表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

3/15

THREE

 さて、今宵は月明かりの綺麗な夜でございます。

 素敵な月に照らされながら、桜々さん、空生、倭久、そして幸雅の五人でお散歩を兼ねて、夜の街へと外出しております。

 

 事前に夏丸に羽柴様の会社周辺のパトロールをお願いしていましたところ、やはり私の予知通り、会社近くに不審な影が潜んでいたようでしてね。夏丸がすぐに鋭い爪で追い払ってくれました。さらに、逃げ帰ったヤツの自宅を突き止めるよう夏丸にお願いしておりましたので、今度は私たち大人がバトンタッチをして、直々にそのヤツの家へと向かっている最中でございます。あ、ちなみに夏丸には現在、幸慈と一緒にお留守番をお願いしております。

 

 えっ? 何でそんな大ごとに向かっているのに、車も使わずトボトボと歩いて移動しているのか、ですって!?

 我が押上家の移動は基本、徒歩となりましてね……いや、その、実は一階での一件以来、空生がまだ怒っているのか、私と一言も口を利いてくれず、黙ったままでして……。彼女の『瞬間移動』の能力を使ってくれそうな雰囲気が微塵もないものですから、怖くて頼みにくくてッッ!!

 

 目的地へ向かい、無言の夜道を歩いていると、

 

「んで? 父さん、今回の仕置きはどういう経緯なわけ?」

 

 隣を歩く幸雅から、事の詳細を求める低い声が上がりました。

「島浜様という、羽柴様の元ご家族にあたる方でしてね。数日前にやっと、正式に戸籍から離れることができたのですが……」

 

「あ? 最上階の部屋の、元旦那の家ってこと?」

 

「左様です。元旦那様、そしてお姑様によるダブルの家庭内暴力により、五ヶ月前の羽柴様は本当に酷い状態でございました。彼女の消え入りそうな声自体は以前から私の能力に届いてはいたのですが、しばらくは手を出さず、見守るしかありませんでした。ですが……元旦那様の手が、ついに三歳の蓮織くんにまで向き始めた。羽柴様がやっと心からの救済を求められましたので、即座に『YADOCALI』へとお連れした次第です」

 

 それを聞いていた桜々さんが、少し顔を曇らせました。

「だったら、もっと早く助けてあげたら良かったじゃない、トッキー」

 

「……助けること自体は、私どもの力なら簡単なことなのです。ですが、ご本人が心の底から『本当に助けてほしい』と覚悟を決めて求めてくださらなければ、……私たちは動けないのです。中途半端に介入して形だけ助けても、また同じ場所へ引き戻され、悲劇が繰り返されるだけですから……」


「……そうだったわね。ごめんなさい、トッキー。私の失言だったわ」

 

「いえ……。夫婦の仲というものは……本当に難しいものです。元々は他人同士が一緒になるわけですからね。……余所者がどれだけ正論を振りかざして介入しても、根本的に解決できることは少ない。暴力が支配する関係というものは、特に……」

 

 不意に、脳裏に古い記憶が過った。

——あの笑顔は、もう二度と、戻ってはこない。

 胸を突く痛みをグッと堪え、私は努めて普段通りの口調で続けました。

 

「暴力に支配された人間は『明日は変わってくれるかもしれない』と淡い期待を抱いて耐え忍んでしまうものです。ですが、そんな奇跡は絶対にございません。どんな理由があろうと、相手に手を上げるなど決して許されざる行為です。そして悲しいかな、加害した者が自ら反省することなど、まず無いに等しい」


 私は一拍置き、家族全員の顔を見回しました。

「だからこそ、私たちが彼らの根本的な『認識』を変えて差し上げる必要があるのです。本日のお仕事もその一端となります。皆様、どうか私に力を貸してくださいね」


「「「「はいッ!!」」」」

 

 そうして私たちは、目的の島浜家へと辿り着きました。セキュリティ万全の物々しい門構えからして、いかにも成金といった風情の高級豪邸であります。

 それよりも……何やら、隣に立つ空生の顔が先程から般若のようになっておりまして、放たれる殺気が恐ろしすぎるのですが……アワワワワ。お、落ち着いて参りましょう。

 

 ピンポーン――♪

『……はい……どちら様ですか?』

 インターホンから響いたのは、比較的若い男性の声。元旦那様のようです。

 

