお尋ねしたき事がございます」
「おお、一休の再来が如何ほどのお尋ねでっしゃろ。
配下の者があんじょう稼いだっちゅう噂を耳にしてますさかいに、むしろ某からお願いしたいくらいですわ」
儀右衛門は拙僧の配下扱いか、しかも自分も儲けさせろと?
「ご期待に応えられるかわかりませぬが、実は器を作れる職人が欲しいと思っておりましてな」
それは先の放火未遂が起きる一月前、九月の事。
京の都では痘瘡、いわゆる天然痘が流行していた。
幸いにも拙僧や寺の者、病弱な兄の寿仁や姉の永寿女王は難を逃れた。
しかしそれから、拙僧は兄たちの体調管理に一層気を使うようになった。手洗いうがいの徹底を説いたが、それだけでは不十分だ。
そこで考えたのがアルコール消毒。ウイルス性の感染症には効果がないが、細菌感染なら防げる。
しかしそのためには70%以上の高濃度のアルコールが必要になる。つまり蒸留酒だ。
前世の知識では今の時代、暹羅(今のタイ)経由で沖縄あたりに高純度の蒸留技術があった記憶があるので取り寄せられないかと考えたが、流石に距離的に厳しいようだ。
なければ作るしかない、と儀右衛門を呼んで相談したが。
「拙者は金属の職人ですからねえ、このジョウリュウ?したものの入れ物を作るのは専門外でして」
と、技術者の増員を要望されたのだ。
そしていま。拙僧の要望に新五郎どのは二つ返事で同意し、ある陶器職人を紹介してくれた。
「ああ、あなたが一休の再来と呼ばれている……」
しかし何故拙僧と初対面の者は、この言葉を枕に使いたがるのか。
「失礼。拙者、甲賀の信楽で焼き物を生業にしている多羅尾バンスケと申します」
「た、タラオバンナイ?!」
「……バンナイ?」
あっ、また前世の記憶でやってしまった。
ちなみにタラオバンナイは、祖父がDVDで良く見ていた探偵作品。
七つの顔を持つ男だったかな、なんか変装の名人だった記憶がある。
「いや知り合いに偶然、そんな名前の者がいてな」
「左様で。ちなみに覚恕どの、バンナイとは、どんな漢字を書くのですかな?」
そんなの覚えてないぞ。ええと……
「逆に聞くがバンスケどのは、どういう漢字なのだ?」
「当番の番に、助けるの助ですが」
「似たような物だな、当番の番に外側内側の内だ」
知らないけど、多分そうだった気がする。
「左様でございますか。では拙者、此度から多羅尾番内を名乗らせていただきまする」
——ええと、またなのか。
「まあよい……バンナイどの、実はこのような物を作りたいのだ」
そう言って拙僧は、図面を見せる。
「ほほう、蒸留ですか」
「わかるのか?」
驚いた。この時代にこれを知ってる者がいるとは。
「おや新五郎様から、拙者の素性を聞いておりませんで?」
「いいや。ただ、腕の立つ陶器職人がいると教えられただけだが」
「フハハハ」
拙僧の言葉に、番内は豪快に笑った。
「そりゃまた新五郎様も人が悪い。
陶器職人とは世を忍ぶ仮の姿、実はこうした一般人が目にしない図面を運ぶことを生業としておりましてな」
ということは、つまり。
「忍者、ということか。そして番内どのは過去に蒸留の図面を見た覚えがあると」
「左様にございます。確か同じ物を琉球……いや明からの資料だったか」
だろうな。拙僧の記憶でもこの時代の蒸留技術は今の二箇所か、あるいは先ほど話した暹羅もしくは満剌加(マレーシア)か、更に先の大食(アラビア)辺りしか存在しない気がする。
「どうです?宜しければ拙者を召し抱えませぬか。一休の再来と呼ばれる方にお仕えできるなら光栄です」
番内は自分を売り込んでくる。確かに拙僧が寺を出られぬ坊主である以上、自分の五感となる存在は欲しい。
「ちょっと考えさせてくれ。ちなみに番内どのは、他に仕えている主君はおるのか」
「堺の商人の方の仕事の依頼が多いですが……ああご心配なく。幼気な子供からお金は取りませんので」
子供料金は無料ということか。それはたしかに、利用しない手はないなあ。
中身はかなり擦れた大人なんだけどね。




