二十七、引越
幕府の荷物の引越しであるが、これは現代のようにただ物を移動すれば良いというものではない。
既に細川六郎軍勢が京へ侵入しており、荷物を差し押さえられていたらアウトであるし、それを逃れたとしても如何に見つからずに運ぶかというなかなかに厄介なミッションである。
そして京都の将軍の住まいは花の御所の室町第のイメージを持つかもしれないが、この時代は柳原第が拠点である。
柳の御所とも呼ばれた将軍御所で、上京の管領細川道永の邸宅の北隣に作られた。
ただ、これについては目の前の京都商人の双衛門に頼み今回首尾良くやってくれたようで、彼の荷物の手配で所有する庫への移転が終わっている。
それもコソコソやるから怪しまれると、維持管理の名目で堂々と清掃業者として入り、汚れた布にくるんでゴミと見せかけて持ち出すという手の込んだ運搬を行った。
その結果、堺公方を立ち上げたばかりの細川六郎の部下が足を踏み入れた時は既にもぬけの空で、六郎も自称将軍の義維も泣いて悔しがったらしい。
「さてボス、次のみっしょんを伝えてくだされ」
次のミッションであるが、今度はこれを大原に運び込む作業が残っている。
と言っても、これもさほど大変ではない。
梶井門跡にあるあの多目的施設に買い手がついたので物資を運び入れる。その為の炭や食料に混ぜてしまえばバレる事はない。
問題は幕府移転までの一時的な施設の持ち主を、誰にするかである。
「祭舞司?」
「ああ先日即位の例で五節舞を踊ってもらっただろう?
あれが好評だったので、朝廷儀式に舞を取り入れられないかと新設された朝廷の部署だ」
「ああ五節舞、あれは楽しかった」
拙僧は、もう曼珠院に来るのが当然とばかりの幹にそう話しかける。
祭舞司の舞踏の研究兼訓練場、と言う朝廷の名で大原の施設を借り受ける。
実際は、その間に幕府機能の移転という流れだ。
「しかし期間限定と言う事か、つまらん。
せっかく吸の白拍子を広める良い機会だと思ったのに」
ここで自分の猿楽を、と言わないのが彼女らしい。
友達思いなのも当然だが、彼女はそんなものの手を借りなくとも既に人気の猿楽師だ。
少なくとも猿楽で有名な大和国の四座から、スカウトの声がかかるくらいには。
「そう言うな。あの施設に能楽堂もあったのは見ただろう。
幹や吸が望むなら、幕府の者を相手に好きなだけ舞えるぞ」
そう。あの後義晴や伊予入道にきゃんでぃずの三名を加えて見学したあの多目的施設の外には、何故か、豪華な舞踏用のダンスステージまで併設されていたのだ。
確かに史実でも秀吉や家康、それにあの独眼竜政宗も交えて能を舞った記録があるくらい戦国武将の舞踏好きは有名だけれども。
「ううむ」
しかし幹は、まだ納得してない様子だ。
「あと、京でも指折りの和菓子職人を招き入れてる。
屋敷に行けば好物の蒸し羊羹が食べ放題だぞ?」
「なぬっ!何故それを先に言わないのだ!」
やれやれ、幹にとって踊りの舞台より蒸し羊羹の方が大事か。
「蒸し羊羹、あそれ蒸し羊羹」
妙なリズムに合わせて、幹は扇の舞を披露するのだった。
この世界での享禄元年(史実では大永七年)六月。
幕府軍の先遣隊は坂本から大原に移動した。
ただし念のため先遣隊ご一行、もちろん管領の細川道永や典厠の細川 尹賢も含めて祭舞司の衣装を朝廷から坂本に送り、関係者として偽装した状態で来てもらう事にした。
しかし服のその色合いがなんと言うか……
「何か、コオロギみたいだな」
「おめでとう、典厠は便所コオロギに進化した」
いや幹、どこぞのモンスター操るゲームみたいに言われても。
ってか思わず口に出してたか、危ない危ない。
「糞坊主の力を借りるのは癪だが、建物は立派だ。
これなら堺の思い上がりどもの鼻を明かす事も出来よう」
その便所コオロギは悪人面でご満悦だ。
「今後は徐々に兵を移しつつ駐留する建物を作っていく、そういう解釈で良いのだな?」
「それについては拙僧どもにお任せを」
「「お任せを!」」
管領細川道永の問いに梶井門跡坊官のラーメンズトリオが応える。
無駄に豪華なこの施設を作った実績もある、任せてしまって良いだろう。
大工筋に聞いた話では、二、三か月もあれば坂本の全軍を置ける簡素な施設は作れるとの事だが、どうも彼らは本業が農民で建物を作るのは副業らしく、そちらの影響で遅れる可能性もあるとのこと。
ううむ、今後の事を考えると建築の専業化は必要かもしれない。例えば火災が起きて建物が燃えた時、すぐに補修出来るものがいるのは重要だ。
かの織田信長も、銭を使って兵隊を雇ったと聞いているし、お金を払って人を集めたり貸し出し制にしても良い。
いわゆる総合建設会社だ。今度京都商人の双衛門と相談するか。
さて、これで将軍周りは片づいたと思っていたのだが。
実はこの後、身内周りで大きな騒動が起きる。拙僧の前世知識の穴をついた形で。
それも歴史の改変に大きく関わり、あの松本とも再び顔を合わせざるを得ない状況になる事を、この時の拙僧は微塵も思っていなかったのだ。




