二十三、三寺
「ほっほっほ、久しいのう」
生き字引、三条西実隆。
何というか、いつも通りの人だ。
「もっと気軽に訪れても良いのじゃぞ?」
いやいや、気持ちだけ受け取っておきましょう。
そして生き字引の隣には葉室頼継蔵人頭と、後の二人は……
多分、三寺の残り二人であろうと思うのだが。
「そういえば、二人は覚恕どのと初対面と承る」
と蔵人頭が口を開く。
「こちらが甘露寺伊長様、役職は……参議より上だったと存ずる」
「その子が例の愛宕様で?
そこはかとなく聡明さと神々しさを感じるかと」
「そしてこちらが、勧修寺尚顕様。こっちは確か権中納言だったと存ずる」
「ふむ、あきらかに普通の稚児でなし」
というか蔵人頭、上役の官職くらいは覚えておこうか。
甘露寺に勧修寺、二人とも名前に寺が入っている通り寺が由来の苗字だが、その成り立ちはだいぶ異なるようである。
甘露寺は、その名を冠した寺を建てた事から、
勧修寺は、その名を冠した寺で会合を行った事から、
それぞれ名乗ったとされている。
ちなみに葉室家も常住寺という寺を中興(復活)させて浄住寺と改めたので、寺繋がりである。
ついでに言えば今時点、この寺は三つとも荒廃もしくは行方不明で寺として満足に機能していないらしい。あ、二つは後世で復活したっけ?
「さて蔵人頭から、そこはかとなく話は聞いた」
と甘露寺。
いやいや、聞いた話の範囲が気になる。
そこはかとなく、が誤用されてるんだが。
「あきらかにその悩みは、低い身長をおいて他になし」
と勧修寺。
普通の稚児ならそうかもだが、拙僧は悩んでいない。
本当に蔵人頭から聞いて来たのこの二人?
「ほっほっほ」
いや生き字引も喜んでないでさ。
「いや。今のは、あきらかに本気で言ったのではなし」
「そこはかとなく、場を盛り上げようかと」
……冗談だったのか、わかりにくいぞ。
「真面目な話、その悩みはあきらかに今話題の堺大樹以外になし」
「蔵人頭もそこはかとなく、察しておったかと」
「ええ確かに、拙僧の悩みはその通りでござる」
勧修寺と甘露寺の二寺にうなずく。
「そして、そこはかとなく六角も気になっておるかと」
「あきらかに近江は、天下泰平の鍵を握るに間違いなし。
先の将軍足利義稙が細川道永と対立して出奔した後、道永は六角と共に公方義晴の擁立に貢献した」
その分析も出来ているのか。流石は朝廷の重鎮だけある。ただ先の将軍、と言い切ってしまうのはやや不正確だ。
ここに将軍家のややこしい事情があって順番では、
第十代 足利義稙
第十一代 足利義澄
第十二代 足利義晴
なのだが、義澄の後に義稙が復権している。
二度目の将軍職でもあるので、先の将軍と単純に言い切るのは半分正解、といったところだろう。
「六角と繋がりを持ちたいなら、あきらかに蔵人頭を頼るべき」
「彼の家ならそこはかとなく知見があるかと」
うん、葉室と六角の繋がり?
将軍家や朽木というなら、この先の時代で縁続きにはなるけど。葉室家のご先祖様が夜の関白と言われてたのは……多分関係ないよな?
「今の六角の当主は定頼どのであるが、我が父光忠が定頼どの父と過去に少々」
と蔵人頭。
何と、それは知らなかった。てっきり葉室家は将軍家と朽木の繋がりだけかと。
そして話を聞くと少々どころの騒ぎではなかった。
蔵人頭の父の葉室光忠が、朝敵となった六角家の討伐に兵を出している。
時の将軍義稙(当時は義材)の名で。
であるなら、六角を知る者としてこれ以上の適任者はいないだろう。流石に葉室家を因縁のある六角の使者に出すのは、喧嘩を売ってると思われそうだが。
うむ、いっそ影武者の事まで三寺に相談するか。
あまり広めたくない情報ではあるが。
実は六角家は、坂本に将軍義晴がいると信じていて、本人が八瀬に隠れている事を知らない。
六角に露見すれば「何故黙っていたのか」と騒動の種になりかねない。事情を話した上で、逆に隠す事がメリットと思わせる交渉のカードが必要になる。
そのカードを思いつかずに困っているのだが。
「実は覚恕どの」
無言だった拙僧に蔵人頭が声をかける。
「事前に二寺とも相談して、おそらく覚恕どのが六角のことでお悩みと拝察仕った。
その上で、提案仕りたく存ずる」
なんと、もう先に答えまで用意してたというのか。
敵を知れば百戦危うからずというか、千にも万にも値する有難い事だ。
「これはあきらかに、朝廷のみが知る情報と愛宕権現の最強の合わせ技に他はなし」
「そこはかとなく、六角に効果的かと」
そう言って提案された切り札は、確かにこれ以上なく使える物であった。あとはこれを、どう利用するか。
ほどなく、曼珠院に六角からの使者がやってきた。
「明優と申します」
使者である若い僧侶がそう名乗った。
「ひょっとして、あの本福寺の?」
「はい!流石は愛宕権現と謳われたお方でございます」
そう言って明優は目を輝かせる。
近江から来た僧で、史実でも本福寺の住職は明宗など明が頭につくから鎌をかけてみたが当たったか。
どうやら堅田破門の件で、寺から流れた僧が六角に仕えたようだ。
「要件としては一点。観音寺の城主様は、公方様を武佐に招くことを望んでおられます。
ですが良い返事が頂けず、公方様と懇意な覚恕どのにお力添えを賜れないかと」
……いよいよ来たな。
相手は軽い気持ちかも知れないが、こちらは軽々しい返答の出来ない案件が。ここは勝負所だ。
拙僧は、身の引き締まる思いがした。




