三、懐刀(挿絵追加 二枚)
「また文を書いてるのか」
呆れたように坊官の珍平が拙僧に声をかける。
この坊官、本名は泰平なのだが以前拙僧が間違ってチンペイと呼んでしまい、今では慈運様までそう呼ぶのが定着してしまったのだ。
何より本人がそれを嫌がっておらず、どころか気に入っているのがおかしい。拙僧なら抗議する所だ。
そう言うズレた所は嫌いではないが、拙僧が人と違う事を始めようとすると何でも興味深々に首を突っ込んでくるのは困りものだ。
そもそも今回のこの文も別に遊びでやっているのではなく、これが今拙僧に出来る唯一の行動だからだ。
商人や有名な各武将に手紙を書き縁を作っていく。
そうする事でいずれは、多くの人を救う足がかりになるはずなのだ。
そう言うのは多分説明しても理解出来ないだろうなあ。
「文書を書くのも大事だが、肝心のお経を覚えるのが疎かになってはいかんだろう。
って慈運様は言いそうだぞ」
珍平の言い分も分かる。確かに両方大事だ。
だがなあ……
「爾時文殊師利法王子。菩薩摩訶薩。白仏言。世尊。是諸菩薩。甚為難有……」
「馬鹿な、あの安楽行品をそんな完璧に!?」
拙僧の勤行、いわゆる朝のお経読みを聞いて驚く珍平。
ふふん、どうだ驚いたか。拙僧が出家するのは確定だったから、その前に法華経と般若心経は全部覚えたわ。
「ちなみに覚恕よ、お経は唱えるだけでは意味がない。
その意味を理解した上で唱えておるな?」
師匠の慈運様は、そう尋ねてくる。
「無論でございます。法華経の一つ、安楽行品。
その意味は……」
ちなみに日蓮宗も我々天台宗と同様、法華経を重んじる。
ただし日蓮宗、特に日本で有名な日蓮の一派が重視するのは方便品第二。
一方の天台宗が大事にするのは安楽行品第十四と言われる一説で、これはざっくり言うとお釈迦さまが説く修行方法である四安楽行、
身安楽行(行動の仕方)
口安楽行(言葉の使い方)
意安楽行(心の持ち方)
誓願安楽行(僧侶としての導き方)
の説明と、「髻中明珠のたとえ」と呼ばれる内容も含まれる。
髻中明珠のたとえ。王が最も大切な宝を隠し持つように、この教えも軽々しく振りかざすものではないと言う内容。
歴史の動乱の中で比叡山はこの教えを破って、対立する仏教宗派を何度も弾圧した経緯がある。
浄土宗開祖の法然、
浄土真宗開祖の親鸞、
臨済宗開祖の栄西、
曹洞宗開祖の道元、
そして、日蓮宗開祖の日蓮。
かつて多くの宗派が枝分かれして巣立っていった、天台宗はその根っことも言える。
根っこには根っこの役割があるはずなのに、天台宗の総本山はそれを忘れてしまったのだと思う。
過去はもとより、この先の歴史でも数々の宗教対立を生み出す。
それを回避するために今から考える事、やるべき事は山積みである。
宗教間や武将同士の利害など、実に複雑な要因が絡んでくるからだ。
「覚恕って、やっぱすげえんだな」
「どうした珍平どの、薮から棒に?」
「いやもう、呼び捨てでいいよ。敬語もいらねえ。
なんかオレ、先輩って感じじゃないし」
頭を掻きながら珍平が言う。
「念仏の意味なんて考えたことなくてさ、ちゃんと覚えて唱えたら救われるもんだと思ってたよ」
「ああ、そういう宗派もあるな」
南無阿弥陀仏と唱える浄土真宗がその例だろう。
「ただそちらさんは阿弥陀様に委ねる心が大事らしいから、やはり唱えればいいってものではない」
「うーむ。ところで覚恕、今はその机で何をしておるのだ?また文を書いておるのか」
「いいや、今は読んでおる。文を出せば返事が来るものだろう」
「そりゃそうだが……戻ってくるものなのだなあ」
珍平が妙な感心の仕方をする。
確かに、書いた手紙が戻って来る率は低い。稚児が書く手紙など眉唾と思われるからだ。
だがそう言う意味では武将より商人からの手紙の返答率は高い。
彼らは利さえ目算出来れば、相手は誰でも良いのだ。
それが例え、稚児だろうが罪人だろうが妖怪だろうが。
……まあ、例の大原の蒸し羊羹娘と文の交換をしている件は珍平には内緒にしておこう。
変な詮索をされても困る。
「ふふ、ようやくお目当てのものが手に入りそうだ」
「なんだ覚恕、金銀財宝の類でも手に入れたのか?」
「……拙僧にとっては今後そうなるかもしれん」
そして、数日後。
「覚恕、それが言っていた財宝か」
「うむ、これは南蛮伝来の懐中時計、持ち運んでどこにいても時間の分かる便利な物だ」
歴史では確か、10年ほど前に発明されたばかりという代物だ」
「なんと!南蛮はそこまで技術が進んでいるのか」
拙僧の言葉に珍平は目を見開いて驚く。
「ただ問題があってな、これは壊れていて動かない。
故に格安で手に入れた」
「壊れている!?
