十五、告白
「……元気がない」
「——うわっ!」
気づけば接吻できそうなほど至近距離に幹の顔があって、慌てて拙僧は飛び退く。
「ああ、びっくりした」
それはこっちの台詞じゃわい!
しかも幹は全然驚いた顔をしてないぞ。無表情は今始まった事じゃないが。
「何があったか正直に話すといい。わたしが適当に聞き流す」
「いや適当に聞き流すな、親身に聞いてくれ!」
「……少しは元気出た?」
「あ」
確かに、一人で悩んでるのが馬鹿らしくなるくらいには元気になった気がする。
それに……。
「なあ幹、今からとんでもない話をするぞ?」
拙僧はそう切り出す。彼女なら、あるいは。
「拙僧が、ずっと未来から来たと言ったら信じるか?」
そう拙僧が言うと、少しだけ目を見開いて考え込むようにして。
「何を馬鹿な、と言うのだろうな普通は」
と答えた。まっすぐ拙僧を見つめたまま。
「幹は、普通ではないのか」
「このわたしを侮ってはいけない。
そんな嘘をわざわざこの場でつく意味がない。
何より捨てられた子犬のような顔をしているぞ、今の憶仁は」
あれ何で拙僧の本名を知って……ああ正月に御所で舞を見た時に、兄が呼んでたっけ。
「だから続きを話すといい。
というか本当に憶仁が未来から来て、その知識を持ってると言うなら色々腑に落ちる」
「そうなのか?」
「正直そうでなければ、もはや神か仏以外に考えられない。
憶仁はもっと、自分の異常さに気づくべき」
ああ、やけに周囲が一休だの愛宕権現だの持ち上げると思ったよ。
そりゃこんな物分かりの良い稚児、普通じゃないか。
うん、なら遠慮なく話すか。
「拙僧の行動次第ではその知識を使う事で、未来が変わってしまう可能性がある」
「なぬ、わたしの好物の蒸し羊羹が食べられなくなるかもしれないと?それは困る」
どんな世界線だ、それは。まあいい。
「そして、それを快しとしない者が現れた」
「勝手に未来を変えるな、と?」
時々、幹を凄いと思う時がある。自称天才は伊達ではない。
「ああ、だから悩んでいる」
「理解した。それは将来寺を焼かれたくないと願う覚恕の障害になる由々しき事態」
……ああ、幹がいてくれて本当に良かった。
こんな話を真面目に聞いてくれる人、他にいないもんなあ。
「泣くな憶仁」
「泣いて……ない……」
そう言いながら拙僧は多分、この時代に生を受けて生まれて初めて本気で号泣したのだと思う。
「なあ幹」
気づけば拙僧は、幹に膝枕されていた。
「何?」
「拙僧は今後、どうしたら良いんだろう」
「逆に尋ねるけど、何をしても無駄と全部投げ出してみる?
わたしは心が広いから、それでもそばにいる」
ああ。
幹ならきっと、そうしてくれるんだろう。
「でも、わたしの知ってる覚恕はきっとそれを選ばない。
と言うか泣いてスッキリしたのか、もう歩き出そうとしてる」
うん。全く先は見えないけど、何とかしようと思ってる。
「あなたを止めようとした、その松本って存在。何もするなと言った訳ではないんでしょ?」
確かに……大きく歴史を変える事をしなければと前置きされた気がする。
「なら問題ない。むしろ問題が起きたら、その時に考えたらいい」
そうか……そうかも。
「おっ、ようやく本調子に戻ったか。そうでないと、からかい甲斐がない」
「からかうの前提かよ」
「当たり前だ、わたしの楽しみを奪う気か」
まるでそれだけが生き甲斐、みたいに言うな。
「好物の蒸し羊羹でも一生食ってろ」
「それはそれで……いいや駄目だ、あまり食べすぎると羊羹になってしまう」
どう言う理屈!?
「最近、幹と仲が良いのですね」
喜屋武出の一人、吸がそう声をかけてくる。
即位式に披露する五節舞の実現の為に彼女にも協力してもらっている関係で、最近は会う機会が増えた。
ちなみに幹は現在、拙僧にもたれかかるようにして昼寝中だ。
「ここまで彼女が気を許す相手は珍しいんですよ?」
「そうなのか?」
「幹は変わり者で、天才で……だから自分から壁を作ってしまうんです。
相手に見切りをつけてしまうと言うか」
そう言えばこの間の正月での舞の、拙僧の兄への態度。あれは行儀良くというより距離を取ってるという事なのか。
「幹はいつも覚恕さんの事を話す時、嬉しそうにこう言うんですよ?
あれは底なし沼だ、いくら話しても飽きない、って」
凄い例えだな、いかにも幹らしい。
そしてともすれば悪口にも聞こえるが、何だろう、ちょっと嬉しいと思ってしまった。
「しかし、そなたと乱は幹と仲が良い」
「小さい頃から一緒にいますからね。それに乱は面打ち師、私は白拍子と芸事で切磋琢磨する関係ですから」
お互いを認め合う関係という事か。
「もっとも私の場合、父や私が白拍子だけで食べていけず宿屋を経営してるくらいで……才能の塊の乱や幹とは、どうしても比較してしまいます」
そう言って、消えそうな声で吸が言う。
彼女の悩みに親身になってあげたい気持ちを抑えつつ、
「その事は儀右衛門には?」
拙僧はそう尋ねる。結婚の約束までしているという彼が、本当なら相談に乗るべきなのだ。
「話してます。ただ、あの方には旗違いの世界なので答えを出せずに困っておいでで」
まあ刀鍛冶に芸事に生きる者の悩みは荷が重いか。
「でも好き合っているのだろう?お互いの悩みを共有する事は大事だと思うぞ」
と言いつつ拙僧は思った。逆に自分は幹の悩みに応えてあげられているのかと。
——そもそも彼女が悩む事があるのか?
ああそうか、拙僧をからかうのは欲求不満の捌け口か。かまって欲しいと言うのが彼女の望みであるなら、それに応えてあげるのが拙僧の役目なのかもしれないと思ったのだった。




