二十一、坂本
「……以上が、そなたに八瀬まで同行願う理由だ」
「そう言う事でございますか、わかりました」
拙僧は狐仮面の晴子に、最低限話せる事情だけを説明する。
本当にこれで良かったのかと自問しつつ。
幹と珍平は拙僧達の後ろで雑談をしている。
本当なら事情を知りたいだろうに、あえて聞かないのは有難い。
いや勘ぐりすぎか。純粋に湯治場行きを楽しみにしているだけかもしれない。
八瀬里座に到着すると、何やら様子がおかしい。
「何があった?」
「何でも、伊予入道様と公方様が揉めておられるとか」
拙僧の問いに、里の者がそう答える。
「まずい。晴子どの、一緒に来てくれ!」
そう言って拙僧は晴子の狐仮面を取り、幹に手渡す。
「珍平とわたしは留守番?」
「……そうだな、二人はここで待機しててくれ」
「了解だ、覚恕」
そう言って珍平が親指を立ててサムズアップ(拙僧が教えた)し、
「うん、頑張れ憶仁」
と幹が言い、左手に狐面を持ったまま右手で扇を取り出して左右に振る。
そして拙僧は晴子の手を取って、里座の中に駆け込んだ。
「公方様、どうかそこを堪えて!」
「出来るものか!
そもそも、八瀬行きはそなたが一度反対した筈であろう!」
扉を開ければ、まさに義晴と伊予入道こと大舘常興との口論の最中であった。
「義晴様!」
そこに晴子が、声をあげて飛び込んで来る。
「晴子!?何故ここに?」
「そんな事は些細な事なのです。
それより大事な、お伝えしたい事がございます」
「……伝えたい事?」
先程までの義晴の怒りが、嘘のように引いていくのが感じられた。
「わらわは、公方様に生きて欲しいと思っておりまする。
それがどんな形であるにせよ、生きてくださる事こそが望みでございます」
「どんな形でも、生きて……?」
晴子の言葉に義晴は思案して、そしてその場に座り込む。
「常興」
「はっ」
「先程は怒鳴って済まなかった。先程の件、今一度再考してみようと思う」
「かたじけなく、思いまする」
公方の言葉に、伊予入道も平伏する。
……何とか、落ち着いたか。
ここまでの拙僧の策を話すと、こう言う事になる。
前回の伊予入道が拙僧の意見を一蹴したのは芝居。
しかし八瀬行きに問題点があったのも事実。
そこで拙僧は考えたのだ。坂本に将軍の影武者を立てて、本人だけを八瀬に隠す。
しかしこれは義晴本人には話せない。そこから道永やあの典厠や、更には敵の細川六郎陣営に漏れないとも限らないからだ。
そこで伊予入道が反対してるフリをして、実は義晴が寝ている隙に目隠しして連れ出すと言う強硬策に出た。
結果的に入道が悪者になってしまうのだが。
「なあに、儂はもう老い先短い身。墓場まで真相は持っていくさ」
と笑いながら自ら悪役を買って出た。史実では入道がそこから二十年も長生きするのは、流石に言えなかったが。
そして晴子を連れて行ったのは、万が一伊予入道が説得に失敗した時の保険。
どうも後で聞いた話では、もし彼女の説得がなかったら今からでも坂本まで向かうと言い出したらしく、かなり危ないタイミングであった。
さて一方の坂本がどうなったのか。
これは番内が報告してくれた。
報告を元に、多少脚色を交えて幹が好きそうな芝居風にするとこんな感じだ。
「おい尹賢、この輿の中身は何だ!公方様ではないぞ」
「そ、そんな馬鹿……いえ管領様、申し訳ありませぬ」
激怒する管領の道永に、平謝りの典厠。
何と輿の中は、人と同じ大きさと重さの木人形であった。
「ちゃんと中身を確認しなかったのか?」
「いえ、輿は本人の了解が無ければ開けてはいけない決まりであったので」
「それにしたって、いくらでも確認する方法はあったであろう!」
「どうかなさいましたかな?」
二人の様子を見兼ねて、一人の僧侶が声をかける。
「これは慈運どの。ええと……何故坂本に?」
本来なら京の都で曼珠院の門跡を務めているはずの僧が坂本にいる事に道永は驚くも。
「なに、人に会う約束をしておりましてな。
それよりお困りのご様子、少し話をさせて頂いても?」
「いや、気持ちは有難いでござるが、なにぶん火急の事態ゆえに」
「公方様の居所に心当たりがあると申しあげても、ですかな?」
「なっ!!」
「まことでございますか?」
慈運様の言葉に二人が驚く。
「ここでは他人の目耳もあります故に、別室にご案内致しましょう」
そしてある小さな寺の一室に、二人は案内される。
「ここには拙僧の子飼いの忍びを配置しております。
万が一にも、ここの話が外に漏れる事はありますまい」
「そこまでの用心とは……」
典厠が目を丸くする。
「して、慈運どの。公方様は今何処に」
道永はそう尋ねる。
「場所は申しあげられませぬが、公方様には大舘どのが現在付いておられる。さる高貴なお方から聞いた話ですが」
「何と!あのジジ……伊予入道様の姿が見えぬと思っておったが」
慈運様の言葉に典厠が声をあげ、
「さる高貴な……なるほど、あの方であれば大舘の話を聞くこともできよう」
道永は相手の見当がついたようであった。
「そして道永どの、ここからが肝心の内緒話です。
公方様は坂本にいる。そう思わせた方が都合が良いのでは?」
「嘘の情報を、我らに流せと?」
「左様。公方様の安全も確保され、相手にも一泡吹かせられる。悪い策ではないと思われますが?」
「ううむ……」
慈運様の提案に道永は思案する。
「いや管領様、あの入道など到底信用出来ませぬ。
とっとと探し出してここ坂本に……」
横で喚き散らかす典厠であったが。
「慈運どの、肝心の大舘や公方様に取り次ぐ事は出来るか?」
「勿論、文なり使者を出すなり拙僧の出来る限りの協力を致します」
「では頼めるか?この件は奴に任せようと思う」
「管領様ァ??」
道永の決定に、信じられないと言った感じで典厠が空を仰ぐ。
「……と言う事があったのですが」
と番内が、そこで一旦言葉を区切る。
「ただ、この後少々気になる出来事がございまして」
「気になる出来事?」
拙僧はそう聞き返す。そこで出てきたのは、師匠慈運様の驚くべき計略であった。




