2026年X月1日
「日本に行くらしいねHerr.イマガワ」
大学の講義でお世話になってるシュミット先生が、俺にそう声をかける。
ヘイルは英語で言うミスターのことだが、ハイル・ヒットラーを連想して正直好きではない。
Heilは「万歳」と言う全く別の言葉であるが。
「しかも“あの” Oma、ヒメコの学園に留学だと言うじゃないか。センゴクからカイドウだっけ?」
うん、仙國学園に海道学園ね。
仙グループの作ったVR対戦格闘ゲーム「戦国甲冑姫」。
そのモニタのために作られたと言っても過言ではない、ゲームで紛争の決着をつけるルールのある学園だが、その二つの学園を仕切っている理事長が仙姫子。
謙信が薙刀で戦い、信玄がそれを軍配で受け、信長は火縄銃を駆使して、秀吉が物量で押し切り、今川は蹴鞠で戦い、竹内流は徒手空拳で戦う。
そんな有名な武将を元にしたキャラクター甲冑姫が対戦をするVR対戦が「戦国甲冑姫」。
日本一有名なゲーム、いや世界でも指折りの知名度と人気と言っても過言ではない。
既に日本の高校を二年ほど前に卒業した俺だが、見た目が若く見えるという事で、高校生になりすまして学園に来ないかと言う理事長からのやや無茶なお誘いを受けた。
学園の事は知っていたし、甲冑姫のゲームも好きだ。何より弟が海道学園の三年生で生徒会長なので、年子の設定にすればギリギリなんとかなるか?
なお仙國学園は女子高なので、まずはそちらに挨拶がてらの短期留学、そこからの海道学園入りとなる。
「センゴクに行くなら、ついでに手紙を渡してもらえるかな?」
「それはどっちでございますか?
学園理事長の姫子さんか、前の奥様なのか」
「君に私の元妻の話をしたのは失敗だったか」
そう言ってシュミット先生は眉間に皺を寄せる。
やれやれ。
俺に別れた奥さんの話をしたのは先生の方からだろうに、それも酔った席で泣きながら。
「わかった書くよ、両方とも。君はただそれを渡してくれたらいい」
「もし今、どうしてるのかと元奥様に聞かれた場合は?」
「あー、その可能性は十二分にあるか。しかし、いちいち頭が回るね君は」
「現場で困りたくないので。そして先回りは先生の教えの賜物です」
先生は古今東西の兵法に精通した研究家で、俺がわざわざ日本からスイスの大学に進学したのもその為である。
永世中立国スイス。どの国とも組まないと世界に宣言したこの国は、だからこそ世界一守る事に長けている。
鉄壁の守秘義務を誇り利子をつけないどころか、逆に預けるのに手数料を取るスイス銀行がその良い例だ。
しかし目の前のシュミット先生は戦術戦略に詳しい反面、自分の家庭を守る事は苦手だったらしい。
「今ものすごく失礼な事を考えただろう」
「気のせいです。先生には心理学の才能はないかと」
特に女性心理には。
「とりあえずテキトウに返答しておきます。
では、これから帰国の準備があるので失礼します」
若干日本語の「失礼」の意味も込めて、俺は部屋を後にした。
日本に帰国して、迎えに来たリムジンで仙國学園に到着。
俺は真っ先に保健室に向かう。
「で、零くんでしたっけ。これがその、先生から預かった手紙ですか」
保険医であるシュミット先生の元奥さん、アイガ・シュミットが封筒をヒラヒラさせた。
ちなみに零というのは俺の下の名前だ。
「彼、物凄く書きにくそうだったでしょう。
何なら、理事長に出すなら私にもって話が出たとか」
「ノーコメントで」
「ふうん」
波風を立てたくないので俺は肯定しなかったが、どうやら察してくれたようだ。
「では、ドイツに戻ったら彼に一言伝えておいてください。
——Genau das ist dein Problem」
「「「「ようこそ我が学園へ」」」」
と出迎えてくれた美女達。仙國学園生徒会の面々である。
「そしてボクが生徒会長の上杉 睦月だ。
弟の壱雄さんには色々世話になってるよ」
最初に口を開くのは学園代表。
なんと言うか「王子」と言う言葉の似合う女生徒だ。
ちなみに壱雄も仙國の姉妹校、海道学園の生徒会長だ。
「副会長の直江 如月ですわ。留学をどうぞ楽しんでくださいまし」
こちらは縦ロールの髪型の、ザお嬢様といった感じだ。
「会計の長尾弥生っすわ。よろしく頼んます」
癖のある関西弁でそう話す女性。
「書記の喜多条卯月よ、よろしくね」
ツインテールをピンクのリボンでまとめた女性が最後を締める。
「あと知ってるかもだけど、うちの学校には近衛って役職があってね」
ゲームが紛争解決の手段になる学園という性質上、生徒会にもゲームに強い人間を置く必要がある。
その役割を担うのが近衛だ。
「その近衛は私の双子の妹の皐月なんだけど……」
と言って彼女は顔を曇らせる。
「見ての通りこの場にいないのね。
あの子は気まぐれで、今日は大事なお客さんが来るって言ってたんだけどね」
生徒会室を出て渡り廊下を歩いている時に、座り込んでる一人の女生徒を見かける。
彼女は何か踊りの動画を見ているようで、気になって覗き込む。
「猿楽ぅ!?何とまたマニアックな」
俺は思わず声をあげていた。
「うん、蒸し羊羹と猿楽動画が好き。これは譲れない」
「なるほど……あんたが喜多条の妹の方か」
姉と瓜二つの顔だが、性格の似ていない不思議ちゃん。
なるほど姉が言い淀む訳だ。
「何故わかった。ああそうか、あなたが今川焼きか」
「今川零な」
何で食べ物の名前と混同するんだよ。
「来るのは知ってたが、生徒会に行くのを忘れてた。失敬失敬」
「いやいいよ、ここで会えたし」
本当にマイペースな子だな、嫌いじゃないが。
「心が広い人間は大成する。きっとあなたなら、宗教寺の代表も狙える」
なんだその謎の例えは。
だが何だろう、妙に違和感がない懐かしさのようなものを感じる。
「お久しぶり、そしておかえり」
「あ、ああ。ただいま?」
俺はそう返答すると、しばらく彼女と一緒に謎ダンスを鑑賞するのだった。