何だ、それでは意味がないではないか」
今度は顔をくしゃくしゃにしかめる珍平、ころころと良く表情の変わる男だ。
「いや珍平、考えてみよ。壊れているなら直せば良い。そしてそれを直せる職人こそが、拙僧の本当に求める人材なのだ」
「良くわからんが……その人材のあてはあるのか?」
「ああ、直にこの曼珠院にも……おお、噂をすれば」
拙僧は覗き窓から、来客の姿を確認する。
「三条宗次にございます」
深々と頭を下げる、前掛けと作務衣姿の男。
その服の汚れと擦れ具合から、武家ではなく職人であると判る。
「拙僧はただの見習い小僧だ、そんな堅苦しくせずとも良い」
「ですが、この度は拙者のような者を見出していただいた。それが嬉しく」
そうなのか、いやしかし。
「確かそなたは名匠、三条宗近の血筋であった筈」
「はい、しかしご先祖様のような刀は打てず、細工物で生業を立てております。故に他の刀鍛冶からは馬鹿にされる有様で」
「ふむ、これのことだな」
と拙僧は懐から、彼が作った装飾品の類を取り出す。
「他の鍛冶職人は目が曇っておるな。良い仕事ではないか」
「恐れ入ります」
お世辞でなく、細かな所に手の行き届いた見事な技術だと思うのだが。
そして拙僧が求める人材でもある。
「実は、見てもらいたい物があってな」
と拙僧は、今度は懐から懐中時計を取り出す。
「舶来の小型の時計だ、動くように直せるか?」
「これは……拝見しても?」
拙僧はうなづいて、時計を手渡す。
「不思議な部品の組み合わせで出来ておりますな、興味深い……ではこの使命、一命に代えましても成し遂げてみせます!」
いちいち大袈裟だな、この男は。
ただそれくらい、彼にとって三条宗近の名誉回復は重い意味を持つものなのかもしれない。
「ふむ、このからくりを直せるなら凄いことだぞ。あの有名な、からくり儀右衛門を超えるかもしれん」
「儀右衛門……」
「あっいやなんでもない、忘れてくれ」
いかんな、ついつい前世の知識で物を考える癖が。
ちなみに、からくり儀右衛門は江戸末期から明治にかけて活躍した田中久重の別名で、東洋のエジソンとも呼ばれた人物。あの電機メーカー東芝の基礎になった芝浦製作所の創業者でもある。
「お坊様、一つお願いがございます」
「なんだ?」
「もしその時計が動くようになったあかつきには、拙者がその儀右衛門を名乗ってもよろしいでしょうか」
「そ、それは構わんが」
構わんが……またこの流れ?
「承知しました。この三条、全身全霊を持って事にあたらせていただきます」
「……」
かくして時計は彼の努力のかいあって動くように直った。直った、が。
「約束通り、今後は三条儀右衛門を名乗らせていただきます。何卒末永くよろしくお願いします」
かくして大谷珍平に続き、三条儀右衛門という拙僧由来の命名の新たな仲間が加わったのであった。




