五十一、下間
下間と言う名前の一族がいる。読み方は「しもつま」だ。
その呼び名で真っ先に思い出すのが、映画にもなった下妻物語。
茨城県下妻市を舞台にロリータファッション少女とヤンキー娘の友情を描いた作品だ。
実際、下間氏は下妻市にゆかりがある一族ではあるらしい。らしい、と言うのは出所不明瞭な逸話があるからだ。
浄土真宗の開祖である親鸞が、源宗重の処刑が決まった際に通りがかり出家を条件に助命、その後浄土真宗の僧侶になった宗重が、その開祖が下妻に庵を構えた時に下間と名乗ったという言い伝えがある。
例えるなら憧れの推しがニューヨークに住んだからニューヨークと名乗るようなものだ。
そう言えばそんな名前の吉本芸人がいたような……
「で、その下間がどうしたのよ」
と幹に突っ込まれる。
そうそう脱線しすぎた。
そんな経緯から下間氏は代々本願寺派の重鎮として働いて来たのだが。
「その下間が証如を誘拐したらしい」
「え、本願寺派のトップの?蓮淳はどうした」
幹が不思議そうに尋ねる。
そうなのだ。普通に考えたらそんな状況、実質トップの蓮淳が黙っていない。
これには現在の蓮淳の居所と、下間一族が一枚岩でない事が関係してくる。
1534年(天文三年)3月現在、蓮淳の居所は長島(伊勢)だ。何故そんな所にいるかと言えば彼が興した寺、願証寺がそこにあるからだ。
史実では山科本願寺の焼き討ち後に、少なくとも本願寺派トップの証如が呼び戻すまでは長島に避難していただろうとされている。少なくともこの世界線では戻ってきた形跡が確認出来ない。
そして下間氏内で和平派の下間頼慶・光頼親子と主戦派の下間頼秀・頼盛兄弟の意見の対立があった。
親子の方は山科本願寺の焼き打ち前に出て行った。
一方、石山に本拠地を移った後も細川六郎との争いは続き、だいたい9か月くらい経って本願寺派トップの証如が六郎と和睦を結ぶ。
その後弟の下間頼盛が証如を誘拐、というのが拙僧の兄である忍者の覚悟から得た情報だ。
なお和睦したから誘拐したと断言出来る確証がないが、そう考えるのが自然だと思う。
「で、会うの?証如に」
と幹が拙僧の心を見透かすように聞いてくる。
蓮淳には顔合わせは済んでいる。出来れば証如の話も聞いてみたいとは思っているが。
「わたしは反対。山科本願寺でも死にかけたんでしょ?」
と幹が背後から抱きついて来る。
「もしあなたが死んだら、三途の川まで追いかけて引き戻すから」
無茶な事を言ってくる。いくら幹が天才でも、それは流石に不可能だと思う。
「本当に無茶は止めて。
あなたがそこまで……する義理はない」
あのいつもマイペースな彼女が、泣きそうな声でそう言ってくる。
拙僧は背中の重みを、ただ無言で受け止めるのだった。
幹に無茶をしないと言った手前、直接会うのは諦めた。
せめて証如に文の一つも書けないものかと伝手を探していると。
「そういう事なら、お姉さんに任せなさい」
と意外な接点が見つかった。自称日本一の興行主、海老名黄身どり。
「実は猿楽の座の興行だけでなく、私的な書物の即売会と配送も手がけてるのよ」
確かにメディアミックスと言って、舞台に本の販売を絡めてしまうのは賢い手法だ。確か江戸時代にも似たような事を行った蔦屋重三郎という者がいて、ドラマにもなっている。
ちなみに私的な書物と言うのは……
「もちろん衆道!それも稚児物語よ」
でしょうね!
ちなみに稚児物語とは僧侶と稚児の間の愛執を描いた非常にアレな作品であるが、そこで証如がどう繋がるのだろう。
「証如君が愛読者で、うちの作品を良く買ってくれるの」
な、何だって!※本作の設定です。
「しかも堺の田中與兵衞さんが届けてるわよ」
マジで?※本作だけの設定です。
「息子の與四郎君も愛読者で、友人の山本氏の子にも勧めてたわね」
何してんの後の千利休!※しつこいようですが本作限定の設定です。
いや、しかし一番の疑問がある。
誘拐監禁の身の証如に、どうやってその本を届けているのだ、そもそも届くのか?
「そこは抜かりないわ。発想を逆転するの」
発想の逆転?
「誘拐された後なら当然お手上げね。
でも誘拐を事前に察知する手段があって、事前にあたりをつけて複数の屋敷に根回ししていたとしたら?」
確かにそれなら問題ないが、抜け目ないなこの興行主!
「今回、番内さんがいい仕事してくれたわよ」
確かに以前、堺筋中心に複数の雇い主がいるとは聞いていたが。だったら拙僧にも言っておけ、あの陶芸忍者!
「ちなみに、もう一個言っておいた方がいいかなあ」
今まででも吃驚の連続だが、これ以上何かあるのか?
「当然読者がいれば作者もいるんだけど、うちの稚児物語の人気作家名が……
悔心坊万済に確定申告斎なんだけど」
食いしん坊バンザイに確定申告かよ!
どっちも酷い名前……いや待て。
確定申告などと言う現代語をあえて使うセンス、しかも申の文字は猿とも読める。
もしかして。
「あ、やっぱりわかっちゃった?」
……よし、後であの自称嫁に説教だな。
先日泣いて縋られた感動を返せ。




