五十、握手
「あと吸に儀右衛門」
と乱が今度は二人に矛先を向ける……かと思いきや。
「もう面倒だから早く一緒になっちゃいなさいよ。
喧嘩するなら夫婦になってからでも出来るわよ」
と、彼女には珍しく、二人を後押しするような発言をする。
が、しかし。
「らしくない無責任な発言をするのね」
と珍しく、吸が反論する。
「それは私達の母親がもういない事と関係する?」
「関係ない、よ多分」
そして乱にしては反論の歯切れが悪い。というか明らかに動揺している。
「乱はいつも、早く結婚して子供が欲しいって言ってるものね。
私は逆、白拍子に一生を捧げて独身で良いと思ってるから」
吸のこんな態度も、きゃんでぃずの結婚観を聞くのも初めてだ。
何より、彼女達の母親に会った事もなければ話自体が今まで一度も出なかったのが不思議だった。
そうか、既に故人だったか。
「吸さん……拙者は」
儀右衛門が何か言いかけようとしたが、
「ごめん、私帰る」
と吸が、そのまま部屋を出て行ってしまった。
「追いかけないの?」
乱が儀右衛門に尋ねる。
「今拙者が行っても、何を話せるやら……」
「意気地なし」
と一言だけ告げたものの、それ以上口を開くことはなかった。
沈黙で重苦しい空気が流れる中、
「吸が退出したから、残った蒸し羊羹食べても良いか?」
幹だけがマイペースであった。
「どうした、珍平。その顔」
数日後、彼は頬の両側に腫れを作っていた。
「ううむ、何から話して良いやら」
どうやら色々あったらしい。おそらく東殿絡みで。
「結論から先に言うとな、東殿と一緒になる事になり乱と別れた」
ああ、そうなったのか。
きっと歴史改変許さない警察の松本は喜んでいるだろう。
「全てを話した上で、東どのに泣かれてな。
それでも別れたくないと。で、オレは彼女を選んだ」
何だろう、最後は女の涙というか情に押し切られたか。
言いたい事は色々あるが、珍平がそれを選んだならそれ以上は追求すまい。
「で、それを幹と乱に話したら一発ずつ殴られた。
いやあ、あれは世界を獲れる拳だな」
お前はボクシングのセコンドか何かか。まあ淀川に沈められなくて良かったよ。
さて、ややこしい事になったのは吸と儀右衛門、そして乱との関係だ。
「だから、そこをこう工夫すれば……」
「なるほど、流石は乱どの!」
最近儀右衛門の研究に、乱が顔を出すようになった。
彼女は面打ち師、仮面を彫って加工するのが本職だ。
故に同じ技術者の彼とは相性が良い、のだが。
「儀右衛門、吸の事は良いのか?」
「ああその事なのですが、乱どの」
拙僧の問いに、儀右衛門は答えを隣の乱に譲る。
「あの子は意固地だからね、作戦を変える事にしたの」
作戦?
「こうやって拙者と乱どのが仲良くしておけば、向こうの方からじれて声をかけてくるだろうと」
「そうそう、本当に儀右衛門の事を思ってるならそうするはずよ」
なるほど、言いたい事は分かったが。
「だが、向こうがじれて来なかったらどうする気だ?
というより、演技にしてはずいぶん仲が良さそうだったが」
「そ、そんな事ないわよ。ねえ儀右衛門?」
「そうですよ覚恕様、失礼です。
まるで乱どのが、珍平どのに振られて拙者に乗り換えたみたいじゃないですか」
「……ええっと」
拙僧は朴念仁とよく言われるが、これは分かり易い。
まるで儀右衛門は気づいていないが、乱はまんざらでもない感じだと。
姉の永寿の出家を直前に控えた1533年(天文2年)の冬、拙僧は吸と御所を訪れた。
そこには幹が待っていて、以前彼女が姉と内緒話をしていた件が明らかになった。
「永寿殿下と吸は聡明だから、覚恕の事を一部伝えてある。
未来が先読み出来ると」
何と、そんな事を。
しかし幹の事だ、きっと考えがあるのだろう。その予感は当たっており。
「永寿女王の命、もう長くないよね?」
確かに史実では永寿は1535年12月没となっている。
もしその通りであるならば、残された期間は2年ほどといった所か。
「そして覚恕は以前、歩き巫女の話をしてくれた。
だから考えた、永寿殿下には歩き白拍子になってもらう」
歩き巫女というのは特定の場所に定住せず全国を周り歩いていた巫女の事で、一説ではくノ一のような女忍者の側面もあったと言われている。
代表的なのが信濃国の望月千代女で、これは戦国武将の武田氏が用いたという説がある。あくまで仮説で、裏付けのない俗説扱いだが。
その歩き巫女の白拍子版か。
覚悟に続いて身内をスパイ活動の手先にするのは正直気が引けるが、そうでもしないと松本が史実通りの死を、と暗殺の手引きをしかねない。
目の届かない外に出すのは正解であろう。
「吸さんに、見て欲しいものがあるの」
と姉の永寿が言い、始めたのは何と白拍子であった。
思い出せば五年前、
『美しい舞ね、技術もあると思う』
『でも、それだけかな』
と吸に言ったのは永寿であった。
その詫びも含まれているのかもしれない。
多分白拍子は幹が教えたのだろう。
彼女は天才、いつも一緒にいる仲間の舞など簡単に再現出来ると言いそうだ。
それにしても、世の中の困ってる人を救うと豪語しておきながら五年間も足元が見えていない拙僧の現状は猛省すべきか。
やれやれ、また幹に借りが出来てしまったな。
彼女なら「それが妻のつとめ」と軽くかわされそうだが。
吸はその舞に最初こそ驚いていたものの、次の瞬間には真剣な表情でそれを見つめていた。
本職として冷静に見定める、そんな感じだろうか。
そして舞が終わると一礼して。
「これが私なりの答えよ。受け取ってくれたかしら」
「ええ、思いはとても伝わりました」
永寿の言葉に、吸が笑顔で答える。
「どれだけの期間で覚えたのかは分かりませんが、ここまで動けるのは凄いです。
……ですが、まだまだです。
拍子・扇の扱い・歌の息継ぎ、改善点は多い」
「手厳しいわね。ねえ、稽古をつけてくれた師匠としてはどう思う?」
と永寿は幹に尋ねる。
「むう。結構良い線言ってたと思うが、やはり本職には敵わないか」
幹が悔しそうにそう言う。
教えた幹がそう言うなら、そうなのだろう。
正直素人の拙僧には何が悪かったのか全くわからないが。
「そうなのね。じゃあ吸さん、今度はあなたが直接教えてくれるかしら?」
「仕方ないですね、これからは私が手取り足取り教えます」
そう言って二人はがっちりと握手を交わす。
うんシェイクハンドとか現代でも、日本人はそんなにやらない風習だからね。
地味な歴史改変が進んでいる事に、拙僧は苦笑するのだった。




