四十二、婚儀
朝廷は前例のない事を嫌がる。
言葉では知っていたが、今回事実としてそれを思い知る事になる。
さて推しの結婚である。
以前より幹に、仏前結婚式の構想の話はしていて。
「あの聡明な愛宕権現が、脳みそお花畑になっている」
と甚だ失礼なリアクションで返されたりもしたのだが、これがどういう経路で情報が漏れたのか、推しの山科言継本人に伝わり「是非に」と頼まれた。
そしてあの歴史改変許さないマンの松本ですら「式には呼んでくれるよね?」と了承してくれた。
何故に?
という事なので拙僧はノリノリでプランを考え、出来上がった内容を公家界隈の生き字引、三条西実隆に見せに行ったのだが。
「ううむ」
とその反応は鈍い。
「拙僧なりに南蛮の風習を少し取り入れてみたのでございますが、お気に召しませぬか」
「わしですら首を傾げるくらいじゃ、他の公家の者が知ったら卒倒するであろうのう」
そこまでか。
まあ新郎新婦のキスは、この時代の感覚では流石にやり過ぎと思わなくもないが。
「何より数珠の扱いじゃな。
数珠の交換は、嫌がる者も多かろう」
ふむ、言われてみれば。
結婚式の指輪交換にあたるものを想定してたのだが、言われてみればこの数珠の扱い、現代人が思う以上に扱いが重い。
数珠とは自分の分身であり、故に床に置いたり何処かに置き忘れることはタブーとされている。
いくら夫婦になるといえ、自分の半身を相手に預けるのは嫌悪感も抱くかもしれない。
そもそも数珠は宗派の違いはあれど基本左手に持ち、右手を添えるのが正しいとされる。
「左手は仏の世界、右手は人の世界」という考え方らしい。
ちなみにインドでは左手が不浄の手とされ、ご飯は右手で食べるのがマナーだ。
「それなら授与の形が良かろう」
と生き字引。
ああなるほど、僧として二人に新たに渡す形にするのか。
では面打ち師の乱に香木を削ってもらい儀右衛門に仕上げてもらうのが良いか。
指輪選びも夫婦の大事なイベントではあるが、拙僧からの贈り物となれば悪い気はすまい、多分。
実は数珠の形そのものも宗派によって微妙に違うのだが、普段拙僧が使ってる天台宗方式にしよう。
ちなみにその場合本式数珠と略式数珠があるが、宗派を問わず使える一般的な略式の片手数珠にしておくか。
あと誓いの言葉にもダメ出しされた。
最初は日本のチャペル式の標準的なアレを想定して文言を考えていた。
いわゆる「健やかなる時も病める時も」と言うアレである。
これは16世紀イングランドの祈祷書、婚礼式文の翻訳だと言われている。
その文言を多少アレンジして、指輪の意味である「円は永遠」も盛り込んでみたが。
「健やかなる時も病める時もは、そのまま仏教の四苦にあてはめて良かろう。
円は永遠、も数珠の事なら筋が通る」
と生き字引。
いや数珠じゃなく指……まあいいや。
「じゃが、死が二人を分かつまでは、仏教の夫婦は二世(来世まで縁が続く)とぶつかるじゃろう」
「では死んでも終わらない、とか」
「それこそ縁起でもない」
拙僧の苦し紛れの言い訳に、生き字引も苦い顔だ。挙句に。
「おぬし、本当に僧か」
とまで言われてしまった。
いや、紛れもなく拙僧は天台の僧侶であるが。
「では、このような案は……」
「なるほど」
かくして、式の詳細が決まっていった。
陰陽師に調べてもらい、吉日を選んだ結婚式の当日。
会場は曼珠院の講堂を使い、夜であった。
これは公家の結婚が元々通い婚である事と、夫が仕事を終えてから行った事に由来する。
個人的には明るい昼に行いたかったが、生き字引に止められた。
しかし逆に、先日開発した照明器具が役に立ったとも言える。
式には以前武家の宴でも来ていた、数人の公家の面々。
「そこはかとなく、めでたきこと」
「うむ、たしかに皆で祝うのは素晴らしき事間違いなし」
三寺の甘露寺伊長、勧修寺尚顕。
「きっと葉室もあの世で喜んでいるでおじゃる」
「同感におじゃる」
と近衛尚通と二条尹房。
そう、三寺のうち新婦の父である葉室頼継は史実通り既に故人である。
そして言継の父も亡くなっており、二人の父への報告と言う意味で、供養を冒頭に入れる事にした。
そして結婚の誓いの言葉の代わりに。
「筒井つの 井筒にかけし まろがたけ 過ぎにけらしな 妹見ざるまに」
「くらべこし 振り分け髪も 肩過ぎぬ 君ならずして たれかあぐべき」
お互い恋愛にまつわる古い和歌を読み合いして、気持ちを伝え合うと言う形にした。
さらに。
「八雲立つ」
と生き字引が口にし、
「出雲八重垣 」「妻籠みに 」
「八重垣作る 」「その八重垣を」
と式の参列者が言葉を繋げていく。
これは公家の間で行われる、和歌の披講(読み合い)の作法を用いた者だが、よくもまあ打ち合わせなしに参列者達はすらすらと。流石は日常で和歌を嗜む公家達である。
この後指輪交換代わりの、拙僧による二人への数珠の授与、誓いのキスの代わりに授与した数珠を額にあてる儀式を行い、最後は幹に祝いの舞を踊って貰い式の締めとした。
うむ、何とか問題なく式は終わって新郎新婦も喜んでくれたようだ。それは喜ばしいことではあるが。
……やっぱり新郎新婦のキスは見たかったかも。




