四十、傍観
「興福寺の宗派は法相宗、南都六宗と呼ばれる古い宗教でごじゃる」
坊官の傍観が、頼んでもいないのに寺の説明を始める。
「一乗院、大乗院、春日社の三つから構成されており、このうち一乗と大乗が門跡で、春日は鎮守の神社でごじゃる。
一乗院は近衛家や鷹司家が、大乗院は一条家・二条家・九条家が、それぞれ入るでごじゃる。
また寺の代表である別当の地位も、一乗か大乗から選ばれる決まりでごじゃる」
なるほど、ためになる。
——じゃなくて!そろそろ俺に本題に入らせてくれ。
「今回の拙僧の用件ですが、先日不幸な目に遭われたとかで」
「ええ、ものの見事に焼けたでごじゃる。
ご覧になるでごじゃるかな?」
こいつ、あくまで俺の謝罪を受け入れないつもりか?
ただ被害状況は確かに気になる。
場合によっては、京都商人の巡屋みっしょん双衛門と協力して、興福寺の復興事業を開通した坂本大原間の街道同様にゼネコン事業に組み入れても良いかもしれない。
良い感じに、もう一個の計画も完成間近だし。
さて、そんな訳で被害状況を見せてもらったのだが。
まず一乗院、大乗院の門跡寺院はほぼ無傷であった。
「ここは興福寺指折りの坊官が守護したでごじゃる」
得意気に傍観が言う。
しかしそれ以外の場所は酷い有様であった。
まず春日社。暴徒と化した一向衆は庭の鹿に手を出して食べたらしい。史実にある「食い尽くした」は流石に誇張だったようだが。
そして興福寺周辺の、史実では少なくとも百以上はあったと言われる僧坊や子院が、二十弱を残して焼け落ちた。
傍観の「ものの見事に焼けた」は、多分こっちの事を指すのだろう。
——ふざけるな。
どいつもこいつも他人事か。
奈良の豪商達は責任を取る気がなく部下に謝罪を押し付け、興福寺は興福寺で上の方が助かったなら良しとする。
その影でどれだけ、多くの人が大変になっているかも理解してないのか。その厚い面の皮に更に布を被せて。
「覚恕どの?」
隣で、トナカイが怯えてる。
だが悪いな。あいにく俺は、この目の前の防寒着野郎を一発殴ってやりたい気分なんだ。
『思春期か』
不意に幹の、そんな声が聞こえた気がした。
「思春期って事はないだろう。拙僧は前世も含めたらアラサーのオッサンだぞ?」
拙僧は幹に反論する。前世の記憶を彼女と共有しているが、彼女は変な言葉ばかり覚えたがる。
「精神が肉体年齢に引っ張られる事はあるかもしれない」
「そう言われたら、反論は出来ないが」
「自覚ないかも知れないが、宗滴をフルボッコにした辺りから、らしくなさが目立つ。
ゆめゆめ気をつけた方が良い」
ゆめゆめの使い方間違えてるけどな。
って言うか、実はゆめゆめって言いたかっただけだろう。
——だが、そうだな。
ここで拙僧がするべきは、目の前の小物を殴って憂さを晴らす事では決してない。
目の前の困った人を助ける、そして将来の火事を防ぐ、それが拙僧の最優先事項だ。
「なるほど、色々見せて頂いて現状を大変良く理解した次第でございます。本当に何と申しあげて良いやら、言葉もございません」
「そうですか、では以上でごじゃ……」
「いやいやそうは参りません。
この悲惨な有様を見せられては、放っておけぬと思うようになりました」
「は、何を言っておられるのでごじゃるか?」
拙僧の言葉に、驚く傍観。驚くというより若干怒気も含まれてるな。
よしよし、良い反応だ。ここで終わりとか絶対させないからな?
「しかしご存知ですか、傍観どの。焼き討ちこそ免れたが東福寺も火災で被害に遭った」
「だから何を言って……」
「そしてご存知ですかな?京では愛宕権現の生まれ代わりという僧がおると」
「その噂は南都(今の奈良市街)でも聞き及んでるでごじゃる。……いや、まさか」
「ああ申し遅れた。そう、拙僧こそが防火の神、愛宕権現こと覚恕にございまする」
傍観はしばらく驚きのあまり、その場で硬直する。
「あ、あ貴方様があの?!」
とトナカイも驚いた様子。おいおい、そこは事前に連絡しとけよ京都商人巡屋。
「その上で、興福寺に提案がございまする」
「て、提案?」
「ええ。ものの見事に焼けた場所の、復旧をお手伝いしたいのです」
と拙僧は口を開く。
「そ、そこまでしていただく訳には」
傍観は困惑している。
ああそうだよな、興福寺としては受け入れ難いよなあ。
……だがね。
「ちなみに、仏光寺を連れてくる予定です」
「な、何を馬鹿な!本願寺派と同様の一向、浄土真宗ではごじゃらんか!?」
うんうん傍観、普通はおかしいと思うよねえ。
だが、これには意味がある。
「襲って来たのは一向衆でございましょう?
同じ宗派の者がいれば、再び襲って来ようとは思いますまい」
「し、しかしでごじゃる」
「それに同じとおっしゃるが。仏光寺は過去本願寺に根こそぎ寺を奪われた、いわば被害者であり興福寺と同じ本願寺に怨みを持つ者達にございます。共感出来る部分はあるかと」
「そ、それだけでは信用が」
「でしょうなあ、ですので提案でございます。
——人質をお取りなさいませ」
「ひ、人質?」
「ええ。裏切りが怖いとおっしゃるなら、仏光寺の大事な者を取り込むのです。
実はこのような書状を預かっておりましてな」
そう言って拙僧は傍観に、その紙を渡す。
「……何と、住職の経光どのが縁者に代を譲ってここ興福寺に来る用意があるでごじゃると?」
「以前仏光寺派には愛宕講社でお世話になった縁がありましてな、興福寺の話をしたら喜んで協力したいと」
これは嘘ではなく、前から古い仏教に興味があったと経光は言っていた。それに本願寺派の尻拭いを元住職が身をもって示したとなれば仏光寺派の評判も跳ね上がる。
ただ一番の問題は。
「う、上の者がすんなりその提案を受け入れるかどうか」
だよなあ、しかし甘い。
それも織り込み済みだ。
「確か一乗も大乗も門跡でございましたな?
先程そう説明されたはず」
「え、ええ間違いごじゃいません」
「そして拙僧は門跡跡取り候補、皇族直系にございます。
この意味がお分かりかな?」
「……」
つまり生かすも殺すも、こちら次第と言う事だ。
朝廷に働きかけて興福寺を罰する命を出す事も、
その気になれば別当自体をすげ変える事すら可能だ。
別当の実質的な決定権は藤氏長者と言う役職なので、本当にやるならそっちに根回しが必要だけど。
「と、とりあえずこの件は一旦持ち帰り、持ち帰りでごじゃる!」
大事な事なので二回繰り返す傍観。
しかしもう傍観者を気取る訳にはいくまい。
さて上の反応がどう出るか、曼珠院で胡座をかいて待つとするか。




