三十七、乱心
どうして、こうなった。
拙僧は今、京の東寺にいる。前世の記憶が確かならば、今この場所にいるのは非常にまずい。
まずいのだが、義晴から軍事指南役兼ランドマーク(愛宕権現の威光)で呼び出された。
さて前回桂川からの今回の京都の報復戦は、概ね史実通りに事が進み川勝寺口まで堺公方軍を撤退させた。
この川勝寺口、という奇妙な呼び方には意味がある。ざっくり言うと元々川勝寺という寺があったが応仁の乱で焼け落ち、地名だけが残った所に今は砦が建っている。史実では度々戦争の要として名前の出る場所だ。
ただし想定外だったのは京都北部に位置する山本氏で、この動きが鈍い。大原からの兵の移動は出来たが、山本自体は兵を出さず中立を守っている。
堺公方側について敵対しないだけマシではあるのだが、これも松本の介入か?
みっしょん双衛門の見立てでは、岩倉からも兵が参入して幕府軍が圧勝の筋書きだったようだが残念、アテが外れたな。
さて東寺に話を戻す。ここは真言宗の総本山で、天台宗の代表で将来拙僧が就任する予定の天台座主の様な存在として、東寺一長者という役職がある。
いつかお目にかかる日も来るのだろうか。ちなみに、一長者を含め長官である四人の長者がいるらしい。
あと東寺もあるなら西寺もあるのかと思われそうだが、実はあるのだ。
元々京に羅生門が築かれる時にセットで建造された経緯があり、歴史書では衰退したという記述もあるがこの時代にまだ現存している。
ただし、東寺は土一揆(民衆のテロ行為)で五重塔・食堂・御影堂を残して焼失、西寺も人がいなくなってほぼ廃寺、今回は戦いが始まってるため兵の詰め所として利用されている。
さて東寺に設けられた幕府軍の総本部に次々入ってくる情報によれば、戦況は現在一進一退の状況にある様だ。
堺公方軍が、ここ東寺を奇襲なんてしなければ良いがな、思っていると。
「ここ東寺に畠山軍、急襲!」
という報告が入ってる。
やばい、拙僧自ら死亡フラグを立ててしまった!
というか回収早くね?
「尹賢に案内させます、覚恕どの、ご避難を」
と義晴。
え、やだよ便所コオロギと心中なんて。
「何でワシが糞坊主と……」
ほらほら向こうも嫌がってる。せめて管領か伊予入道でお願い。
などとくだらない事を考えている間に、敵兵がここまで押し寄せてきた。
ああ、もはやこれまでか。
短い生涯だったなと頭を抱えて、目を閉じてその場に座り込んだ、その刹那。
「遅参仕った!」
という声に顔をあげると、馬に乗った甲冑姿の男性が槍を振り回す男の姿が見えた。
それは朝倉宗滴その人の姿であった。
あらやだ、キュンとしちゃう。
「いやはや、今回はまことに宗滴どのに助けられた!」
そう義晴が嬉しそうに声をあげる。
ここは大原第に設けられた宴の会場。
朝倉宗滴が本陣を守った。その報が流れるや否や戦況は一気に動いた。
それまで動きのなかった山本氏が岩倉から攻め込み、京に陣取っていた畠山が瓦解したのだ。
山本め、動く機会を狙ってたな?
何にせよ初戦を良い感じに勝ちあげて、今はここで勝利の祝いというわけだ。
宴には武家の者だけでなく、京都から数人の公家も招かれた。
「そこはかとなく、めでたきこと」
「うむ、やはり将軍が守ってこその京の平和に間違いなし」
「同感に存ずる」
三寺の甘露寺伊長、勧修寺尚顕、葉室頼継。
「ほっほっほ」
生き字引、三条西実隆。
「きっと晴子も喜んでいるでおじゃる」
将来の義晴の義理の父(予定)の近衛尚通。
なお即位灌頂でお世話になった二条尹房は不在で、代わりに使者がお詫びとお祝いの文を持ってきた。
なお、ここまでは既に会った人達。
後の二人は初見だ。と言ってもここにいる他の者の縁者ではあるが。
一人は近衛道増。近衛尚通の息子だが出家して今は聖護院の門跡、つまり八橋の上司になる。
剃髪しているがあごひげを長く伸ばし、ふくよかな顔。
右半分だけ顔の隠れる仮面をつけており、それは亀のような妖怪のような奇妙なデザインであった。
……まさかと思うが、平成ガメラシリーズの樋口監督のご先祖だったりしないよな?
