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TWENTY-FIVE

「ちょっと、ちょっと桜々! あんた一体全体何やってんのよ?」

 

 作戦に従ってイベント会場を巡回していた折、背後から掛けられた声に、私たちは一斉に肩を跳ね上げました。振り返れば、そこには呆れた顔で腕を組む琴杜音さんの姿がございました。

 私たちの完璧な(はずの)変装は一瞬で見破られてしまったようで、慌てた桜々さんは周囲を気にしながら小声で応じました。

 

「こ、琴杜音っ!? な、なんで分かったのよ……」

 

「そりゃあ、あんた、その格好じゃ逆に目立ってるわよ。何なの一体? 何か面白いことでもおっ始める気?」

 

「雑魚を一掃する任務中なのよっ! もう、大声で邪魔しないで。舞乃空ちゃんは!? 近くにいないわよね?」

 

「あ、ごめんごめん。舞乃空ならツルピカ肌ケアの講習に夢中だから大丈夫よ。それにしても、随分とタチの悪そうな案件に首を突っ込んでるじゃない。……ねぇ、私も手伝おっか?」

 

「えっ!?」

 

「周囲の見張りくらいならしてあげるわよ。いざとなったら、私の『シールド』で守ってあげるし」

 

「……いえ、大丈夫よ。気持ちだけ受け取っておくわ」

 

「何でよ? 馬鹿な組織が潜り込んでるんでしょ? いくらブランクがあるとはいえ、そこまで能力は衰えてないわよ?」

 

「そうじゃなくて……。……とにかく、あなたは巻き込めないの」

 

 頑なに拒む桜々さんの様子を見て、琴杜音さんはふっと小さく息を吐き、それ以上は追及してきませんでした。

 

「……あー、まぁ、私には言えない事情があるわけね。いいわよ、別に詮索はしない。私は無関係な一般客のフリをしてるから、いよいよピンチになったらシレッと手を貸してあげる。その代わり、私が役に立ったら、後で最高級のビールでも奢ってよね」

 

「琴杜音……。……ありがとう。そうね、お願いするわ」

 

「はいよー。まぁ、頑張んなさいな。遠くから見守ってるわね」

 

 琴杜音さんはそれだけ言うと、実に自然な動作でその場を離れ、ビュッフェの軽食とシャンパンを手に近くのテーブル席へと腰を下ろしました。流石はかつての能力者、身のこなしに無駄がありません。その背中を見送りながら、私は呟きました。

 

「事情をお話ししても、よかったのではないですか?」

 

「ダメよ、トッキー。彼女は元GKの人間だもの。どれだけ綺麗に縁を切ったとはいえ、彼女を表立って巻き込むわけにはいかないわ。それに、舞乃空ちゃんは一般人だし、あの子には琴杜音しかいないの。これ以上、あの親子を危険に晒すわけにはいかないもの……」

 

「そうですね……。戦闘訓練を受けていない彼女たちを、この戦場に引きずり出すわけにはいきませんね」

 

「それよりトッキー……後方右斜め、三十五度。まずは五人、かしら」

 

「そのようでございますねぇ。……全く、これほど物騒な殺気を隠しもしないで、困ったさんたちですねぇ。基礎が成っていませんよ、基礎が! さて、どういたしましょうか」

 

「一番単純で、一番確実な方法でいきましょうか」

 

「ええ、そうしましょう」

 

 桜々さんは迷いのない足取りでその五人の男たちへ近づくと、不審げに身構える彼らに向かって、低く、しかし明確な声で告げました。

 

「緊急指令コード『2736』。――第三施設内に、直ちに集合せよ」

 

 男たちは驚愕に目を見開きましたが、そのコードの強制力には抗えなかったのでしょう。

 

「「「「「イエッサー!」」」」」

 

 実に入念に訓練された犬のように素直な返事を残し、彼らは第三施設へと急ぎ足で向かいました。私と桜々さんは顔を見合わせて不敵に微笑むと、幸慈の護衛を夏丸に任せ、ヤツらの後を追って第三施設へと走ったのでございました。

 

◆◆◆◆◆

 

 第三施設に到着するや否や、リーダー格と思われる男が私たちを振り返りました。

 

「指令、ありがとうございます! それで、我々はこの後どのような配置に……」

 

「そうねぇ。まずは、少し眠ってもらおうかしら!」

 

「「「「「はっ!?」」」」」

 

 男たちが呆気にとられた瞬間、桜々さんの指先からコーラルピンク色をした『コントロールボール』が五つ、鮮やかに撃ち出されました。それは寸分の狂いもなく、ヤツらの頭部を次々と覆っていったのでございます。エクセレェエーントッッ!!

