四、防火(挿絵追加)
「また京で出火騒ぎだそうですよ?小火で済んだようですが」
と、最近頻繁にこの曼珠院に顔を見せる刀鍛冶の三条儀右衛門。
今は刀鍛冶というより、拙僧お抱えの技術職人となりつつある。先日も拙僧の発案の「洗濯挟み」で、それなりの小銭を稼いだと喜んでいた。
「炎上してしまえば手が出せぬからなあ。消火するにも水だって貴重だ」
坊官の大谷珍平が、そう言って頷く。
ちなみに珍平も儀右衛門も本名ではなく、拙僧の何気ない一言で定着してしまった。しかも何故か本人達は気に入っているようだ。
しかし出火、か。拙僧の中でその言葉を聞くたびに、何故か心が疼き嫌な汗が出る。
「どうした、覚恕。顔色が悪いぞ」
心配そうに珍平が、拙僧の顔を覗き込む。
「大丈夫、大丈夫だ……」
正直大丈夫ではないが、そう返答する。拙僧は一体どうしてしまったのか。
その日の夜、灯明の炎を眺めながら拙僧はふと思いにふける。
火といえば、拙僧が出家する前に御所でも出火があった。
史実通りならこの後も京の町は幾度となく焼ける。
将軍居住の柳の御所も、東寺の塔も落雷で焼け、
「そうだ、最後には比叡山も……」
――焼かれたくない。
そうだ、今思い出した。拙僧は前世で、焼け死んだのだ。
彼女が亡くなって、それから……
だから拙僧は火を恐れる。
そして火事に困る多くの人助けたい、というか火事を防ぎたい。
拙僧には前世の記憶がある。
それを使えば回避は……当然可能だ。
そうと決まれば早速行動だ。
どうすればいい?今出来る事は何だ?
拙僧のパニックになっていた頭が一転、未来の運命を変える方向にギアが切り替わるのを感じた。
そして翌朝。
「おっ、元気になったようだな」
「一安心ですな」
拙僧の顔色を見て、呑気な事を言い出す珍平と儀右衛門だが。
「何を他人事のようにしておる、今後は二人にも色々手伝ってもらうぞ?」
と拙僧が言うと、顔を見合わせ怪訝そうな顔をした。
そんな訳で、拙僧は曼珠院に防火対策を施そうと発案した。
しかし最初は師匠の慈運様をふくめ、寺の改造に難色を示すありさま。
それでも何とか説得して、実際に設備を設置出来るようになっても問題があった。
「おお、やってるなあ儀右衛門。うん?何だこの紐は」
「ああっ駄目です珍平どの、まだそれに触っては」
——バシャーン!
「おい、本堂が水浸しだぞ!一体誰の悪戯だ!」
「あの声は慈運さま!? 逃げましょう珍平どの!」
「……お、おう」
などと失敗の連続(主に珍平のやらかし)で、何度となく拙僧と珍平、儀右衛門は怒られた。
それでも拙僧は諦めなかった、それが必要なものと信じて。
そんなこんなで、半年が過ぎた頃。
この装置の有用性が、意外な形で証明されることになる。
発端となったのは、儀右衛門の小銭稼ぎ。
洗濯挟み以外にも矢立(現代で言う筆箱)に留め金をつけて開閉しやすくしたり様々な商品を拙僧の発案で編み出した。
そして商品が売れれば、当然それを妬む者も出てくる。
そこまでは想定内だったし、とはいえ他人の目もあるので滅多な事はしてこないだろうとタカをくくっていた。
まさか拙僧を追い出した第一皇子の取り巻きが商人たちと繋がっていて。
商人は政治的な後ろ盾が出来たと思い込み。
皇子の取り巻きも、表立って手を出すつもりはないが何かあれば尻尾を切れる駒と商人を利用する。
そんな筋書きなど予想出来るものか、神や仏でもあるまいし。
とにもかくにも、後で知った話だがそんな筋書きがあったらしく。
ある日曼珠院への付け火が決行され……そして、またたく間に鎮火した。
放火にやってきた者は目を丸くしたことだろう、狐にでも化かされたのかと。
仕組みは簡単で、現代日本では見慣れた技術の消化装置と防火扉。
炎を感知して感知器代わりに設置した和紙が燃えたら、仕掛けが作動して天井に仕込んだ盥から水が流れて消火する。
と同時に部屋の周囲が土壁で塞がれ、空気の寸断と他の家屋への延焼を防ぐ。
ただ、あくまで小規模な家屋の曼珠院だから出来たことで、この仕組みを巨大な延暦寺に持ち込むのは難しいだろう。
叡山自体が代表である座主の持ち物ではなく、隅々までの改造は難しい。
そもそも比焼き討ち自体は軍事制圧で政治的な側面、寺の宗教問題が絡むのだ。もっと根本から対策を考えなければいけない。
とはいえ、これで手駒の一つは出来た。
そしてこれは想定外だったのだが、放火犯を部屋に閉じ込め逃さない役目も担った。
我々が発見した時は、息も絶え絶えで窒息死寸前であった。防火のため空気遮断してるから当然なのだが、生きてくれてて良かった。
「で覚恕、どうするのだこいつを。本来であれば極刑だが」
と珍平が、縄でぐるぐる巻きにした犯人に向かっていう。
「何もしない。付け火は未遂で防げたからな」
「は?しかしそれでは」
「もちろんタダで返すつもりはないぞ?たっぷり仕事はしてもらう」
拙僧は放火犯に、商人の伝言を依頼する。
そんなに稼ぎが羨ましいなら技術提供をしよう、だが今後はこちらに協力をしてもらう。
嫌だと言うなら今回の一件をすべて明るみにするぞ、と。
なお、今回第一皇子の取り巻きへの働きかけはしない。放置される方が彼らが不審に思い苛立つことを知っている。
さて久々に兄の寿仁と永寿女王に文でも出して、それとなく尋ねてみるか。
今回の件に、第一皇子の方仁と取り巻きがどんな反応をしているかと。




