十四、仕込
「五節舞?」
「うむ。幹、頼めるか?」
拙僧は自称人気猿楽師にお願いをする。
大嘗祭の資料を調べているうちに、面白い記述を見つけた。そして祭りの舞台は用意できなくても、お金のかからない行事そのものを再現できないかと思ったのだ。
その一つが五節舞、即位を祝う舞の奉納である。
そして踊りと言えば、この子だろうと声をかけたのだ。
「ふっ、誰に物を言っている。
わたしは天才踊り子、もし人が足りぬなら喜屋武出の二人も召還する」
そう言って彼女は、無表情のまま鼻息荒くして拳を握る。それが可愛いと思ってしまうあたり、拙僧は相当に毒されてると思う。
「そう言えば、あの二人はどうしてるのだ?」
拙僧はしばらく会っていない乱と吸の事を尋ねる。
「え、珍平と儀右衛門の二人から聞いてないの?」
と幹。ん、何故そこで二人の名前が?
「もう結婚の約束をしている。その為に珍平は浄土真宗に改宗するらしい」
初耳だぞ、あいつらめ!
さて即位式にはもう一つ、大事な行事の実現に必要な人材がいる。
そのために生き字引の三条西より紹介されたのは……
「この度は実にめでたき事におじゃる。まこと覚恕様に置かれましては、まっこと親孝行におじゃいますれば」
「至極恐縮にございまする。つきましては、拙僧が来た理由はお察しか」
「もちろん、それが我が二条家の仕事におじゃいます」
目の前の男は二条尹房、元関白。
即位式の儀式の一つ、即位灌頂に不可欠な人材だ。そしてこの儀式の成立には、何を隠そう我が天台宗の比叡山も大きく関わってくる。
何しろ即位灌頂の考案者がこの二条家のご先祖で比叡山の代表も務めた道玄、以降即位灌頂は二条家の独占する儀式となった。
なので儀式の実現には、彼に関白に還補(復職)してもらう必要があるのだ。史実でも還補した彼がこの儀式を行っている。
「ぜひ還補のほう、お願い致す」
「異議に及ばず、でおじゃる」
「いやあ、探したよ覚恕くん」
二条どの屋敷を出た直後。
不意に拙僧は、一人の男に声をかけられる。
服装は、この時代でよく見かける町人のそれなのだが、異質なのはその髪型。
髪型が武家のような髷でも公家のように束ねている訳でもない、本当によく現代で見かけるその辺の高校生そのままといった感じで、例えるなら時代劇に出演しているがカツラだけ忘れたような、そんな違和感があった。
「君が転生者なのは知ってる。その上でいくつか話しておきたい事があってね」
「お主も転生……いや転移者か」
拙僧はそう尋ねる。
「ふっ、流石は一休の再来と言われるだけはあるね」
「……とりあえず、名前を名乗ってもらおうか」
拙僧の勘が、この者はヤバいと告げている。最大級の警戒で応じる事にした。くそっ、こう言う時に限って坊官の珍平を同行していない。
「名前、名前ね……」
目の前の男は思案すると、こう切り出した。
「松本問答は知ってるね?とりあえず、僕の事は松本とでも呼んでくれたらいいよ」
松本問答!と言う事は天文法華の乱のきっかけを作ったあの松本久吉か。
この男は、将来起こるあの事件に関わろうしているのか、とするならば。
「京の町が防火対策で整備された。名もなき者が助言したそうだが」
「ああうん、それは僕の事だねえ」
やっぱりか。となれば、拙僧の中で一つの仮説が立つ。
愛宕講社の仕組みは、その後の史実で生まれるはずの「町組」を先取りしたものだった。そしてそれを生み出したのは法華経を信仰する勢力。
そしてこの男は、その法華経が引き起こす法華の乱との関係を隠すつもりがない、ならば。
「丹羽で動乱が起きている。
松本はアレを、止めようと思えば止められたか?」
「いやあ逆だねえ。もし君が止めるつもりなら阻止してたと思うよ」
これで確信した。
理由は分からないがこの男は、拙僧の介入で歴史が変わる事を嫌う。そして、それを止める力も持っている。
「今回、拙僧の介入で天皇の即位式が早まったが」
「ああそれは特別サービスだよ、優しいだろう?
ただ、次はないと思ってもらった方がいいね」
今回は温情で、次に歴史を大きく変えるなら容赦しないと言うことか。しかし。
「その髪型、明らかに異質だが良いのか?」
「放っておいてくれ、これぐらいなら歴史に大きな影響はない」
自身の歴史への影響力も把握済みか。ますます厄介だ。
「何が望みだ、松本」
「んー、君が大きく歴史を変える事をしなければ基本僕は何もしないかな」
その匙加減がわからないから聞いているのだが。
「ああでも、一つだけお願いがあるかな」
「何だ?」
「多分理解してると思うけど松本問答、その後の法華の乱で大きく歴史が動くよね?その時は最優先で僕を助けて欲しいかな」
「お主の技量なら何とかしてしまいそうだが」
「買い被り過ぎだよ。僕は何の特技もない一般市民さ、刀で刺されたら死ぬよ?」
松本はおどけるようにそう言う。
「善処しよう」
「助かるよ、じゃあまた何処かで」
それだけ言うと、松本は去って行った。
出来れば二度と顔を合わせたくない存在だが。
やれやれ。寺を焼かれたくない問題に、新たな火種が舞い込んだものだ。




