五十三、仙熊
大原までの歩きは、初めて行った幼児の時に半日掛かりだったのを考えたら楽になったが、数え十三歳の拙僧の足では休憩込みで三時間ほど掛かる。
やはり乗馬を覚えるべきか。実は身分的には乗れるのだが目立つのが難点だ。
「あ、でも変装で顔を隠せばいけるか」
「余計目立つ。そもそもお主の年齢を考えろ」
拙僧の名案も同行の珍平に駄目出しされてしまった。
武家の生まれなら子供の頃から馬に乗ると言うのに、甚だ理不尽だ。
ほら、拙僧と同じくらいのあの少年みたいに……少年?
目の前を馬で通り過ぎる武家の集団が見えた。
礼服の大紋を着用し、背中には段のついた菱形の下に釘抜、つまり中が空いた小さな菱形が五つ並んだ家紋。
あの独特の絵柄は三好家、しかも少年を囲むような集団だったので高位の身分と想像出来る。
馬子にも衣装という、失礼なワードが頭に浮かんだが彼はひょっとして……
「ずいぶんじっくりと見ていたが、知り合いか?」
そう珍平に声をかけられる。
「初対面だが、多分拙僧はあの者を知っておる」
「また妙な事を言い出したぞ」
拙僧の突飛な発言は初めてではないので、珍平はまたかよ、という顔をする。
まあ、答え合わせは大原の現場に着いてからだ。
大原の件の建物に到着すると三好の家臣達が、入り口で持ち込んだ荷物の整理をしていた。
さて先程の少年はといえば、門跡ラーメンズトリオと何やら話をしていた。
「では奥の方が車寄せですか。
杮葺ですが、作るの大変だったでしょう」
「そこは大工が優秀なので」
「「優秀なので」」
「確か手掛けたのは愛宕公社でしたっけ。業務を優秀な宮大工に発注して、金剛組もお世話になったと……おや」
そこまで話して、少年は拙僧達に気づいたようだ。
「ひょっとして、貴方が覚恕様ですか?
初めまして三好孫次郎利長です、皆からは仙熊って呼ばれてますけど」
ああやっぱり後の三好長慶こと千熊丸か。
12歳で元服したが、しばらくは幼名で呼ばれていたと史実にも書かれていたはずだ。
それも千熊でなく仙熊で。元服前に一向一揆と晴元の和睦を仲介したなんて記録もあるので、仙人のように聡明な子というニュアンスも含むのかもしれない。
と言うか今の短い会話のやり取りでも、こいつ頭良さそうだと思ったもん。
「生前は父がお世話になりました」
そういえばこの子の父親、堺公方の足利義維側近の元さんこと三好元長だったっけ。
元長とは山本氏の痘瘡疑惑で、曼珠院まで押しかけてきた時に顔を合わせている。
確かに、いわれてみれば顔に親の面影がある。
「父曰く、覚恕様は嘘をつかない誠実な人だと」
すまんな千熊丸、あの時はその場しのぎの嘘で君の父親を追い返したんだ。拙僧の胸が少し痛んだ。
そう言えば元長、アルコールの小瓶を渡した時に匂いを嗅いでいたな。どうやら好奇心と観察癖は親譲りか。
「色々お気遣い恐れいる。機会があれば墓前にご挨拶に伺おう」
「そうですか、きっと父も喜びます。何でも身内の裏切りも示唆なさっておられたとか」
ああうん、前世の知識チートでね。そこはもう少し有効に活用してたら君のパパも命を落とす事、なかったかもしれないね。
「やあ久しぶり」
そして当然のように顔を出す松本。
山科言継の結婚式にも顔を出していた彼だ、特に驚きはない。
「頑張って史実通りに歴史を進めてくれてるみたいで、感謝してるよ」
そうですか、歴史改変許さない警察のお眼鏡にかなって何より。
「そのお礼、って訳じゃないけど天文法華の乱が終わって僕がまだ生きてたら、尾張に行く予定だ。
その後の畿内の事は好きにしていいよ」
こいつ、どこまで拙僧の事を調べ上げているというのだ。
ああ、白状しよう。
史実通りならもう織田信長が生まれている筈だ。
拙僧は彼を天下人でなく、室町幕府の強力なボディガードとしてスカウトしようと思っているのだ。
松本が尾張に行くと言う事はつまり、信長以外の織田の誰かを裏で信長の代わりに仕立てるということか。
「あと千熊丸にはもう会ったよね?
あの子が聡明過ぎるのは少し気になるんだ。
君と似てるけど、転生前の自分を忘れてるとか」
つまり前世の知識はあるが、生まれ変わる前の「記憶」が残ってないと。
まあそう言われてみると腑に落ちないこともない、かな?
さて六角氏の当主、定頼とは初顔合わせである。
彼の居城である観音寺城へは使者経由で伝言を伝えた事はあるが。
年の頃は四十歳前後と言ったところか。
史実では先進的な武将として知られ、織田信長に先んじて楽市、いわゆる市場の自由化を行った。
また城割、家臣の城を廃止して権力を集中させる政策も、江戸時代の一国一城に先んじて彼が始めた。
「貴方が愛宕様ですか」
そんな前提で話す彼は、切れ者の雰囲気を持ちつつも温和で品のある印象であった。
「その説は有益な予言を下さり、拙者も感謝しております」
まあ蓮淳と違い相手に悪い印象を持たれておらず、むしろ好印象であるが故の拙僧の色眼鏡がかかっているかもしれないが。
そう言えば以前に川勝寺口の戦いで、朝倉宗滴が本陣の東寺に踏み込んだ敵を撃退した活躍で開かれた宴では見かけなかった気がする。
確か六角軍も参加していたはずだが。
「近江での戦後処理や防衛に掛かりきりでして、というのは言い訳で」
定頼は苦笑して、なおもこう言葉を続ける。
「あの方の酒癖の悪いのは評判でしたからな、面倒を避けたかったというのが本音です」
うん出なくて正解だったと思う。
という事は、拙僧の失態は見ていないのか。ホッとした反面、話には聞いてるけどあえて言及してないだけかもしれない。
「それで愛宕様。可能であれば、また新たな予言をいただけると嬉しいのですが」
そしてなかなか、抜け目がない。実利に悪びれないところも嫌いじゃない。
さて、予言……予言ねぇ。




