五十二、稚児
「憶仁、怒ってる?」
確定申告斎こと猿楽師の幹が、借りてきた猫のような態度で拙僧にそう尋ねる。
彼女が拙僧を本名で呼ぶ時はより近い距離で繋がりたい、もしくは拙僧に何か後ろめたい事がある時だ。
逆の場合、例えば拙僧に呆れたり揶揄う場合は変な渾名で呼ぶ。
「まあ正直、言いたいことは多々ある」
興行主のキミドリさんに読ませてもらった例の稚児物語は、完全に拙僧がモデルであった。
通常は僧侶と稚児の同性愛を描く作品なのだが、拙僧は僧侶であり稚児でもあるので相手の組み合わせに自由度があり、しかも愛宕様やら一休やらという付加価値まであるので動かしやすいのだろう。
現代社会でもアニメキャラの二次創作の18禁本とかコアなファンに売れたりするもんなあ。
「だが、申し訳ないと思うなら幹に一つ協力をお願いしたい」
「何の協力?」
と不思議そうな顔の幹に、拙僧は耳打ちする。
「なるほど、そんな事であれば喜んで協力しよう。
そちも悪よのう」
と、まるで悪代官が悪徳商人に言うような口調で話すが。
「……」
「協力しろ、と言いつつ本人はあまり気の進まない感じだな?」
無言の拙僧に幹が小首をかしげる。
「まあ、言ってみれば相手を騙すような策だ。真面目な憶仁が気にするのもわからんではない」
そう。実際幹の言う通りであり、協力をお願いしたものの実行して良いか悩み所でもある。
「だが、必要な事だと思うぞ。少なくとも刀で斬り合って無駄な血を流すよりよっぽど良い」
「そう言うものか?」
「そう言うものだ。わたし達の母の最期など悲惨だったからな」
また、きゃんでぃずの知らない話が出た。
乱と吸の母が故人であるのは以前聞いたが、幹もか。
しかもその口ぶりでは、三人纏めて殺されたと。
拙僧は三人の結び付きの深さと、幹が大事な人を失うことに過剰な反応を見せる理由の一端が、なんとなく見えた気がした。
そんな訳で証如との文通が始まった。
最初は他愛もない会話から始まり、人質生活に退屈していた証如はノリノリで返事をくれて、好きな稚児物語、特に確定申告斎の話で大いに盛り上がった。
しかし、拙僧はここに策を用いる。
幹の書く作品の内容に、拙僧なりの道徳観を混ぜるのだ。
漫画がそうだが、青少年は好きな作品の影響を受けやすい。
そして作品の内容に共感出来ると添えれば、証如に作品の考えがじわじわと浸透していく。
果たして史実通りではあるが、証如は下間の誘拐から解放され、その後和睦の破棄を宣言する。
拙僧は窮地を救う正義のヒーローではないのだ。証如が悪の幹部に大人しく従うのが最善策。
「結局は本人任せか。策って言えるの、これ?」
おだまりなさい、幹さん。
どうせ二、三年内に状況は悪化して今度は和議の話が出る。歴史書ではその中心になる父の後奈良天皇、その懐柔の用意も今から進めておくか。
「とか言いつつ、絶対甘さが出てしまう我らが覚恕であった」
お黙れ。
さて本願寺の再戦が決まって間を置かず、今度は将軍の足利義晴から招待状が来た。
いよいよ近衛尚通の娘、晴子(義晴命名)との結婚が決まり、以前拙僧が行った仏前結婚式を行うらしい。
ちなみに式を執り行うのは晴子の兄、聖護院の門跡である近衛道増、そうあの半面仮面だ。
「つきましては愛宕さまに!うちの門跡がやり方を教わりたいと!!」
と聖護院の坊官である八橋が尋ねて来た。
図解入りの仏前結婚式マニュアルは作成済みだ。後で持ち帰らせよう。
「当然!幹殿にも祝いの舞をお願いしたく!!」
「ふっ、当然だな。これがもし大和四座なんぞに依頼するようなら義晴の悪評を稚児物語で広めるつもりだった」
それ地味に効くからやめなさい、人気作家。
「あと用意するものはあるか、八橋?
数珠が必要なら乱と儀右衛門に作らせるが」
「そうですね!ぜひお願いしたく!!」
ちなみに二人の合作のアクセサリーは若い女性に人気のようで、木彫りと金属細工を組み合わせたオシャレなデザインになっている。男性と女性のペアで二つ一組になっているのも高評価なんだとか。
吸は最近永寿女王につきっきりだし、この恋の行方はほぼ結末が見えたように思う。
まあお互いがそれを選ぶなら、それもアリか。
「覚恕、なぜこっちを見る?」
と不思議そうな顔をする坊官の珍平。
いやお前さんは蚊帳の外になって気楽だろうけどもさ。
「ちなみに場所は大原第で良いのか?」
「それですが!梶井門跡が既に式場に使えそうな建物を付近に建造中で、完成間近です!!」
またあのラーメンズトリオは無駄建築を増やしたのか。
まあそれを見に行くのも、また一興。
ちなみに参列者には六角も名を連ね、朝倉も宗滴は出席しないが代理を出すらしい。多分細川家も氏綱と晴国辺りは出るだろう。しかも。
「あの三好も代理を出す?」
これには拙僧も吃驚だ。
後の時代ならともかく、今は戦争真っ只中の天敵だぞ?
来るとすれば誰だろう?全く想像がつかないのだが。




