四十九、遊女
さて喜屋武出乱と吸の恋の行方だが、どうも思ったより酷いことになっていた。
主にお相手の男性陣の側で。
きっかけはまたもやトラブルメーカー、武野新五郎だ。
最近恋の悩みで落ち込んでる珍平と儀右衛門を、何を思ったか「遊女の家」に誘った。
ちなみに風俗街で知られる京都の二条柳町の遊里が出来たのは秀吉の時代、それまでは「そういった行為」は個人経営の遊女のお店に行くのが慣わしであった。
ただ流石に恋人に申し訳ないと思い、戸口で二人は引き返した、というのが本人達の弁。
ところが戸口に立っていたところで、貴族の家で猿楽を披露して帰る途中だった幹に出くわしてしまう。
当然仲間想いの彼女が黙っているはずはなく、話を聞いた乱は冷ややかな態度、吸は心を痛めて……って、そりゃそうなるわな。
「で、二人はどうするつもり?」
拙僧の自室で、仁王立ちの幹の前で正座して項垂れる珍平と儀右衛門。
「そ、そりゃあ当然」
「誠心誠意謝って、許していただくしか……」
「二人の友人の立場で言うなら。
正直あんた達をあの子らに金輪際会わせたくない」
金輪際、と来たか。幹も相当怒ってるなあ。
ちなみに金輪際というのは仏教で「大地のいちばん底」の意味で……
「おい、そこで呑気に座ってるトリビア坊主」
え、拙僧?
「他人事の様にしているが、覚恕は二人の飼い主だろう。どう責任を取るつもりだ」
え、えーっと。
「拙僧も、幹と距離を取るべきか?」
「それは不許可。むしろもっと、ベタベタする事を希望する」
幹さんや、そういうのをダブルスタンダードって言うんですけどね!
しかし、正直どうしたものか。
珍平は東殿との関係があり、儀右衛門は拙僧が吸と向き合えと説教したのにこの体たらくだ。
正直このまま破局してくれた方がありがたいんだがなあ。
拙僧がきゃんでぃずの乱や吸と関係が悪くないのが唯一の救いか。
「なあ幹、さっき“二人の友人の立場で言うなら”会わせたくないと言ったな」
「う、そこを突いてくるのはずるい。
これだから無駄に賢い坊主は」
幹が困ったような顔をする。
「確かに、これが飼い主の妻の立場だと話が変わってくる」
なんか不穏なワードが聞こえた気がするが、一旦流そう。
「一寸の虫にも五分の魂と言うだろう。ペットの虫にも慈悲は必要と考える」
色々酷いな!珍平と儀右衛門は飼ってる虫扱いか?
何はともあれ話し合う機会は必要だろうと、拙僧はきゃんでぃずが公演を行っている大原に向かった。
ただし坊官の珍平は揉める火種になりかねないので今回は同行させない。代わりの護衛役には。
「お久しぶりです!愛宕さま!!」
聖護院所属の山伏、八橋にお願いした。
馬借レース「賭馬」では、時々馬に混じってレースに参加してる関係でちょくちょく京の街で見かけるので声をかけやすかった。
「ああ八橋さん、お久しぶり」
「その節はどうも」
八橋が大原の声明道場の寺に出入りする関係で、寺門前で公演を行う乱も吸も顔馴染みである。
「八橋はわたしが育てた」
幹が得意げに言うが、育ててない育ててない。
知り合って拙僧の前に連れて来たのは、確かに彼女なんだけど。
そして公演が終わり三人が家に戻る道すがら、拙僧と幹がきゃんでぃずの残りの二人に交渉する。
珍平と儀右衛門は十分に反省している、一度会って話だけでも聞いてやってくれないかと。
その間、乱と吸はチラチラと拙僧の後ろを見る。
「愛宕さま!!」
と八橋まで。ああうん、拙僧も気づいてる。
さっきから儀右衛門が、超下手くそな尾行をしている事に。
しかも本人、まだバレてないと思ってる。
だが、何故拙僧が大原に来ることがわかったのだ?
