十三、講社(挿絵あり)
とりあえず愛宕の件は放っておけないので、講を行なう事にした。
講というのは簡単に言えば、仏教の信仰者の集まる会議のようなものである。
拙僧を愛宕と崇める信者を今後どうしていくか、その話し合いをしなければならない。
京の都は応仁の乱を手始めに武将の小競り合いで荒らされた傷がまだ癒えず、大きな空き地が点在している。
商人の伝手などを利用して、その一角に愛宕信者に来てもらう事にした。しかし。
「皆さま、良く集まってくださった」
冷静を装って拙僧は見回すが、その集まり具合は想像を超えた。
どう少なく見積もっても百名以上はいるからだ。稚児の拙僧の身長では、後ろが見えない。
一応それも想定して支援者に木箱を用意してもらったが……上に登れば後ろまで見えそうだが、あいにく拙僧の登れる高さではない。
「珍平、手伝ってくれるか?」
拙僧は坊官の彼に声をかけ、持ち上げてもらう事に。
いやはや、何とも締まらない。
逆に温かい笑いが漏れて愛宕様の好感度が上がるという思わぬ効果もあったが。
「さて、ここに来られた方は愛宕権現の生まれ代わりであるという拙僧を信じ、それ以上にこの京や家族を愛する人々だと思われる」
と拙僧は話を続ける。この前置きをしたのには大きな意味がある。
「そんな大事な京や家族を守るため、どうか力を貸してくだされ」
そして財産を守って朝廷への税収を増やして欲しい、とまでは流石に言えないが。
「愛宕さまのお願いなら、是非にと言いたいが」
「守るためにというが、具体的には何をしたらいいんじゃ?」
集まった信者は口々にそう言い、拙僧はそれに答える。
「具体的には火事や盗難から身を守るための、見回り制度を作ってもらいたいのです」
江戸の街では時代劇などで「戸締り用心火の用心」と言いながら拍子木を打つ場面を見かける。
あの風習がいつから始まったのかと言えば、史実では今から10年後に起きる事件がきっかけであった。
天文法華の乱。法華一揆とも言われる法華経の信者と比叡山との争いは、結果的に住人が自分の身を守るための自治の見直しに繋がり「町組」という組織が生まれる。
何しろ本来なら朝廷が京を守る為の警察的組織「検非違使」は現在機能せず、代わりに置かれた行政機関の「京都所司代」は信長の時代。
町を守る機関が全く存在していないのだ。そりゃ火事も防げないし消せない、泥棒だって入り放題だ。
そこで愛宕信者の有志を集めて、自治防衛機能が作れないかと考えたのだ。火や盗難を防ぐために自らが見回りをする、これなら信仰心を業務として昇華出来る。
しかし今回の組織の立ち上げにあたって僧侶側からも協力をお願いしようと思ったが、上述の経緯から本願寺派と法華経はアテにならない。
そこで拙僧が目をつけたのは……
「この度は拙僧どもにお声がけくださり、何と感謝すれば良いか」
と頭を下げるのは仏光寺15代目となる経光。
彼は本願寺派と同じ浄土真宗、仏光寺派の代表である。
かつては本願寺派以上の勢力だったが権力争いに負け、今では仏光寺内に六坊の子院を残すのみ。
故に金銭的な期待は出来ないが、かつての栄華から人脈は相当のものだ。
先代が経誉だが、その兄になる経豪は史実では本願寺派に転向しただけでなく仏光寺派の42寺を引き連れて出て行った、いわば宗派の裏切り者であるらしい。
その仏光寺派の威信回復が出来てライバル本願寺の鼻をあかせると言う事で、二つ返事で協力してくれた。いつの世も敵の敵は味方なのだ。
かくして見張り隊は愛宕講社と命名され、順調な滑り出しを見せる……筈であった。
しかし序盤こそ勢いの良かったこの講社、次第に勢いを失って自然消滅する事になる。
と言っても、何か講社の中で大きな過失があった訳ではない。もっと良い防火対策が世間に広まったのだ。
まずは家屋を改築し家と家の間隔を広げる。
防火用の貯水槽や池を等間隔に設置する。
周囲を見渡せる火の見ヤグラを設置する。
この三つの対策により、人員を割いてわざわざ見回りなどという面倒な業務をしなくても大火による家屋の消失が防げるようになった。
そして火を恐れる事から生まれた愛宕信仰そのものも急速に廃れていくのだが、全く現金なものだ。
拙僧としては面倒な肩書きが消えてむしろセイセイしているくらいだが、今回の防火の筋書きを書いた者の正体は気になる。
噂ではどこからともなく現れ案を出して、名も告げずに去って言った者がいるのだという。まるで天文法華の乱のきっかけとなった、比叡山に対し松本問答を仕掛けた謎多き一般信者、松本久吉のように。
やけに手際が良すぎるし、その目的も気になる。まさかわざわざ拙僧を狙って邪魔をしに来たとは考えにくいが。
まあ、それは良い。
愛宕騒動は一段落したが、それまでに集めた資金、そして将軍義晴の号令で幕府からの寄付、それらを合わせて父である後奈良天皇の即位式の資金は何とか目処がつきそうだ。
本当なら200年以上開催されていないという大嘗祭——新天皇が即位後初めて行う、天照大神や天神地祇に新穀を捧げる儀式——までおまけに付けてあげたいが、流石にそこまでは欲張りか。
しかし大嘗祭が一回限りの祭の為にいちいち建物を作って壊すのだと聞いた時は何と無駄な事をしているのかと思ったものだ。何しろ大嘗宮というサッカー場ほどの施設を建て、儀式が終わったら一夜で解体するのだ。
前例を重んじる朝廷も結構だが、無駄を省くことも大事だと思うのだがなあ、お金は湧いて出てくるものでなし。
10/24 挿絵追加(演説)