そして仮面がズレるたびに、八橋が横でそのズレを直している。
そんな面倒な仮面最初からつけるなよ!というか寺門派は顔を半分隠さないと駄目な決まりでもあるの?
最後にもう一名。ああ、ようやく巡り会えた。
葉室頼継が連れてきたのは、山科言継。
他の個性的な面々に比べたら見た目も言動もこれといった特徴のない、二十代の無個性な人物だが、拙僧にとって一推しの人物である。
前世での拙僧の愛読書、この時代の全てを細かく書き綴ったと言っても過言ではない日記、言継卿記の作者だ。
日記の通りであるならば、彼は五、六年ほど先に葉室頼継の娘と結婚する。結婚式の風習はもちろんないはずだけど、それなら拙僧が牧師になって仏前結婚式の風習を作ってもいいかもしれない。何しろ拙僧は愛宕、「愛」のつく神の化身なのだ。
いやそもそも、仏教だから牧師はないだろうと突っ込まれそうだが。
いかんいかん、推しに合って少し舞い上がったか。
「今回の戦の功労者である宗滴どのに、ささやかなお礼をしたい」
と義晴が言い、従者の者が用意したのは籠に入った鷹。
「これは!近くで拝見しても?」
それまであまり表示の変化のなかった朝倉宗滴が、わかりやすく笑顔になる。
そういえば史実では世界初で、鷹の人工飼育に成功した人って言われてたっけ。
これをさらりと用意出来る義晴、さすが史実でカリスマ将軍と言われるだけはある。
ここまでは順調だが、実は一つだけ懸念がある。
実は新五郎から、宗滴の悪い噂を聞いている。
『酒飲みの間では、よう知られとる話ですねんけどな。
何でも宗滴はん、お酒が入ると別人にならはるらしいですわ。ようけ女癖が悪くなるっちゅう』
※本作だけの創作です。
「では宴もたけなわ、皆様には猿楽の舞をご覧頂きます」
と義晴が言い、部屋の奥から猿楽の衣装に身を包んだ幹が現れる。
「お初の方も、そうでない方も。
僭越ながら今回の勝ち戦の、お祝いの舞を披露させていただきます」
幹は板の間に正座し扇を開いて一礼、そして客人にお酌をしながら舞を始めると言う器用な事をやってのける。
しかも複数の仮面を切り替えて、近衛道増の仮面を自分のとすり替えるという小さな笑いを織り交ぜながら。
うん、本当に彼女は天才だと思う。普段の拙僧をからかう人物と同一人物とは思えない。
そして順番に宴の客人に挨拶しながら、最後に今回の主賓である宗滴の番になるのだが。
「あっ」
と思わず声をあげる幹。
背後からがっちり捕まれて、彼女の力では振り解けない。
「おい、何をしてる!離して!!」
必死に抵抗する幹だが、
「@&#%$」
酷く酔いが回ったのか、もはや何を言ってるのかわからない言語を口走る。
おいやめろ……また俺から彼女を奪う気か。
「おい、覚恕?」
珍平の声も、もう耳に入らない。
俺はその男に近づいて。
「ぶへらっ!」
殴る。
「ほげぴょ!」
殴る。
「ごばぼっ!ぺぎょめ!ばびがっ!」
殴る、殴る、殴る!
もう!二度と!彼女を失ってたまるか!!
「おい覚恕!いくら何でもやりすぎだ!!」
と言う声と、後ろから羽交い締めにされてようやく我に返る。
俺、今一体何を……