「ああ、うっかりわたしがばらした。まさかついてくるとは思ってなかったけど」
幹が元凶か!というか、絶対うっかりじゃないだろコレ。
儀右衛門も儀右衛門だ。心配だったんだろうけど、交渉しづらくなるから正直そういうのやめてほしいんだがなあ。しかし。
「いいよ、覚恕さんの頼みだし。会うだけ会ってあげる」
と乱はあっさり承諾する。
「吸もそれで良いよね?」
「う、うん……」
勢いに押されて渋々、吸も同意したようだ。
「そうそう、用事を思い出した。吸は先に帰ってて」
と言いながら乱が動き、儀右衛門の方に走って行くと彼が慌てて逃げ出す。
その後の奇妙な追いかけっこを、拙僧と吸はただ見守るだけだった。
そして恋に悩む四人の会合は、京にある新五郎の茶室で行われた。
きゃんでぃずの三人に拙僧、珍平に儀右衛門と茶を出す新五郎が同席しているので、正確には計七人と茶室がやや手狭ではあるが、見事な手際で彼は茶を点てていき、残りの者が無言でそれを見守る。
「では、後はごゆっくり」
と新五郎が退出するので女性陣はお前が元凶だろうという目で睨むも、
「……あ、美味しい」
と茶に口をつけた乱の言葉で少しだけ場が和む。
流石は千利休の師匠になる男、拙僧も一口飲んだが苦過ぎず甘すぎず、温度もちょうど良い飲み心地だ。
「でも、こんなお茶なんかじゃ誤魔化されないわよ」
と乱は臨戦態勢を崩さない。
「正直、状況は覚恕さんと話し合った五年前とほぼ変わってないの。
まあ覚恕さんも忙しかったみたいだし?
その間私達の事なんて忘れてても仕方がないけどね」
「乱、そんな言い方……」
荒ぶる乱を吸が軽くたしなめる。
というか、まさか拙僧が槍玉に挙がると思わなかったが事実なので言い返せない。
「そこは本当に」
「申し訳ないと思います」
と珍平と儀右衛門が土下座する。
「分かってないなあ。私や吸が欲しいのは謝罪じゃなくて、今後どうするかって事。
まず珍平。私にまだ隠してる事あるよね?」
「え、あった……かな?」
「ふうん、この期に及んでとぼけるって訳。
東さんの両親は、私が側室になるのに反対なのよね。
青蓮院の他の坊官から聞いたわよ」
「そ、それは」
「でも東さんはそれを知らない。
というか珍平のことだから、私の事だって東さんにも話してないでしょ。その上で両方と付き合ってる」
「……」
黙り込む珍平。
おいおい、二股まで五年前からそのままかよ。
まだ幼かった東殿もそろそろ結婚適齢期だぞ?
万一、東殿に二股がバレたらどうすんだ。
「だからもう、はっきりしないと駄目だと思う。
私を選ぶか、東さんを選ぶか。
今のままだと誰も幸せにならない。
……選べないって言うなら、私から身を引く。
それが一番丸く収まるでしょ?」
「珍平、一言良いか?」
ここに幹が口を挟んでくる。
「乱にここまで言わせたお主の責任は重い。
よく考えて決めろ。返答次第では命の保証はない」
「……東さんに全部話すよ。彼女の反応を待ってからで、どうするか決めるで良いか」
珍平が重い口を開く。
「まあ、お主にしては上出来か。
安易に乱を切り捨てるようなら、重りつけて淀川に沈めるつもりだった」
幹なら本当にやってしまいそうなのが怖い。
というか近場の鴨川でなく淀川?
まさかと思うがこの間刑事ドラマで東京湾に沈める話をしたから、より足がつかない方法を狙ってる?
言いたい事だけ言って幹はお茶をのみ、側に置いてあったお茶菓子の蒸し羊羹に手をつける。
「む、これは極上」
いや、極上じゃないのよ。さっきまで怖い台詞を連発したとは思えないマイペースさだ。




