三十六、大名
「あーはいはい田中與兵衞様ですな、よく存じておりますよ」
ここは今気づいたテイで認めてしまうのが正解だろう。
「して、その與兵衞が何か?」
「いえ大した話では無いのですが、ちょっと不穏なうわさを耳にしましてな?」
「不穏なうわさ、ですか?」
「ええ。聞けば疱瘡で隔離との事ですが、それが虚言ではないか、と」
静かだが値踏みする様な目つきで、義維が言う。
「虚言、ですか?」
「つまり公方様は疑っておられるのだ。
山本氏の息子を、我ら堺公方から引き剥がす為の策ではないのかと」
と六さんこと細川六郎。
まずいな、こちらの手の内がバレたか。いやバレてなくても疑われてるだけで面倒だ。
さて、どうする?
嘘でなく疱瘡であると相手が信じる手段は……そうだ。
「珍平!」
「はっ、何用で?」
拙僧の呼びかけに、襖を開けて相棒の坊官が顔を出す。
「至急、儀右衛門をここに。確か離れでアルコールを作ってる筈だから、それを持って来る様にと」
「承知した!」
そう言って頼れる相棒は足早に去って行った。
「あるこおる?」
不思議そうな顔をする元さんこと、三好元長。
「種明かしは後ほど。
さて、山本氏のご子息の件でござったな」
拙僧は話を続ける。
「疱瘡の話であれば、それは嘘偽りなく本当でございます。
何でしたら、証拠もございます」
「いま証拠、とおっしゃいましたか?」
拙僧が余りにはっきり言い切るので、義維が目を丸くする。
「ええ。実は治療のための薬を作っている最中でございます」
「なんと!」
「疱瘡に効く薬とな!」
拙僧の言葉に、六さん元さんも驚いている。
「正確に言えば疱瘡治療は未だ開発中でございますが……」
まあもっと正確に言うと疱瘡はウイルスだから治療にアルコールは効かないが、疱瘡対策を検討してるのは本当だ。
確か牛から種痘が作れたはず。
「それ以外の病気や、怪我にも効くと言う万能薬にございます」
「それが本当であれば……凄いことですが」
「何しろ拙僧は、愛宕権現にございますれば」
信じられないと言う顔の義維に、拙僧がたたみかける。
よしよし、山本氏の件から話題をずらすのには成功した様だ。後は……
「せ、拙者三条儀右衛門にございます。
堺公方様におかれましてはご機嫌麗しゅう……」
丁度いいタイミングで、緊張でガチガチの儀右衛門がやって来た。
「儀右衛門、アルコールは持って来てるな?」
「ははっ、これに!」
そう言って彼は、お盆に入ったいくつかの小瓶を差し出す。
「まずは小瓶の中身の液体を数滴、手に取ってみてくだされ」
「冷っ、なんだこれは!」
「匂いは……酒に似ているな」
びっくりする六さんに、冷静な分析をする元さん。
「消毒と申しましてな、文字通り毒を消す効果がございます。薄めて飲めば身体の毒にも効くかと」
「それは素晴らしい……ぜひ量産して広めたいものですな」
と義維が声をあげる。
「そうしたいのはやまやまですが、あいにくまだ少量しか作れませぬ。ですがこれも仏縁、お望みなら幾つかお持ち帰りくだされ」
「疑いを持って訪れたのに、お土産までいただけるとは。愛宕様はまこと、心の広いお方にございますな」
義維は感心したように、そう言う。
「なんのなんの。ただそうですな、もし拙僧を信じて頂けると言うなら御三方に、一つだけ苦言を申し上げる」
「苦言、ですかな?」
「ええ、身内の裏切りには十分お気をつけなされませ」
「「「…………」」」
三人は顔を見合わせて黙り込む。
いや本当、この後の史実ではあんたら堺公方内のゴタゴタで面倒な事になるんだ。出来れば仲良くしてくれよ?
さて史実に目を移せば、京都の川勝寺口の戦いには意外なビッグネームが登場する。
「よくぞ参られた、朝倉どの」
と義晴が嬉しそうに言う。
そう、「越前の軍神」の別名で名高い朝倉宗滴が遠路はるばる越前(今の福井)からやって来た。
ちなみに宗滴は法名で、宗派は……ええと曹洞宗だったかな。敵対する一向一揆が浄土真宗の本願寺派だし、そっちでないのは確かだ。
というより、拙僧がここ大原第の作戦本部とも言える場所にいるのが場違い極まりない。
何故呼ばれたし。
「今回の作戦は、この愛宕権現どのの考えた策で行う」
と義晴。
え、あれ拙僧でなくて君が考えた事にしてって言ったよね?何でバラしちゃうかな。
宗滴もいきなり神様の名前出されて戸惑って……ないな?越前では、拙僧の話はどう伝わってるんだろう。
それは一旦置いておくとして。
今回の作戦は大原から京都へ向かうルート、
坂本から京都へ向かうルート、
そして大原から山本氏の静原経由で京都を目指すルート、
の三方向からの挟み撃ちである。
ちなみに坂本から大原へ抜ける直通街道は、流石に今回は間に合わなかった。これがあれば戦況はかなり優位に進めただろうけど。
そして史実通りであれば、いずれ西七条の川勝寺口にて敵の軍勢とぶつかるはずだ。その時は近江スタートだった足利義晴だが、今回は大原から。
この違いがどう歴史に関係するか。
何はともあれ戦いの火蓋は切って落とされた。拙僧はそれを見守るだけだ。願わくば自分の知る者に被害が出ない様にと。




