三十四、活路
一行が山から降りてくる待ち時間の間、拙僧は幹と菓子を食べていた。
人に仕事をさせてお前は何をやっているんだと言われそうだが、それは誤解だ。これも大事な仕事である。
紅葉の御所、大原第には和菓子職人がいるが、そこに入る幕府の将軍や管領、奉公衆の為のお菓子の試食を頼まれたのだ。目の前には蒸し菓子やら焼き菓子など、さまざまなお菓子が並べられている。
ちなみに菓子でメジャーなあの丸いせんべいはない。
作られるようになったのは江戸以降である。
なので焼き菓子は餅かそれに類する物、あられやおかき、麩の焼きと言う小麦粉を薄く焼いて味噌などを塗って巻くお菓子などになる。
また醤油は普及前、砂糖は貴重品なので基本塩が中心の淡白な味付けになる。
「幹、蒸し羊羹ばかり食うな。それでは試食にならん」
「これはわたしの命綱だ、止めてくれるな」
全く、以前食べ放題と煽ったのは拙僧だが少しは協力してほしいものだ。
「なら喜屋武出の二人を呼んでくる」
と彼女は部屋を出て行った。やれやれ、相変わらず自由な猫のようなおなごだ。
ただ、懐中時計を見ればもうすぐお昼。
朝に出かけた一行が、そろそろ山から戻って来ても良い頃ではある。
様子を見に行くか拙僧が部屋を出ようとした、まさにその時。
「戻りました!!」
と元気いっぱいの八橋と。
「いやはや、若いつもりでおりましたが少々腰に来ましたぞ」
と27歳とは思えない発言のみっしょんと、
「……」
疲れ果てて声も出せない儀右衛門が戻って来た。
「疲れた時には菓子が良いかもしれん、皆も食べてくれ」
と拙僧は帰宅組に声をかける。
「いや、菓子より……お茶を。水分を……」
あまり普段自己主張をしない儀右衛門が、絞り出すような声でそう言うのだった。
「ふー、落ち着きました」
水分を十分に取った儀右衛門が一言。
その裏では乱と吸が、焼き菓子と餅菓子でどちらが良いかの議論を繰り広げていた。
「それで、どうだったのだ?」
「いやあ、それがですねボス!」
拙僧の問いに、みっしょんが興奮気味に話す。
「峠を少し越えまして、少し歩いた先に見える絶景!
淡海(琵琶湖)から近江の街まで一望でございました。いやあれはボスに見せたかったですな」
ふむ、たしか現代でも琵琶湖が見える展望台が付近にあったか。確かにそれは興味がある。
「そしてこの双衛門!確信致しましたぞ。
道を作るのは軍の移動だけではない、物の流通で大商いの予感がすると」
あ、そこまで考えてなかったが、そうかそう言う側面もあるのか。
大工を雇いたいが京都からでは松本の目もある。なら道を作って近江から呼び寄せたらいい。なんなら六角に協力を求めて、街道整備を近江側から進めれば良いのだ。
「拙僧からも!儀右衛門どのの作られた、あの方位磁針についてですが!!」
と八橋。いつもの元気な口調で、その有用性を語るのだと思いきや。
「正直、持て余しました!」
おいおい、元気な声で儀右衛門を否定するな。
こう言う心遣いの無さがこの者の短所だな。※どの口が言うか朴念仁
「この八橋、山を登った長年の感覚で風と足、何より自らの目で地形が読めますので、方位がわからなくとも道や方向に迷うことがない!
何より山には磁気を含むものもあります、過信は禁物でしょう!!」
前者に対しては八橋が得意体質だから参考にならないが、後者は確かに。
例として青木ヶ原の樹海でコンパスが使えない話を良く聞く。磁鉄鉱を多く含む土壌だと言われてるからだ。
最も近年の調査ではそれは迷信に近く、高い場所で使うならちゃんと機能し、むしろどの方向を見ても同じに見える風景が迷う原因だとも言われているが。
「ですが!この私のようなものばかりが同行者とは限りませんし、地図を作るのには実に便利ですね!!
あと!天狗の宝具みたいで面白かったです!!」
最後は評価どころか馬鹿にしてるのかと取られかねないが、これがこの男の性格なのだろうなあ。良くも悪くも裏がない。
「貴重なご意見ありがとうございます、今後の参考にさせていただきます」
そして儀右衛門も不快に感じずちゃんとお礼を言っている。この辺、大人だなあ。
「そういえば覚恕様、この間吸どのとも話したのですが」
儀右衛門がそう話題を切り出す。
名前を呼ばれて、後ろで試食中の吸も反応する。
そう言えば、あれから二人の関係がどうなったのを聞いてない。同じ場所に居合わせて気まずい雰囲気ではなかったようだが。
「これは吸どのの口から直接言った方が良いかも」
「ああうん、そうですね儀右衛門さん」
そう言って、吸が拙僧の方に歩み寄る。
「先日は、私達の関係に助言いただきありがとうございます」
とまずは吸にお礼を言われた。
「あっ覚恕さん。こっちも何かごめんね、気を使わせちゃったみたいで」
おまけの様に乱が言う。
「わたしは何もされてないが一応礼を言っておく」
そして幹、お主は黙ってろ。
「その上で、一つお願いがあるんです」
と吸が言う。拙僧にお願い?
「先日も申し上げましたが、白拍子は近年勢いを失いつつある文化です。その普及と発展に、何が覚恕どののお知恵とお力添えをいただけないかと」
ううむ。なんとかしてあげたいのは山々だが、なかなかに難しい課題をもらってしまった。はてさて。




