二十四、六角
正直、本福寺の元僧侶を目の前にするのは心が痛む。
拙僧の策の遠因で彼を追いやったような所があるからだ。
大永六年、去年の春の事になるが本願寺が門跡を狙う事件があり、それは拙僧が阻止したが本願寺の実質代表である蓮淳が八つ当たりとばかりに本福寺を破門にしたという、いわば巻き添えを食った形だ。
真相を知ったらどう思うだろう、少なくとも良い気分にはなるまい。
そもそも観音寺城だが、名前の通り観音寺というお寺が先にあり、その一帯を取り込んで城が築かれたらしい。今はまだ寺と城が別であるが、後の歴史では城が寺を乗っとり移転を余儀なくされる。
ちなみに宗派は拙僧と同じ天台宗、本福寺は本願寺派の浄土真宗だ。
なので経緯を全て知った上であえて本福寺ゆかりの使者を送って来たのか、観音寺城と観音寺の関係がよろしくないため彼しか出せなかったのかは気になる所だ。
「……覚恕様?」
黙ったままの拙僧に、不思議そうな顔で明優が尋ねてくる。
「ああ、少し考え事をしておったでござる。
まずは観音寺の六角どのにお礼を申し上げたい」
「お礼、でございますか?」
明優は不思議そうな顔をする。
「六角どののお力添えで、父が無事即位の礼を行う事が出来た」
という拙僧の言葉に、明優は何を言われたのか分からずしばし固まって。
「ああっ!これは大変失礼をば致しました。
曼珠院が門跡、皇族の寺であるとまでは存じておりましたが、よもや帝様直系であらせられたとは……てっきり宮家の法親王様でいらっしゃったかと」
「良い良い。兄も先日立太子の儀で皇太子に即位なされた。
今の拙僧は何の肩書きも持たぬ、ただの修行中の小僧にござる」
「し、しかし……」
「それより話を続けてもよろしいか。
六角どのにはその即位式への礼と、お願いがあるでござる」
「礼と、お願い……」
「六角どのとそなただけの内緒話で、他言無用にお願いしたいのでござるが……実は拙僧、少し未来が読めるのでござる」
「何と!
……いやしかし、愛宕権現であればそれも納得」
明優は納得してくれたようだ。よし、仕込みは上々。
「故に六角どのに、いくつかの有益な未来の予言を授けようと思う」
「それは素晴らしい!と言いたい所ですが、果たして信じてくださいますやら」
「なに、それを信じて有意義に使ってくださるかは六角どの次第。しかし信じてくださるなら悪い結果にならないと約束しましょう」
「聞きましょう。そして意図も含め寸分漏らさずお伝えすると約束しましょう。さあ!」
どんな予言が出るか楽しみ、という顔だな。
ではご期待に答えて、大札を切るか。
「まずは明優どの、近く改元が起きます。
早ければ来月にでも」
「何と!改元が起きる、それもそんな早くに……まことで?」
明優が、実に良い反応で驚く。
「ええ、ですがこれは拙僧でなくても予想がつきますぞ。
そもそも改元とはいつ行うものか」
めでたい時と、忌み事の時……あっ」
「お気づきかな?つまり即位式は絶好の改元の機会というわけでござる」
現代人の感覚では改元、元号の変更は天皇崩御など代替わりの時に行うイメージであるが、実はこの時代は吉事を理由とする祥瑞改元、凶事に際してその影響を断ち切るための災異改元、と様々な理由で元号が変わる。
特殊な例では信長がゴリ押しで改元させた「天正」などと言うのもある。
「しかしそこまでなら予想の範囲。拙僧は元号の名まで知っております」
「馬鹿な、どうやってそれを知ると言うのです?」
「それはもう、拙僧は愛宕権現にございますれば。
さあ、筆の準備を。新しい元号は……享禄。
中国の占筮書、周易からの出典にございます」
ちなみに前世知識では変わってる危険性があったので、三寺に確認した。と言うか彼らが切り札に用意したのがまさにその名前だったので、それを言い当てた時には目を白黒されたが。
「きょ……享禄」
明優も震える手で筆を取る。
「明優どの、まだまだこれは序の口にござる」
「まだこの上が!?」
「左様。堺大樹、という言葉はご存知か?」
「サカイダイジュ……サカイダイジュとは、あの堺ですかな?いえ拙僧は聞いたことも」
「ひょっとしたら六角どのの耳には入っているやも知れませぬ。何せ京の諸権門や公家では既にその話題で持ちきりとの事」
ちなみに権門というのは、社会的な特権を有した家柄・集団などを指すもので、類似した意味を持つ勢家という言葉もある。
「京の諸権門!?そんな中での密事まで既に知っておられるとは」
「何しろ愛宕権現ですからな。
そして本題です、足利義維どの従五位下左馬頭に任じられる」
「何と、という事はもしや次の将軍に?」
明優が驚く。左馬頭になれば次は征夷大将軍、誰もそう思うだろう。
「しかし、結局義維どのは将軍にはなれずに終わりまする。朝廷は義晴どのを重要視しておられるので」
「今は逃亡の身なのに、でございますか?」
「ええ、どうやら自主的に幕府なるものを堺に立ち上げるようですが、数年で諦め細川六郎どのが公方義晴どのと和睦致します」
「何とまた……まるで見て来たかのように」
「さらに、これは確証がございませんがその縁で六郎どのは義晴どのから名前を送られるはず。
確か晴元、と」
ここまでは歴史が変わる可能性がある。何しろ史実通りなら数年先なので予言としては弱い。
「さらにですな……」
拙僧は加えて、いくつかの前世の知識と言う名の予言を披露した。近江商人の掟書、隣国美濃の守護の追放などなど……