「夜分遅くに恐れ入ります。私、マンション『YADOCALI』の管理人をしております、押上と申します」

 

『あぁんッ!? 小葉が逃げ込んだあのマンションのヤツかッッ!!』

 

「左様でございます。少しお話を……」

 

『あっ、何だよ母さん……ちょっと待て――』

 

 ガチャガチャと話し口を手で押さえ、何やら向こうで作戦を練っているようですね。すると、スピーカーから今度は甲高い女性の声が響きました。

 

『オホホホ、失礼いたしましたわ。息子は少々忙しかったようでして、些か気が立っておりましたの。……アラッ、まあ、そんな大人数で!? 一体何のご用かしら。あ、いえ失礼、さあさあ、どうぞ中へお入りあそばせ』

 

 余計な本音が口からダダ漏れでございますね、セバスチャン二号お母様。ですが、その間抜けな対応のお陰で、物々しい頑丈な門は難なく開きました。

 敷地内に足を踏み入れると、桜々さんが低く呟きます。

 

「ふーん……ずいぶんとあっさり通してくれるのね」

 

「私どもを屋敷に取り込んで、上手く脅しをかければ、また羽柴様を手元に取り返せると思っておいでのようでしたよ」

 

「えぇー!? そんなに都合の良い解釈をする馬鹿がこの世にいるの?」

 

「ええ、先程の私の予知では……こちらの奥のリビングに、あまりにも頭の可哀想な親子が二名、ニヤニヤと捕獲計画を練っておられました」

 

「はぁー……本当に救いようの無い馬鹿どもね。よく分かったわ! 指先を滑らかに磨いておくわねッ」

 

 おや、珍しく桜々さんもかなりお怒りのご様子。まあ、当然でしょうね。あの痛ましい羽柴様と蓮織くんの姿を直接見ていますからね。至極当然の怒りでございます。

 

 私たちは玄関を通り、豪華なリビングへと通されました。促されるままソファへ腰掛け、私はすぐに本題を切り出しました。

「失礼を承知で単刀直入に申し上げますが、今後一切、羽柴様の周辺をうろつかないでいただきたく、直接、お願いにあがりました。他の住人の方々にも大変ご迷惑となりますので、お控えいただけますか?」

 

「小葉がそう言えと言ったのかッッ!!」

 

 身を乗り出して怒鳴り散らす元旦那。

「いえ、羽柴様は何も。これは私ども『YADOCALI』側からのお願いでございます」

 

「ハンッ! 何様だよお前らッッ。たかが同じマンションの住人が、他所様の家庭の事情にアレコレ口出ししてんじゃねーよ! あれはオレのモノだッッ!! お前らには関係ねぇだろォがッッ」

 

「……モノ……ですか」

 

「そぉーだよ、オレのモノさ! 天涯孤独の可哀想な小葉をわざわざ貰ってやったのに、生意気に逃げやがって。……そういや、どうやって逃げたんだ? あの要塞みたいなマンションにどうやって潜り込んだのか知らねぇが……まあ、いいッ! とにかく、近くまで連れ戻しに行ってやったのに、化け物みたいな猫に邪魔されて連れて帰ることもできやしねぇ。こっちが被害者で迷惑してんだッッ!」

 

 その言葉を聞いた瞬間、私は思わず、

(―― 夏丸、ナァァァイスゥーッ!!)

 と、心の中で全力のガッツポーズをキメたのでございました。

 

 続けて私は、静かに反論を試みます。

「羽柴様はお優しい心をお持ちの、非常に尊いお方であると見受けられますが……人を『モノ』扱いするその表現は、如何なものかと思いますよ?」

 

 すると、あざ笑うかのように元旦那様は鼻で笑いました。

「ハハッ! 馬鹿そうな金髪メガネは、面白れぇことを言うなぁー! アイツが尊い? 笑わせるなッッ! どん臭ぇし、頭も要領も悪りぃ。それなのに、母さんや俺に生意気な口を利くから、一から『教育』してやってたんだよッッ! 良いのは顔だけだなッ! ガハハハハッッ!」

 

 どうしようもないですね、本当に……。そう思いながら、フッと隣の空生を見ると――ハワワワ! 空生の顔が完全に夜叉にッ! 怒りで身体がプルプルと震え始めております。いけません、このままだとこの家ごと消し飛ばされる! 時間がないッ!!

