三十三、八橋
さて拙僧と、この八橋との出会いだが、なんと幹が連れてきた。
大事な事なのでもう一度言う。幹が、連れてきた。
天台宗には声明と言う修行があり、その修行の地が大原である。
勝林院が主なその修行場所で拙僧も以前見学に行き、その縁で喜屋武出の三人とも出会った訳だが。
その喜屋武出は声明道場である寺の入り口、橋の袂で信者向けの定期公演を行っている。
八橋と幹のファーストコンタクトは、まさに八橋が寺から出てきて、その公演に興味を持って眺めていた事から始まった。
「ふっ、わたしに見惚れてしまったか。美人とは罪なものだ」
と、幹。
「い、いえそんなつもりでは決して!
確かにお綺麗だとは思いますが、その、声明に何となく通じる物があるなと」
「ほう、わたしの美貌と猿楽の本質に気づくとはなかなか見込みがある。
あの唐変木に爪の垢を飲ませたい所だ」
「唐変木?」
「時に、お坊さんは覚恕と言うお坊さんをご存知?」
幹は質問に答えず、逆に質問で返した。
そしてそれに対して、八橋は即答する。
「ああ、愛宕権現様ですね!お噂はかねがね聞いており、機会があれば一度お会いしたいと思っております!!」
「いやあ、あの時は顔がニヤケるのを隠すので必死だったぞ?
逆に八橋があの時、わたしの美貌だけを褒めるようなら、次会った時は敬語で話していたがな」
と、後に幹がそう語る。
拙僧は知っている。彼女が敬語で話すのは、自分が距離を置きたい相手に対してだと。
まあとにかく。そんな感じで八橋を幹から紹介された訳だが、八橋は拙僧との出会いより、後で幹が「あの愛宕様の幹殿」であることに気づいて驚いたらしい。
なんだ幹殿って。
そして寺門派実相院への交渉カードとして同じ寺門派の八橋を連れて来た訳だが、もちろん仕掛けはこれだけでない。
「八橋、無常どのに紅葉の御所、大原第の説明をしてやってくれるか?」
「はい!お任せください!!」
拙僧の言葉に、八橋は上機嫌で話し始めるのだった。
現在は祭舞司の名目で借りていて実質は幕府施設として運用予定の、大原第の規模とその設備。
坂本の幕府軍も既に先発隊が到着して設備作り随時移転予定である事、それに対して朝廷も全面的に協力している事等々……
実相院の無常は驚愕しながら、その話を聞いていた。
「ま、まさかそこまでとは。それであれば、この無常が反対する理由はない」
「では!」
「ああ、最終決定は門主に委ねるが、おそらく反対することはないであろう」
無常はそう言って、衝立の奥に隠れた。
「……無常どの?」
「愛宕どのの話は心臓に悪い。少し引っ込ませてくれ」
そう言うルール?まあ交渉は上手く行ったみたいだから好きにしてくれ。
さてお待たせした。お待たせし過ぎたかもしれない、もう一つの計画の話である。
『今後は徐々に兵を移しつつ駐留する建物を作っていく、そういう解釈で良いのだな?』
『それについては拙僧どもにお任せを』
『『お任せを!』』
大原での管領細川道永とラーメンズトリオとの会話の中で、拙僧はこの世界でのゼネコン構想を考えた。
『坂本から大原は、少し距離があるのも厄介だ』
管領細川道永の会話。まさにこれに対する対策が必要になる。
『お久しぶりでございます!無常どのっ!!』
『なっ……お主は八橋!』
実相院でのこの会話の前に、もう計画は進んでいたのだ。
そう言えば無常に実相、今思えば枕言葉に「諸行」とつけければ対になる、なんとも因果な名前であった。
そして立ち上げたるゼネコン第一弾は題して「道がなければ繋げればいいじゃない」計画。つまり、大原坂本間の直通道路を作るのだ。
ちなみに、かの有名な「パンがなければケーキを食べればいいじゃない」は後世の創作だと言われている。
時は遡って、珍平の縁談話からの騒動で儀右衛門の悩みに説法を行った日から、数日ほど経った後の事。
その儀右衛門を伴って、拙僧は大原に来ていた。
同行者は他に、みっしょん双衛門と八橋。
珍平は留守番だ。決して一連の件で愛想が尽きた訳ではない、多分。
今回の目的は大原から坂本へのルートを開通させるにあたり、現状大原からどこまで通れるかを探る意味がある。
聖護院は修験者、いわゆる山伏を多く抱え、八橋もその一人である。つまり山のエキスパートだ。
なので今回は八橋を先導に、一般人代表のみっしょんと儀右衛門に行ってもらう。流石に稚児に山道は厳しいので、拙僧は麓で結果待ちだ。
ちなみに儀右衛門を連れて来たのはもう一つ意味があって……
「それがボスの言っていた、儀右衛門さんの“失敗作“ですかな?」
と、みっしょん。
それは鉄製の方位磁針。製鉄の過程で鉄が磁気を帯びる事があるのを応用したものだ。
磁気を帯びた刀は通常失敗作として扱われる。
まず鉄粉やゴミを引き寄せて刃こぼれ・傷の原因になる。
そもそも適切な処理を行えば刀が磁気を帯びる事はないため、加熱加工の不備を疑われる。当然刀そのものの価値も半減する。
しかし今回はあえて、意図的に磁気を帯びる事を目的に作らせた。あとは本当に方位磁針として使えるかを実際に試してみるという訳だ。
この件に関して、儀右衛門の表情は暗い。
そりゃそうだろう、あえて失敗作と呼ばれる技術で作らせた道具だ。
しかしこれが実用になるとなれば、儀右衛門にとってプラスになると考えたのだ。
そして三人は狭い峠道を登って行き、拙僧はそれを見送った。さて、結果や如何に。




