二十八、縁談
悩みがあると珍平が相談を持ちかけて来たのは
享禄元年(史実の大永七年)七月、まだまだ夏の暑い盛りである。
目の前には井戸で冷やした瓜を切った物が皿に置かれている。美濃の真桑が産地で有名なのでマクワウリとも呼ばれる、少なくとも現代では。
この時代の京ではどうだったろう、単純に瓜って言ってたっけか。何しろ貰い物ばかりで自分で買った記憶がない。
さっぱりとした甘味で悪くはない味ではあるが……ああ、西瓜が恋しい。
「それで、相談というのは乱の事だ」
いよいよ結婚の?というには、その表情が優れない。
「喧嘩でもしたのか?それとも親に反対されたか」
「もっと悪い。オレに縁談話が持ち上がった」
それはまた。
この時代、自由恋愛で一緒になる方が難しいのだ。
男性はまだいいが女性、特に武家や貴族となればほぼ政略結婚だ。
「で、お相手の素性は?」
「あーっと、確か杉原家とか言ったかな」
杉原……いや、まさか。
「で、縁談相手の名前は」
「名前?ああ東って言ってたな、東西南北の。
せっかく浄土真宗に改宗して尊鎮さまから法名まで貰えるはずだったのに、縁談相手の宗派の関係で待ったがかかってな」
「おい、その法名というのは……まさか!」
「うん?泰珍だけど。
ってどうした覚恕、顔色が悪いぞ」
東というのが東殿、秀吉の妻の実母・朝日殿の杉原家の縁者だとするならば。
最初に会った時に泰平と名乗ったから気づかなかったが、出家後の名が泰珍だとするならば。
大谷泰珍。東殿。
その二人から生まれるのは、あの有名な戦国武将の大谷吉継……!
「すまん、珍平。気分がすぐれぬので横になる」
「そ、そうかお大事に。
……悪いな、そんな時に相談持ちかけて」
恐縮しながら珍平は出て行ったのだった。
「やーい、仮病」
「お前には気遣いという物がないのか」
部屋に入って来たのは、幹。
「反論出来るくらいには元気だな、よしよし」
どんな確認方法だ、まったくこの奇人変人は。
「で、何があった?
急に気分が悪くなったと珍平が慌ててたぞ」
「それでよく、お主を部屋に入れようと思ったな、あいつ」
「困った時の、天才猿楽師さん?」
何故そこで疑問系。確かに心の癒しを求めて貴族や武家が踊り子を家に招く風習があるとは聞くが。
「まあ予想はつく。
珍平が縁談の話をしたら気分が悪くなったと聞いた。
つまり我が親友の乱は、本来の歴史では結ばれぬ運命なのか?」
ここまではっきり断言されると、本当に心の中を覗かれてるのではという恐ろしさを感じる。
「もし珍平の正体と、縁談相手の正体が拙僧の想像通りなら、そうなる。
本来の史実ではその二人の間に子供が生まれるから」
「……そうか」
拙僧の話を聞いて、幹はうなずいて。
「もし、わたしの意見を求めたいなら即答だぞ。
覚悟はいいか?」
「聞かせて……くれるか」
拙僧は、恐る恐る尋ねる。
「もし史実通りに事を進めるつもりなら、その顔を一発殴る。それだけだ」
乱を泣かせる結果は許さない、ということか。
その夜拙僧は外に出て、月を見る。
喧嘩、という程ではないと思うが、あんなに怒った彼女を見るのはあまりないかもしれない。
それだけ三人娘の結束は固い、か。
「いつもの護衛はいないのかい?不用心だねえ」
そう声をかけるのは松本。
よりによって一番会いたくない相手に会ってしまった。
「何の用だ」
「おやおや、そんな怖い顔をしなさんなって。
まあ、今から話す内容は君が嫌がりそうな事だけど」
まさか……いや、このタイミングならおそらく接触して来た理由は一つだ。
「何しろ関ヶ原まで関わる有名武将、大谷吉継が生まれるかどうかの瀬戸際だからねえ」
「珍平とその縁談相手の事をどうやって知った!?」
「大谷泰珍ね。困るんだよねえ、勝手に変な名前を付けるから僕も苦労してる」
「だから、何処でその情報を!」
「ああ聞いた話では君、あの生意気な猿娘に聞くまで乱とか言う面打娘との関係を知らなかったらしいねえ」
猿娘に面打娘……幹と乱のことか。
「逆に青蓮院では持ちきりだったよ、面打娘と泰珍の関係。変な所で鈍感なんだね、君」
大きなお世話だ。
「あと情報なら、僕も君みたいに忍者を一人飼っててね。
はい自己紹介」
不意に松本の背後に、忍び装束の男性が姿を見せる。
「あっどうも、キヨヒコっス」
松本……キヨヒコ。
「ああ例のお店かよ、とか語呂が悪いとか言ったらダメだよ?君のツッコミ芸は色々歴史を変えるから面倒なんだ」
そこまで言わないし思ってない。
「まあとにかく、こちらとしては覚恕くんの賢明な判断を期待してるよ?それじゃ」
言いたいことだけ言って、松本は去って行ったのだった。
さて、どうしよう。
歴史はそのまま、珍平と乱の関係も維持する、そんな都合の良い解決策なんて……
……いや、あった!
誰も損しない方法が一つだけ、これなら幹に殴られる事もなく、松本に介入される事もなく万事解決だろう。
そして当時の拙僧は妙案に浮かれるあまり、それが更なる騒動の引き金になるなど微塵も思っていなかったのだ。




