二十六、梶井
そして大永七年五月、改元が行われた。
新しい元号は享禄。
名前は史実と変わらずだが、時期が一年と三ヶ月ほど早まっている。
つまり享禄元年(史実では大永七年)という訳だ。
さらにここに旧暦計算が重なると非常にややこしい事になるので、儀右衛門に頼んで拙僧の持ち歩いている懐中時計に細工してもらい計算出来るようにした。
これで前世の記憶を思い出す時に、迷わず変換出来る。
さて大原要塞化計画。
と大層な名前をつけてはみたが要するに坂本にいる幕府軍の大原移転である。
八瀬にはない、大人数の収容施設がここ大原にはある。
というか、偶然完成した。
経緯を話すと長くなるが……
「にわかには信じられぬ話よ」
「しかし数々の奇跡を起こされた覚恕どのの話、嘘とは思えませぬ」
伊予入道こと大舘常興と、公方足利義晴の二人が、そう言いながら拙僧の後をついてくる。
坊官の鎮平が先頭で、我々四名は大原を目指していた。
目的地は梶井門跡の政所(出先の役所)、史実では後に三千院という寺院が建てられる場所だ。
そこに、あるお役所仕事の結果完成してしまった講堂こそが、今回の我々の目的地……なのだ……が。
「やあ、偶然」
嘘つけ、絶対確信犯だろ。
政所の入り口には、当然のように幹がいた。
しかも彼女だけではなく、乱と吸の喜屋武出の二名まで一緒である。
「今回、遊びじゃないんだがな」
多分言っても無駄な気がするが、一応幹に釘を刺す。
「本当にごめんなさい、迷惑になると止めたのですが」
申し訳なさそうに謝るのは吸、しかし。
「いや、わたしはむしろ感謝されるべき」
と幹は自信満々にそう言い、指差した先は。
「ひ、久しぶり。元気だった?」
「あ、ああ……」
と良い雰囲気になっている、乱と珍平の姿があった。
そう言えば二人は、結婚の約束までしている仲だったか。
「そもそも幹、どうやって拙僧の動きを嗅ぎつけた?」
「ふふん、聞きたいか。根拠は三つだ」
拙僧の問いに、幹が親指と人差し指以外の三本を立てる。
「まず一つ目、ここの特殊な建物の噂は聞いていた。
あなたなら目をつけて、いずれ足を運ぶだろうと思っていた」
そう言って幹は器用に小指だけを折り曲げる。
「二つ目は荷物の出入りだ。
客人を持て成す事になれば、普段と違う商人の出入りがある。皇族クラスでは尚更だ」
と薬指を折り曲げる。
「最後三つ目は独特の挨拶の練習を門前でやっていた。
多分聞いたら驚く」
と中指を折り曲げ、さらに付け加える。
「まあ結局、今日来るのは珍平に確認したが」
やれやれ、現代に行ったら名探偵になれそうだ。
というか珍平、曼殊院に戻ったら説教な?
「ようこそ梶井門跡の政所へ」
「「政所へ!」」
「拙僧がここの坊菅の代表の」
「「代表の!」」
「小林です」
「片林です」「桐林です」
政所の坊官三名に自己紹介されるが……ええと、何から突っ込んだらいいんだコレ。
どうやら幹曰く、これを事前に練習してたらしいが。
「いかがなさいましたか?」
「「ましたか?」」
……一人のセリフを複数が復唱する、そして法名が小林に、片と桐。
「ラーメンズの日本語学校かよ!」
「らあめんず?」
「「らあめんず?」」
しまった、またやってしまったが……コレは仕方ないだろう。突っ込んでくれと言わんがばかりの偶然の一致だぞコレは。
「ええと、忘れて欲しい。それより聞きたいことが」
「何なりとお尋ねください」
「「お尋ねください!」」
ええっと……やりにくいなあ。
「これ、なんか面白い」
「「面白い!」」
おいそこ、真似するな幹と喜屋武出の二人。
話が進まない。
そんなやり取りがありつつも、何とか事情を聞き出せたが。
これが現代にもあるあるな、典型的な御役所仕事であったのだ。
事の発端は、拙僧の祖父の後柏原天皇崩御。
葬儀には多くの人が集まり盛大に行われるだろうと、見切り発車で梶井門跡がそのための施設を作る予算を朝廷から賜った事に端を発する。
その後は拙僧の入れ知恵もあって葬儀を尊鎮様が行うことになり、当然施設建造はストップ、予算も返納するのが筋であった。
ところがここで無駄に政所がやる気を発揮し、もう材料と人の手配をしてしまったので間に合わない、なら作ってしまえと言うことになった。
しかも葬儀用の講堂でなく、宿坊・厨房・馬屋までを兼ね備え、いつか近隣の有力者に売ることを目的としたいわゆる多目的施設として。
「これは想像以上に……」
「使え過ぎるのだが。まさかこれも覚恕どのの策で?」
伊予入道と義晴がその施設に驚くが、そんなわけあるか。全くの偶然である。
さて物件も気に入ってもらったようなので、いよいよ引っ越し準備か。
その業者の手配も既に済んでいる。さて京に戻るか。
「ボス、お久しゅうございます!
さては新たな、みっしょんですかな?」
巡屋双衛門を曼珠院に呼んだ。彼は京都の商人である。
明応九年、西暦にするとちょうど1500年の生まれらしいから1527年の今は二十七歳か。
ちなみに昔見たスパイ映画の話をしたら深く感動したらしく、「みっしょん」の時だけ拙僧はボスと呼ばれている。
彼は以前空き地で愛宕講を開いた時に、色々面倒を見てもらった愛宕信者であり、講社の見回り隊が下火になった後も京都での商いに関して、何かと手伝ってもらっている。
「新たなと言うか、現状を確認したくて呼んだのだ」
拙僧は、やや前のめりな双衛門に軽く釘を刺す。
「ああ、柳の御所からの計画的移転みっしょんの方ですな。無論、滞りなく進んでおりますぞ」
そう言ってスパイ気取りの商人は、嬉しそうに進捗を話すのだった。




