三十二、実相
「よくぞいらっしゃった」
と門柱から顔を半分だけ出して、実相院の門番が対応する。
それだけでも異質だが、客間に案内される間も対応する物が扇で顔を覆ったり、
「粗茶ですが」
と待ってる間に出されたお茶運びも体を半身だけ出して行われた。
え、なに?
寺門派は体の半分を見られたら駄目な決まりでもあるの?それとも、この寺だけ?と思って居ると。
「よくぞ参られた。
拙僧がこの寺の取りまとめをしている坊官、無常と申す」
と、衝立から耳だけ出して無常と言う者が挨拶する。
そう来たかー、顔すら出さないとは一周回って清々しい。
しかも衝立には口があるの高さだけ網目状の穴が空いており、無駄に良く声が通る。
ううむ、相手の顔が見えないというのは反応も分からないという事、なんともやり難い。と思っていると。
「おい、いくらなんでも失礼ではないのか?
それが寺門派の、我々山門派への態度と言うことか」
不満げな態度で珍平が言う。
ああ、聞きにくい事を良く代弁してくれたと褒めるべきか、相手の機嫌を損ねて交渉しにくくなった事を責めるべきか悩んで居ると。
「この寺の者にとって寺は半身、そしてこの世に生きる存在の全て……」
と言う妙な発言で返され、珍平がたじろいた。
うん、拙僧もちょっとドン引きだ。なんだその哲学的な意味があるような理解不能の理屈は。
「……ええと、文で内容は軽く伝えてありますが、お聞きになりたい事はございますか?」
拙僧は平常心を装って普通に切り出す。
もうここは、無常のペースに合わせたら負けだと思った。
「例の横領の件で、山門のお方が話し合いを持ちたいと言う意図は理解した」
おっと、山門のお方と来たか。いかにも寺門派が距離を置きたいと言う物言いだ。
「しかしその件は、堺の公方との話し合いが済んでおる。
何より寺としては、逃げ出した幕府など信用できぬ」
ほうほう、そう来たか。今の幕府より新しく来た幕府気取りの簒奪者を信用すると。しかしね?
「その幕府から書を預かった。堺公方のような口約束でなく、幕府と朝廷の連名のものだ」
「拝見しても?」
と無常が言い手を伸ばす。
耳から先、顔を四分の一だけ露出して坊主頭が少しだけ見える。
「なるほど、確か愛宕どのは皇族で将軍との繋がりも深い。朝廷は堺より今の将軍を重視しておられると言うことか」
と今度は彼の目の部分まで露出する。
え、好感度上がると顔が少しずつ露わになるルールなの?
と言うより目しか分からないが特徴的なもののないのっぺりとした顔付きなので、態度で個性を出したい彼の趣味だけの気もしてきたぞ?
「しかし、これでは足りぬ。何故今まで放置してきたのか、また裏切るのではないかと言う懸念は拭えぬ」
「逆にお尋ねするが、その懸念さえ拭えたら案自体は飲んでも良いとお考えか」
「そうだな……この寺としても早く片付けたい案件。三井寺ともその意見は一致している」
そこは安心した。そもそも寺門派のトップで待ったをかけられてたら、仕切り直しを考えなければいけない所だ。
「……それに」
「それに?」
おいおい、懸念さえ拭えたらと今言ったろう。ここで追加条件はフェアじゃないぞ?
「そもそも当事者の山本某が納得するのか?
彼は堺公方の側と記憶している。
あと逃げた将軍が再び力を取り戻すと納得出来なければ。
もし約束したとしても、堺の公方が正式に将軍と認められたら意味がない」
ふむふむ、それは筋が通る。
つまりこう言いたいのだな?
山本某が協力してくる事、逃げてる幕府の勝ち筋、その二つの証明をせよと。
「では、その二つの懸念を晴らして差し上げましょう」
「……馬鹿な」
そう言って無常は、鼻まで顔を露出させた。
驚きを顔に浮かべたその顔は、見事なまでに無個性であった。
「まずは文を預かっております。その山本どのから」
そう言って、拙僧は無常にそれを手渡す。
「この特長のある癖字……確かに山本某に相違ない。
愛宕どの、どんな術で彼の了承を取り付けた?」
「それはもう、拙僧は愛宕権現にございますれば」
実際は、ジョーカーとも言える手札を使った。
人質問題は片付いたとして、山本氏側も実相院との件は堺公方との兼ね合いがある。
じゃあその件で直の話し合いに、将軍自らが山本氏に出向いて説得したとしたら?
実相院では逃げた将軍程度の認識だが、史実では逃亡先から全国の武将に指示を出した最強カリスマの持ち主なのだ、足利義晴という男は。
「あとは将軍の実力でしたかな……それは拙僧より適任がおりますので、その者に説明させましょう」
そう言って拙僧は入り口まで歩くと。
「大変おまたせしました、ではこちらへ」
「お久しぶりでございます!無常どのっ!!」
「なっ……お主は八橋!」
そう言って無常は衝立から完全に顔を出す。
そう彼こそが今回のとっておきの切り札、寺門派聖護院の僧、八橋である。
いや今回だけではない。話は前後するが少し前に動いていた別の計画でも、彼はその能力を如何なく発揮してくたのだ。
それはそう遠くない未来に、詳細が話せると思う。
さて、ここからは最後の総仕上げだ。