 慌てた私は、彼らの人間性に最後の望みを賭けて問いかけました。

「では……蓮織くんは? とても聡明で良い子のようですが、父親としての愛情はお持ちで?」

 

「そりゃそうさッ! あれは俺の息子だからな! 親父が俺を育てたのと同じように、厳しく仕込んでやってたのに、小葉ッ、あの女が奪いやがったッ!! あいつもオレのモノなのにッッ! 馬鹿な小葉に全部任せられるわけねぇだろ? 時折、俺が厳しく『教育と躾』をして叩き直してやらないと、道を間違えたら男として情けないからな。お前みたいな馬鹿な男になっては困るんだよ、島浜家の男としてなッ!! ガッハッハッハ!」

 

 今度は、我が子を『あれ』呼ばわりですか。

 少しでも蓮織くんを思い遣り、父親としての愛情ある言葉が一言でも出るならば、記憶の処理だけで穏便に済まそうと思っていましたが……。

――ハイッ、完全に出る幕なし! やめでございますッッ!!

 空生さん、もう我慢しなくて良いですよー! レッツゴー! と私が心の中で叫んだ、その瞬間。

 

 ――ガシャ、ガシャァァーンッッ!!

 

 凄まじい衝撃音と共に、大理石の重厚なローテーブルが真っ二つに裂け、弾け飛びました。

 なんとも気持ちの良い割れ方でございますねッ! ……って、ん? 真っ二つ?? 瞬間移動の衝撃波ではなく、物理的な破壊の重低音……。

 

 隣を見ると、拳を握りしめた倭久が肩で息をしていました。お前の仕業かッッ!!

 ……まあ、隣で怒りに震える空生の様子を見て、男として、パートナーとして、止むに止まれず先手を打ったのでしょうね……。本当に、仕方の無い熱いヤツだ……。しかし大黒柱たる私を差し置いて暴れるとは、抑えの修行が足らんな。

 

「な、何しやがるテメェッ!! つ、机がッッ!」

 

 腰を抜かす元旦那の言葉を重ねるように、セバスチャン二号も金切り声を上げました。

「まぁあああー、なんて野蛮な事ざましょ!! 小葉さんはそんな乱暴な方とお知り合いですのねぇー! どうりであたくしに楯突くはずですわ! あたくしの若い頃なんて、夫や義父母に逆らうなんて持っての他でしたのに! よく分かりましたわッッ! 駿ちゃん、警察よ、警察を呼びなさいッッ!」

 

 その騒音を切り裂くように、今度は静かな怒気を孕んだ声が響きました。

 

「……クズだな。これ、いっそのこと人格ごと徹底的に破壊して、廃人にして病院に送り込んだ方がいんじゃね?」

 

 冷静極まりない冷たい口調の長男・幸雅。実はキレると彼が一番恐ろしい。それを重々分かっていましたので、私はすぐに窘めました。

「やめなさい、コウ。……また以前と同じように、力を暴走させるつもりですか?」

 

「あー……ごめんなさい。でも、あまりにもクズ過ぎてさ……」

 

「気持ちは分かりますよ。でもね、ここは桜々さんに委ねましょう。桜々さん、お願いできますか?」

 

「ええ、喜んで。――承知!」

 

 妻が不敵に微笑むと同時、その磨かれた指先から見事な『コントロールボール』が紡ぎ出されました。大きなシャボン玉のような透明な円を描いた綺麗な球体は、見る見るうちに漆黒の色へと染まり、禍々しいオーラを放ち始めます。

 桜々さんが指先をセバスチャン二号と駿ちゃんの方へ向け、焦点を合わせた瞬間――ボールは超高速で二人の頭部を捉え、瞬時にその脳を包み込んだのです。エクセレェーントッッ!!

 

「ウワァッ! な、何だこれッッ!! さわれない、取れないッッ! あ、あ……あがががガァーッ、ギィじゃぁぁあー!!」

 

「駿ちゃんッ、ちょっとッッ! 大丈夫!? ママの頭にあるこれは何ッ?! 周りが見えないわ、取って、取りなさいよッッ……う、ギィギャァあああー!!」

 

 やかましく騒ぎ立てていた二人の声は、やがて本能的な断末魔の叫びへと変わっていきました。そうしてしばらく激しく悶絶したのち、完全に大人しくなり、白目を剥いてソファへズルズルと崩れ落ちたのでございました。

 どうやら、精神苦痛の最高レベルを直接、脳へ流し込んだらしいですね。さすがは私の永遠の推し、我が愛する妻ッッ! 最高に格好良いぃぃぃー!!


