二十九、東殿
曼珠院の拙僧の部屋には珍平、幹、そして乱。
「と言う事で、東どのを正室、乱に側室になって貰うという案を考えたのだ」
拙僧が三人の前で、策を披露する。つまり両方とも娶ってしまう案だ。
家柄的に東殿の方が身分が高いようなので正室、という事になる。聞けば縁談と言ってもまだ東殿は幼いので、実際の結婚は数年先になるようだが。
「うむ、オレは悪くないと思うぞ。縁談先の体面も守れるし」
珍平が乗り気の反応を見せる。
しかし、女性陣の反応は冷ややかだ。
「……」
ややあって、乱が無言で退出する。
え、何故?
「覚恕……この時代の感覚として、側室という選択肢は確かに間違っていない」
幹がため息混じりにそう言う。
「だが女心を考えろ、この唐変木が」
「と、唐変木!?」
「珍平も珍平だ、何故覚恕の案に賛同した」
「お、オレ悪い事した?」
「わたしは乱の後を追う、まったく面倒な事を」
そう言って、幹も部屋を出て行った。
そして取り残された珍平と拙僧は、何が悪かったのかもわからず、無言で顔を見合わせるのだった。
数日後、その東殿が両親を伴って曼珠院にやって来た。
「泰平どのには、一度お会いすべきと思っておりましたの」
鈴を転がしたような綺麗な、と言う表現が似合うような声で東殿は口を開く。まだ幼いが妙に大人びた少女で、ざっくばらんな性格の乱とは対照的だ。
「ど、どうも」
そのせいか珍平も、どう接して良いか困惑している感じだ。
「さて、我々がいては緊張するでしょうから、ここは二人きりに」
「と言う事で覚恕どのも」
と東殿の両親に半ば強引に促され、拙僧は部屋を出る事に。
待て、行っちゃうのかよ、とすがるような目つきの珍平が印象的だった。
仕方ないだろう?何とか頑張れ。
「さて、覚恕どのにはいくつか伝えておく事がございます」
と東殿の父。
「伝えておく事、ですか」
「何でも、仲の良い方がおられるとか」
と東殿の母。
「ええっと、この寺に出入りしてる猿楽師の事ですかな?いやはや勝手に夫婦認定されて、でも我が宗派は結婚出来ませんので、噂が一人歩きしてると言うか……」
「何の話でしょう?私は泰平さまの話をしているのですが」
と東殿の母。
「ああっ、これは大変失礼。今の話は忘れてくだされ」
そりゃそうだろう、何を先走ってるのだこの愚僧は。
「……そうですか。
まず、我々は泰平さまと仲良くしている女性がいる事を知っております」
「青蓮院の方から、聞かされておりましたので。
ただ、娘の東はその事実を知りません」
母、父の順に口を開く。
「……それは」
まずいのでは、と拙僧が言いかけると。
「出来れば、お相手の方には身を引いて頂きたいと思っております」
「当然ですが覚恕どのも、この件は娘には内密に」
と父、そして母。
側室などと言う妥協案を許す気はない、か。
ただ、先ほどの第一印象では相性はあまり良くなさそうだった。あのまま進捗なしが続いてるのかと思いきや。
「あははは、珍平さんたら可笑しい」
と言う東殿の笑い声が聞こえてくる。
……馬鹿な、話が盛り上がっているだと!?
しかも珍平呼び!?
「あらあら、随分楽しそうにしてらっしゃったのですね」
「ああ、おかえりなさい母上。ええ、珍平さんの話がとても面白くて」
母親の問いに、東殿は上機嫌で答える。
「おい珍平、お前東殿に何を話したのだ?」
「いや、何を話すか思いつかなかったから覚恕と同行した時の出来事を色々」
まあ拙僧と一緒にいる事が多いから、話題といえばそれくらいしかないか。
「珍平さんの命名由来から、大原に行ったら夜になってしまった事、覚恕様が幹さんに振り回されてる事、そして東福寺で消火は出来たけど寺門を台無しにしてしまった事……どれもお腹が痛くなるくらい笑わせていただきました」
全部拙僧の失敗エピソードじゃないか、この野郎!
「さて、東。そろそろ時間だ」
父がそう声をかける。
「もうそんな時間ですの?
楽しい時間は早く過ぎるというのは本当ですのね」
東殿は名残り惜しそうな顔をする。
「珍平、一つ確認だが」
東殿が両親との会話に気を取られている間に、拙僧が小声で尋ねる。
「今回、東どのに乱の話をしたか?」
「そもそも女性との会話で、自分に縁のある女性の話はしないだろう。覚恕のような朴念仁じゃあるまいし」
そうか、拙僧は朴念仁だったのか。
「幹の話はいいのか?」
「いや、あれは覚恕の嫁だろ?と言うか東どのも言ってたぞ、何故そこまで仲良いのに一緒にならないのかと」
「……」
断じて違うんだが、なぜ周囲は節操とあの羊羹をくっつけたがるのか。
「それでは珍平さん、また」
と嬉しそうに東殿が、両親とともに去って行く。
「ああ、またな東どの!」
と珍平も声をかける。
「へー、ずいぶん仲良くなったじゃない。東どのと」
「いやあ、そんな事はない……け……ど」
背後から聞こえた声に、珍平が石像のように硬直する。
そこには仁王立ちした乱の姿が。
「こここ、これにはふふふ深い事情があってだな」
「あーあ、流石に私も大人気ないと思ったから仲直りしようと顔を出したんだけど……どうやら無駄だったかな」
そう言って、彼女も踵を返して去って行く。
「ちょま……待って!おーい乱ってば!!」
と珍平が慌ててその後を追いかけるのだった。