 

「な、なんだこれはっっ!?」

 

「ヤツらは能力者だ! すぐにイヤホンマイクで本部に連絡を……ッ!」

 

 おやおや、残念ながらもう遅い。桜々さんのボールが誇る速効性の安眠作用は抜群でございます。男たちはろくに通信機器に触れることもできず、その場にバタバタと崩れ落ち、一瞬にして爆睡モードへと突入いたしました。

 

「ふーん……。目立たない小型のイヤホンマイクを装着しているのね。気づかなかったわ。それにしても、これほど精巧な通信技術を持っているなんて、流石はGKね……」

 

「医療だけでなく、あらゆる技術を裏で特化させていたのでしょうね……」

 

 転がる男たちを見下ろしながら、桜々さんがふと、真剣な面持ちで私を見つめました。

 

「……トッキー。その、この前からずっと考えていたんだけど。もしかして、あの『竜神七鳳』さんって……」

 

「……ええ。医療と生物科学に特化した組織の元締めがGKであるならば。我が母の……クローンである可能性は、極めて高いかと存じます。表向きは人助けをしながら、裏ではそのような神をも恐れぬ研究を行っていたのでしょう」

 

「やっぱり、トッキーも同じことを思っていたのね……。じゃあ、真相をすべて暴くためにも、一刻も早く連中を捕縛しなきゃ。すべてが終われば、きっと何もかもが分かるはずだから」

 

「ええ……」

 

 我が母は、三十年前に確かにこの世を去りました。その遺体を何らかの手段で持ち去り、クローンを生み出したのだとしたら……。

 それは、私の最愛の母に対する、決して許されざる最大の冒涜。ふつふつと湧き上がる激しい怒りと、抑えきれない悲しみが胸に押し寄せ、私の固く握りしめた拳は、小刻みに震えて止まりませんでした。

 

 しかし、そのしんみりとした空気を、突如として耳を疑うような轟音がぶち壊したのです。

 

「グゴォガガガガァアーーっっ!!」

「グゴォーー、ピィー……グゴォー、ピィー、ンゴッ!」

「ゴゴゴゴゴォオーーっっ!!」

 

 横たわる五人の男たちが、一斉に競い合うような大爆音のイビキをかき始めたのでございます。あまりの轟音に、桜々さんが思わず吹き出しました。

 

「ンフッ! こ、この人たち……どんだけ寝不足だったのよ。凄まじいイビキだわ、ンフフフッ!」

 

「……どうやら、一人ひどい鼻詰まりのヤツが混ざっているようですね」

 

「プゥーーッッ!! やだ、トッキーったら! アハハハハッ!! ダメ、お腹が、お腹が捩れるわっ! アッハッハッハ!」

 

「とりあえず、この騒々しい連中は倉庫に突っ込んで隠しておきましょう。作戦がすべて終わったら、ついでに耳鼻科へも突っ込んでやるべきですね。さあ、次に参りましょうか!」

 

「ンフッ……承知したわ!」

 

◆◆◆◆◆

 

 その後も私たちは粛々と任務を遂行し、会場内に潜んでいた雑魚どもの一掃を完全に完了いたしました。しかし、すべての処理を終えた桜々さんが、怪訝そうに首を傾げました。

 

「ねぇ……。やっぱりこの連中、基礎がなってないわ。イヤホンマイクがあるなら、緊急指令はそこから直接流れてくるはずだって、どうして疑わないのかしら。こんな単純な罠に素直に引っかかるなんて、何かおかしいわ……」

 

「おそらく、本命の作戦から目を逸らさせるため、あるいは時間稼ぎのためにかき集められた『素人の捨て駒』なのでしょう。そうなると、ムギや皇さんの方に手強い手勢が回っている可能性が高い。そちらへ合流しましょう」

 

「そうね!」

 

「皇さんの方には空生と倭久がついています。私たちはムギの方へと急ぎましょう!」

 

 私たちは幸慈を迎えに行き、飛行船のある施設長室へと急ぎ足で戻りました。しかし、そこに麦乃介と幸雅の姿はなく、もぬけの殻となっておりました。嫌な予感が過り、慌てて二人を探そうとした、その瞬間でございます。

 

 ――ドガァアアアーンッッ!!!

 

 一般のお客様がひしめいているはずのイベント会場の方向から、空気を震わせる凄まじい爆発音が轟いたのでございました。

 

「桜々さん、ユキ、夏丸っ!! 戻りますよ! ヤツら、なりふり構わず表立って動き出しましたっっ!」

 

「「「はいっ!!」」」

 

 脱兎のごとく通路を駆け戻っている最中、背後から力強い足音が迫ってまいりました。

 

「父さんっっ!」

 

 振り返れば、空生と倭久の二人が激しく息を切らしながら追いかけてくるではありませんか。立ち止まる時間は惜しいため、私たちは並走しながら言葉を交わしました。

 

「ソラっ! そちらのネズミの捕縛は終わったのですね!?」

 

「うん! 第三施設の倉庫に、まとめて閉じ込めてきたわ! ……って、あれ、父さんたちの仕業でしょ!? 倉庫のドアを開けた瞬間、中から響いてくるイビキの大合唱が凄すぎて、皇さんと腰が抜けそうになったんだからねっ! 一体何人仕留めたのよ!」

 

「アハハハ! まだイビキをかいていましたか! ザっと百人ほどでしょうかね。皆さんどうやらひどくお疲れのようでしたので、親切心で積み上げて寝かせてあげたんですよ」

 

「めちゃくちゃ驚いたわよっ! あんな地鳴りみたいなイビキの三重奏、生まれて初めて聞いたわっ!」

 

「おやおや、そんなに凄かったのですか」

 

「そうよっ! 全くもう……」

 

「……その口ぶりなら、すっかり調子も戻ったようですね?」

 

「……まぁね!」

 

「そうですか、よかった。それで、皇さんは?」

 

「縛り上げた雑魚どもの後始末をしてから、すぐに合流するって!」

 

「分かりました! では彼女に任せて、私たちはムギとコウの元へ急ぎましょう。あの爆発はヤツらの強硬手段です、一刻を争いますよ!」

 

「「「「「はいっっ!!」」」」」

 

 走りながら、私は密かに倭久の速度に合わせ、彼の横に滑り込んで耳打ちをいたしました。

 

「倭久……空生の体調が万全でないことは、お前も分かっているな。何があっても、お前がソラを守り抜け。今、頼れるのはお前だけだ……」

 

「お、お父さん……」

 

「……今回だけは、その呼び名を許そう。……必ず、守るんだぞ!」

 

「――っ、はいっっ!!」

 

 倭久は今にも嬉し泣きしそうな顔で、力強く応じました。この顔は……いつ見ても可愛いものでございます。幼き日の彼の姿が、ふと脳裏を過りました。

 私は、空生の様子が依然としておかしいことには気づいておりました。しかし、本人が頑なに隠し、戦おうとする何かがあるのだと察し、敢えてそれ以上は深く追及せず、見過ごしてしまったのです。

 

 ……ですが、この時の判断を、私は後に血の涙を流すほど激しく後悔することになります。

 かつて幼き日に味わったあの絶望と同じような、胸を引き裂かれるほどの最悪な事態がすぐそこに待ち受けているとは――その時の私は、微塵も思いもしなかったのでございました。

 

◆◆◆◆◆

 

 爆発音から五分と経たずにイベント会場へと辿り着きましたが、そこは既に地獄絵図と化しておりました。一般の客たちは大半が逃げ惑い、避難が遅れて倒れ伏している負傷者たちの姿が点在しています。

 そして会場の中央には、満身創痍となりながらも武器を構える麦乃介と幸雅。そして、その対面に、まるで塵一つついていないかのような涼しい顔で立つGKのトップ、田嶋寿一が睨み合っておりました。

 

「父さんっ……! 倒れている人たちを、早く安全な場所へ連れ出してっっ!」

 

 幸雅は激しく肩を上下させ、息も絶え絶えになりながら私に叫びました。あの田嶋という男が、何故これほどの修羅場でこれほど不気味に静まり返っていられるのか、私には理解できませんでした。

 とにかくまずは巻き添えになった方々を救出しなければと、私が一歩を踏み出しかけた、その時でございます。

 

「……お前の相手は、私よ」

 

 田嶋の背後から、影を割るようにして、一人の女性が凛とした足取りで優雅に歩み出てまいりました。

漆黒の長い髪。冷徹なまでに美しい容貌。

それは、あのヴァルハラからの帰り道に、私が目撃した「あの女性」その人でございました。

 

 そのあまりにあり得ない姿に、私の思考は完全に凍りつき、足が床に縫い付けられたように動かなくなってしまいました。

 その隙を、敵が見逃すはずもありません。

 

「トッキー、危ないっっ!!」

 

 桜々さんの悲鳴が響くと同時に、天井を粉砕した凄まじい量の瓦礫の嵐が、無防備な私を目がけて一斉に襲いかかって来たのでございました。

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