「さて……と、コウ! 二人が気絶している今のうちに、小葉さんたちに関する『記憶の改ざん』を頼みますね」

 

 幸雅は、まだ少し不満そうに自分の前髪をいじりながら言いました。

「分かった……けど、記憶の消去じゃダメなの? 小葉さんの存在自体を頭から全部消しちゃった方が、後腐れなくて簡単じゃない?」

 

「いえ、存在を丸ごと消す必要はありません。……すべてを都合よく忘れて無に帰すことは、私は違うと思うのです」

 

「何で? 消去の方が一瞬で済むし、ぶっちゃけ書き換えは頭使うから面倒くさいんだけどな」

 

「そこはホラ! 自慢の長男であるコウの天才的な力でさ、チョチョイのチョイって!! あ、ついでに本日ここに現れた私たちの記憶だけは、綺麗に『消去』でお願いしますね」

 

「軽く言うなよー。脳のメカニズムの再構築は本当に難しいんだぞ……。で、具体的にどう書き換えればいいわけ?」

 

「そうですね……。これまでの『凄惨な暴力の記憶』をすべて消して、代わりに『価値観の違いで喧嘩ばかりしていた記憶』に塗り替えてください。そして、『お互いのために離婚して、もう二度と会えない』という結果だけを脳に残してほしいのです」

 

「……なるほどね。執着の理由を、暴力からただの不仲に変えるわけか。でも、そんな奴らがこの先の人生で学び、やり直すチャンスなんてあると思う?」

 

「だからこそ、ですよ。昔からお互いに、暴力ではなく、言葉で穏やかに話し合える生活をしてきたのだと――そんな風に脳内ファイルを書き換えてあげれば、彼らの根底にある『暴力を振るう認識』そのものを変えられるかもしれないでしょう?」

 

 私はそこまで言って、ソファに横たわる親子の姿を静かに見下ろしました。

 元旦那様のあの肥満気味の弛んだ体型、そしてリビングの棚に飾られた大量の賞状やトロフィー。それらが彼の過去を雄弁に物語っています。おそらく、ご自身も父親から同じような暴力を受けて育てられ、勉強以外は何も許されず、必死に感情を押し殺して幼少期を過ごしてきたのでしょう。それを陰で歪に匿い、甘やかしてきたのがあのお母様だ。

 そしてそのお母様もまた、かつてこの家の古いお姑様から、苛烈な嫌がらせを受け続けていた形跡が家全体の空気から伝わってまいります。

 

 彼らだけが、生まれながらの悪魔だったわけではないのです。

 

「……そこの仏間にいるお父様が元凶か、はたまた上に飾られたご先祖様方なのか。悪しき習慣の連鎖を断ち切れず、また次の世代へ繰り返してしまうのは、本当に悲しいことでございますね……」

 

 ぽつりと溢した私の独白に、幸雅はそれ以上何も言わず、ただ静かに目を閉じて彼らに手を触れたのでした。

 

 こうして、今宵の仕置きの時間はすべて完了いたしました。

 処理が終わり、ソファへと寝かせた二人は、驚くほど穏やかな顔となって眠っていました。翌朝に目覚めたら、彼らはきっと、新たな、そして歪みのない充実した人生を歩み始めることができるでしょう。これまでも二人は、彼らなりの歪んだ形で一生懸命に手を取り合い、過ごして来たことと思うのです。

 ……ですが、他所様の大切な娘さんに、己が受けた苦痛の腹いせとして悪しき習慣をぶつけ、蹂躙することだけは、決して容許されることではありません。自らの意思でそれらを断ち切ることができていたならば、大切な我が子の手を離し、二度と抱き締めることもできないような寂しい結末を迎えることなどなかったのに……と、それが残念でなりません。

 

 少し切ない結末ではありましたが、それぞれが、新しく与えられた幸せだと感じる道へと進めるよう、願うばかりでございます。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