四十七、四座
「幹が取り合いになってる?」
そんな事、本人から一言も聞いてないぞ?
「あの子はいつもそうなんです。
人の為には動くのに、自分の悩みは自分で解決しようとして隠そうとする」
「実際、なんとかしちゃうからねえ、あの子って」
とは幼馴染であるきゃんでぃずの吸と乱の弁。
言われてみれば幹には色々相談に乗ってもらってたことはあっても、逆に彼女からこれまで相談を受けた事が一度もない。
今までもそうだったのだから、今回の件も拙僧が介入すべきかは微妙なところだ。
ちなみにその幹であるが、最近は拙僧の姉の永寿と仲が良く、何やら内緒の話をしているらしい。
姉に聞いても、それは答えられないの一点張りなのだが。
「とりあえず、何が起きたかを教えてくれるか?」
事情が分からなければ、拙僧も判断のしようがない。
「ええ、分かりました」
「正直、説明するのも面倒だけどね」
二人の話を要約すると、二つの要因が絡んでくる。
一つは焼け落ちた山科本願寺、もう一つは先程から話のあった幹の取り合い。
「吸、確かコンなんとかだっけ」
「相変わらず適当ですね乱、金剛座と金春座です」
記憶があやふやな乱を、吸が補完する。
ああ、取り合ったのは大和猿楽四座か。
文字通り大和で有名な猿楽の集団で、他に観世座と宝生座がある。
実際にこの四座から、幹の才能を見込んでスカウトが来てるとは聞いていたが。
「ええ、以前からあの子の取り合いにはなってたんですが……ねえ、乱」
「そうそう。なんでも山科の地主が猿楽好きで?」
「本願寺の跡地に能楽堂を建てたいと言う話になり、この際だから幹の件も一緒に、と言う感じです」
「確か吸、能の舞で一番人気の座が舞台と幹を手に入れる、だっけ?」
……なんだそのセット販売みたいな雑な処理は。
「しかも、確か座によって欲しいものの温度差があって、それで私達が全容を知った感じなのよね」
「ええ乱。幹に声をかけても、らちがあかないと思ったのか私たち二人に座の方からかけて来たのです」
ああ通りで乱が名前を混同する訳だ。金剛と金春は似ていて紛らわしい
「私に接触して来たのは金剛座で、そもそも他の座に取られると自分の座が不人気になるから囲ってしまえと言う理由でした」
なんだその人を馬鹿にした理由は。
本人の芸の評価でなく保身の為か。
確か史実では金剛座が他の座から役者を引き抜いた。
いや金剛座が他の座に引き抜かれた方か、とにかく人の移動には敏感な座らしいと聞いてはいるけども。
「じゃあ私の方は金春座か。幹より土地の方を欲しがってる感じだったなあ」
それも酷い、幹はおまけか。
ううむ、これはダメ元で幹から直接事情を聞くしかないか。ところで。
「乱、最近珍平とはどうなのだ?」
拙僧はふと、気になったことを聞いてみる。
「え?ああうん、色々ね……ねえ吸」
「えっ、はい色々と……」
そこで吸まで出てくるのが謎だったが、後でこの話題が色々どころの騒ぎでない事を知るのだった。
「拒否権を発動する」
「まだ何も言ってないぞ」
拙僧の自室に当然のようにいる幹に尋ねたら、コレだ。
本当に変な言葉は良く覚える。
まあ聞かれる内容は察してるらしいので、正攻法で聞き出すのは無理そうだ。
「以前、大和四座からスカウトされた話をしていただろう。そもそも拙僧はその四座を良く知らぬ」
まあ、嘘なのだが。
「何だそこからか、仕方ないなあ」
こちらの策に、幹が乗ってきた。
「父と以前、薪猿楽を見に行った事があってな。
観世座の仕手、観世長俊が凄いなあと思ったのだ」
そして聞いてもいないのに、観世座と知り合ったきっかけを楽しそうに話し出すのだった。
薪猿楽は現代では夏の夜に篝火の中で舞う行事であり、興福寺で二月に行われた修二会がその発祥と言われている。
また能や猿楽にはシテ(主役)、ワキ(相手役)、地謡(合唱)、囃子方(楽器)など様々なパートがあるが、観世長俊は仕手というポジションであった。
確か長俊って観世座当主の後見人か何かじゃなかったっけ。
史実によれば視覚に訴える分かりやすい表現が人気だったそうで、派手好みの幹の舞にも響くものがあったのだろう。
「そして巷で評判の、天才猿楽師であるわたしの噂をききつけた彼の文が観世座に足を運ぶきっかけだった。
たまたま長俊が熱海の湯治から帰っていてな、彼の案内で座の猿楽の舞台を見に行ったのだが……
正直ガッカリした」
有名な四座の一角に、自称天才女猿楽師さんのまさかのダメ出し。
「技術はあって練度はあった。
しかしそれだけでは駄目だ、心がこもってない。
と正直に言ったら座の一同に嫌な顔をされてな」
当たり前だ。そう言う直球なところが幹らしい。
「お前らでは話にならん、長俊を舞台に立たせろと言ったら、じゃあお前が舞ってみせろと言われたのだ」
それで舞った、と。結果引っ張りだこになったと。
どんだけ規格外なのだ、この猿楽変態は。
「そのあと、この天才を見抜けなかった観世座の失態が他の座にも流れて大変だった。
まあ、長俊を唸らせられる猿楽師はそうそういないと観世座の当主には言われたが」
いやもう、天才エピソードはお腹いっぱいです。
事情は分かった所で、実際四座の関係者に話を聞きに行く。
幸いな事に、その四座の対決の興行主と呼べる女性に会う事が出来た。
「海老名黄身どり、よ」
ええと……初代林家三平師匠の娘さんかな?
あれはミドリだっけ。




