三十、請願
乱と話をしてきたと儀右衛門から報告があった。
この二人の接点が思いつかず何故と思ったが、どうも珍平に仲介をお願いされたらしい。
拙僧ではなく?と思ったが、どうも朴念仁で唐変木だから駄目らしい。
「あっ、拙者でなく珍平どのが言ったんですからね?」
珍平め……そろそろ熨斗付けて青蓮院に叩き返すのを検討するべきだろうか。
まあとにかく。儀右衛門と乱とのやり取りを再現すると、だいたいこんな感じだ。
「私ね、自信がなくなって来たの」
「自信がない、ですか?」
「本当に珍平の事が好きなのか、を。
儀右衛門さんだって、吸とのなれそめは幹の冗談だったでしょう」
「……それは」
きっかけは、正月に集まった曼珠院。
友人幹の思いつきであった。
『男子がここに三人、女子も三人。誰が誰を貰うか決めよう』
その時に乱は「なんとなく」珍平を選び、吸は誠実さから儀右衛門を選び、余りものの覚恕を幹が選んだ。
「皮肉なものね。余りものとか言ってた幹が今では、一番深く相手に繋がってる」
「それははい、拙者も同感です」
「珍平の事は嫌いじゃないの。ちょっと抜けてる所も含めてね」
「抜けておりますかね?あの覚恕様をしっかり支えてると思いますが」
「仕事としてはそうね、でも私に対してはどうかしら。側室の事だって、本当に私の事を思ってたら安易に覚恕さんに賛同なんてしないでしょ?」
「それはほら、珍平どのもお立場があって」
「うん、だから考えて……それでも良いかなって彼と仲直りも考えたの。
肩書きなんてどうでもいい、私を一番に見てくれるならって。でも」
「東どのだっけ、あの子と楽しそうに別れてる姿を見せつけられちゃったらね、なんか冷めちゃって。
本当にこの人は私の事が好きなのかな、って」
「そりゃ好きに決まってますよ!」
「そうかしら?だったら直接こっちに頭を下げに来ればいい。仲介なんて面倒な事しないで」
「……それは」
「私、間違った事言ってるかしら?」
そこで儀右衛門は何も言えなくなったが、更に鉾先は彼自身にも及ぶ。
「儀右衛門さんも、ちゃんと吸の事見てあげてる?」
「そりゃあ当然!拙者は吸どのを愛しております」
「簡単に愛なんて言うけどね、本当に向き合ってあげてる?あの子が悩んでるのは知ってるわよね」
「はい、吸どのが得意な白拍子ですね」
「得意、ねえ。
まずその認識から間違ってる気がする。
得意不得意以前に、あれは親から引き継いだ伝統なの。
それで結果を出せないから悩んでる。
吸から聞いたんだけど儀右衛門さんも昔、先祖のように刀が打てなくて悩んでいたんでしょ?
てっきり悩みが共有できるものだと思ってたけど」
「それ……は……」
「流石に言い過ぎたかな、ごめん。
せっかく珍平の為を思って来てくれたのにね」
「とまあ、そんなことがありまして。
最後乱どのは寂しそうな顔をされていましたが」
と儀右衛門が言う。
「正直拙者も自信を無くしております。
本当に今まで、ちゃんと吸どのに向き合ってきたのか、と」
何だろう……悩みという名の疫病の感染が広がっていってる、そんな感じだ。
そして厄介なのは、誰もが悩みとの関係性をばっさり切り捨てたり明快な正解が無い所だ。
が、しかし。
「於在家出家人中 生大慈心
於非菩薩人中 生大悲心」
「か、覚恕様……それは念仏ですか?」
突然拙僧が唱えた言葉に、驚く儀右衛門。
「誓願安楽行、大きな慈悲の心を起こし、多くの人を導こうと誓う……
まあ拙僧自身への宣言みたいなものだな」
「はあ、宣言ですか」
儀右衛門はピンとこないようだが、そりゃそうだろう。
これは拙僧が自分自身に気合いを入れるための喝のようなものだ。その上で。
「天台の教えに懺悔というのがある。
反省して見直す、というものだ」
「反省して、見直す……」
「そして 煩悩即菩提。悩み自体を否定しない」
「悩み自体を、否定しない……」
「つまり間違ってもいいのだ。
そなたが今まで吸と向き合って来なかったと反省するなら、その間違いを改めればいい。
過去形では無い、向き合うのだ。
そしてそれは、今からでも全然遅くない」
「……なるほど!」
良くも悪くも実直。これがこの男、三条儀右衛門の持ち味だ。
「まずは吸自身を知る所からだ。実際に白拍子を見に行き、何が難しいのかを話し合う。そういう積み重ねが大事なのだと思う」
とりあえず儀右衛門の件が落ち着いたので、同様に乱、吸の元にも出向いた。
と言っても具体的な解決策を提示してきた訳ではないし、儀右衛門のように単純では無いので本当に納得してくれたのかも分からない。
でも、それで良いと思う。少なくとも道を示した事で彼女達に光明が見えるのであれば。
「覚恕はみんなのお父さんだな」
「そんな大層なもんじゃないさ」
幹の言葉に、拙僧は答える。
天台宗の一僧侶として誓願安楽行を行った、ただそれだけだ。
「お父さん、お小遣い頂戴」
それが言いたかっただけかよ!
本当にブレないな、この猿娘。
「蒸し羊羹では駄目か?」
「うむ……まあ許す」
とりあえず、拙僧は許されたのだった。




