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転生したら覚恕なんだけどヤかれるのは御免です  作者: 咲原魁里@覚恕転生


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十一、無名(挿絵追加)

「近衛(このえ)の娘にございます」

 近衛尚通(ひさみち)の娘が拙僧にそう名乗った。

 齢にして数え十二、三歳くらい。小学校六年から中学1年の間といったところか。


 奇妙に思われるかもしれないが、この時代の貴族の娘には「名前がない」。

 ※本作のみの設定です


 生まれてすぐの事には命名されず結婚や出家、宮仕え等の役割を与えられて初めて名前が「生えて」くる。

 故に一生名無しのまま生涯を終える女性もいるほどだ。

 

 なるほど、歴史書に貴族女性の名の記述がないのはこの為か。陰陽道は名前で相手を呪殺する事が出来ると聞くし、それを防ぐ意味もあったのかもしれない。

 ちなみにこれは皇族や武家、一般人にはない貴族の娘のみの決まりである。


 なので、目の前の彼女が将軍足利義晴(よしはる)の未来の姫となる慶寿院(けいじゅいん)なのかが現段階で判断出来ない。

 史実では近衛尚通に二人の娘がいて姉の方が慶寿院とされているが、そもそも後世の歴史の書では拙僧が第一皇子の兄である説まで出ているのだ、正直信用出来ない。


 慶寿院に話を戻すと、実は不幸な身の上が続く。

 夫に病死され息子は追い詰められ自刃、自らも後を追うように火の中に身を投げたとされる。

 おまけに義晴は逃亡生活が長く各地を転々とし、現地妻を各地に作ったという話もある。


「覚恕どの、わらわの顔に何か?」

 近衛の娘が不思議そうに尋ねてくる。いかんいかん、つい考え込んで見とれてしまった。


「失礼致した。余りにも見目麗しい方であったので、つい見とれておりました」


「あら、お上手ですこと」

 近衛の娘はそう言ってホホホと笑う。


 しかしお世話抜きで、品があり親しみやすい女性だと思う。

 どこぞの猿楽おなごに爪の垢でも煎じて飲ませたいものだ。


「ところで近衛殿、今回の滞在は長くなるご予定で?」


「そうじゃのう……逆に聞きたいでおじゃるが、愛宕どのは長くなりそうだとお考えでおじゃるかな」

 いやいや、愛宕の呼び名は正直やめて欲しい。


 それはさておき、うむ……どう答えようか。


「逆に近衛殿はそうお考えであるから、こちらに避難されたと愚行いたします。拙僧の予想を聞きたいのであれば、おそらく来年までこの件は尾を引く事になるかと」


「まさにワシも同じ考えでおじゃる。流石は愛宕権化の再来でおじゃりますな」


 ベタ褒めだな。


 感心してくれるのは良いが、拙僧は歴史書の前世の知識を諳(そら)んじているだけだ。

 むしろ同じ予測の出来る近衛殿が凄いと思う。

 

「丹波の三好と細川、動くでおじゃいますかな?」


「おそらくは。そして大きな戦になりましょう」

 そんな拙僧と近衛殿どのとの会話を、目を輝かせながら見つめる近衛娘。まあ確かに幼児が普通に朝廷の重鎮ときちんとした会話ができてる自体、凄い事なんだろうけど。


 

 さて近衛とその娘が夏に避難してきて遅れること三ヶ月、将軍義晴が管領細川道永を伴って曼珠院にやって来た。

 例の丹波の件の騒動もあって多忙でなかなか時間が取れなかったからだが、そこに至るまでに文のやり取りは続けており。


「遅くなった、覚恕どの」

 と義晴自ら謝罪してくるくらいみは、良好な関係を続けていた。


 1521年三月の生まれで十一歳の時に将軍職を継いだはずなので逆算すると齢は数えで十六、か。

 史実では御容顔美麗也と書かれているが、なるほど確かに凛々しいイケメンといった感じか。

 

「いえいえ、詫びは不要でございます、公方様もご苦労なさっておられる様子」

 と言って拙僧はふと、道永の様子を伺う。

 

 齢にして四十前後、まだ義晴が子供の頃から後見人として支え、悪く言えば将軍の仕事など何も知らぬ彼を手足のように扱ってきた男だ。

 故に海千山千の策略家を想像したが、義晴の見る目は父親のそれに似ていた。

 去年さほど年の変わらない息子を亡くしているので、実の子供のように思っているのかもしれない。


「そして、そなたが近衛の娘か。なるほど愛宕どのの文にあった通りのお人だ」


「あら嫌ですわ、覚恕さまったらどんな風にわたくしをお伝えしたのやら」 

 近衛の娘はそう言って笑う。本当にこの人はよく笑う人で、またその笑顔が似合う。

挿絵(By みてみん)

 

「しかし名前がないというのは呼ぶのに不便だな。

 拙者が名付けをしても良いか?」


「上様!」

 道永が驚いて思わず声をあげる。


 正直拙僧もこれはやりすぎだと思う。将軍が名前を与える意味は重く、貴族の娘が名前を得る意味も同じく重い。

 つまりは、彼女が自分の将来の嫁であると宣言したようなものだ、しかし。

 

「よろしいので?」

 と近衛の娘に驚きはなく、まんざらでもないと言った表情だ。

 

「ああ、一目であった時より運命を感じた。道永、どうやら相手も嫌がっておらぬようだぞ?」 

「……上様がそうお考えであれば、そのように」 

 

 義晴が引く気がないようなので、道永が折れた。


「では拙者の名を一字取って晴子(はるこ)と名付けよう。以後はそう名乗るが良い」


「晴子……素敵な響きにございますね」


「そなたの事をもっと知りたい、色々教えてくれぬか?」


「学もない娘にございますよ、つまらぬ話になると思いますが」


「何の、それで言ったら拙者も将軍の仕事しか知らぬ無趣味な男だ。何ならそこの博学な愛宕様にご協力を願い、見聞を広めようではないか」

 そう言って義晴は拙僧の方を見て、ニヤリと笑う。


 また返答に困るようなフリをこの人は……

 命名の事といい、思ったよりも自己主張が強いなこの人は。やれやれ。

 

「道永どの、公方様はああ言っておられるが」


「上様が仕事漬けなのは拙者の責任でもある、叶えてやってくれるか?」  


 後見人のお墨付きも貰ったので、 この二人に共通の趣味を与える役目を担ってしまった。

 さて、何をさせようか……。

10/25挿絵 挿入(近衛晴子 足利義晴)

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