インターミッション4
あぁ、久しぶりだな。
これから『おかゆ』と待ち合わせて、ルナのところへ行くんだ。お前もついてくるか? 構わないが、向こうで見つからないように大人しくしてな。
ん? この背中のリュックか? 俺が出掛けるって言ったら、なぜか今日の桜々の奴、妙にニヤニヤしながら高級オヤツの『ニャロン』を二袋も詰め込んできやがったんだ。だからこうして背負わされてる。ったく、あの思わせぶりな笑顔は何だったんだか。
「夏丸にいやーん!」
前方から、小気味いい声が響いた。白い毛並みを弾ませて駆けてきたのは、おかゆだ。
「おう、おかゆ。待たせたな」
「ううん! 今日はどうしたの? 僕に何か用事?!」
「あぁ。ちょっと公園にな、お前に引き合わせたい猫がいてさ」
その言葉を口にした瞬間、おかゆのステップがピタリと止まった。
「えっ……」
「ん? どうした」
「僕……やっぱり、行くのやめておく……」
「おいおい、なんでだよ。急に」
おかゆは小さな耳をペタンと寝かせ、きょろきょろと周囲を怯えたように窺いながら、声を潜めた。
「一ヶ月くらい前、初めて夜にお外へ出てお散歩してみたんだ。そしたら、うっかり『猫集会』の場所に迷い込んじゃって……。そこにいたたくさんの猫たちに『よそ者は去れ!』って、もの凄く怒られて怖かったの……」
「……そんなことがあったのか」
「うん……。だから僕、お留守番してる。にいやん、またね……」
「だあー、待て待て、早まるな。今日はこの俺がついてる。何があろうと追い払わせやしないさ。それに、会いに行くのはその猫集会の縄張りよりも、もっと奥の静かな場所だ。違う奴に決まってるだろ。彼女はちっとも怖くない、優しい猫だからさ」
「……お姉さんなの?」
「あぁ、お姉さんだ。だから安心しろ」
「……うん、にいやんがそこまで言うなら」
「それにな、桜々にもらったニャロンを一緒に食べようと思ってな。彼女、そんな美味いもん口にしたことがないって言てったから、食わせてやりたくてさ」
「ニャロンを!? 食べたことがないの!? 大人のお姉さんなのに?」
おかゆが丸い目をさらに丸くする。
「あぁ。ずっと……ろくでもない施設に閉じ込められてたんだ。そこを脱走した後もずっと野良生活だったからな、そんな贅沢品を口にする機会もなかったんだろ」
過酷な境遇を察したのか、おかゆは「そっか……」と小さく鳴いて、きりっと顔を上げた。
「うん、分かった。それなら僕、一緒に行く!」
「よし、交渉成立だ。じゃあ、行こうか」
猫集会の縄張りをすり抜け、さらに鬱蒼とした茂みの奥へと二人で足を踏み入れた。俺は声を潜めてルナを呼ぶ。
「ルナ! 遊びに来たぞ。いるかー?」
「……ルナ? ……ルナ、ルナ……」
おかゆはその名に聞き覚えがあるのか、不思議そうに何度もその名を復唱し始めた。
その時だ。カサリと草が擦れる音がして、緑の隙間から美しい毛並みが顔を覗かせた。
「あ、夏丸だ! お久し……」
快活に挨拶をしかけたルナは、俺の隣にいるおかゆを見た瞬間、弾かれたように言葉を失って固まった。
二匹の視線が、真っ直ぐに交錯する。
「やっぱり、ねねッッ!!」
「カブッッ!?」
弾丸のような速さでおかゆが駆け寄り、ルナもまた、なりふり構わず地を蹴って走り出していた。
「ねねッ、ねねぇーッッ!!」
「カブ、ねえ、本当にカブなの!? 今まで……一体どこに行っていたのよッ……!」
二匹は互いの匂いを確かめ合うように、激しく、むさぼるように体を寄せ合った。
「ねねッ、ごめんなさい! あの日、一人でお外に出たらカラスに追い回されて、迷子になっちゃったんだ。必死にねねの名前を呼んだんだけど……」
「私もずっと探していたわ! どこまで行ってしまっていたの?」
「帰り道が分からなくて、やっとこの公園の近くまで戻ってきた時には、お腹がペコペコで……。地面に置いてあったエサを勝てに食べたら、お腹がすっごく痛くなって……それで……」
あふれる涙でおかゆの言葉が詰まる。代わりに、俺が重い口を開いた。
「……最悪なことに、毒のエサを口にしちまったらしいんだ」
「毒のエサを!? えっ、でも、どうして夏丸がそれを……」
「今、おかゆは優しい人間の家で、飼い猫として大切に保護されてる。そこの主人が話しているのを小耳に挟んでな。――『おかゆ』ってのは、その假谷の家でつけてもらった、カブの新しい名前だ」
俺はルナの目を見つめ、静かに事実を伝えていった。
「毒が回ったおかゆは、最後の力を振り絞ってこの公園の入り口まで辿り着き、そこで行き倒れてたらしい。それを假谷の主人が見つけて、すぐに病院へ担ぎ込んでくれた。だから一命を取り留めたんだよ」
「そんな恐ろしいことが、カブの身に……っ」
ルナは震える舌でおかゆの頭を何度も舐めた。おかゆは涙を拭いながら、周囲を見渡す。
「ねね! カカ《母さん》はどこ? カカにも早くごめんなさいって言わなきゃ……」
「……こっちに……いらっしゃい」
ルナは沈痛な面持ちで、おかゆを静かに誘導した。そこにあるのは、小さな土の山だ。
「母さんはね、ここにいるのよ……」
「どこに!? ここには小さな土の山があるだけで、カカはいないよ……?」
「この土の中で、母さんは眠っているわ。……亡くなったのよ」
「……カカ……死んじゃったの……?」
おかゆの瞳が大きく揺れた。
「ええ、二ヶ月前にね。でも、亡くなる直前まで、あなたのことを……カブのことを、ずっとずっと心配していたわ」
「……カカ……カカぁー……ウッ、ウワァアアーンッッ! カカッ、カカぁああーッッ!!」
「……カブ……っ、ウッ……うう……っ」
激しく泣きじゃくり、小さな土の山にすがりつく二匹の姿に、俺はただ立ち尽くすことしかできなかった。胸の奥がキリキリと痛み、己の無力さを呪うばかりだ。
ひとしきり泣き終えたおかゆが、ぽつりと呟いた。
「……僕が……僕がいなくなって、心配ばかりかけたから、カカは……」
「違うわ、おかゆ。母さんはあなたが迷子になるずっと前から、重い病気にかかっていたの。私たちに心配をかけまいと、ずっと黙っていたのよ。私も気づいてあげられなくて……」
「カカに……もう一度だけでいいから、カカに会いたいよぉ……」
再び涙をこぼし始めたおかゆの首根っこを、俺は優しく咥えて促した。
「おかゆ……ちょっと俺についてこい」
「夏丸にいやん……どこに行くの……?」
連れて行ったのは、先日、假谷の誘導作戦の時に見つけておいたアパレルショップの建物の前だ。俺は綺麗に磨き上げられた全面ガラスの窓を指差した。
「そこをじっと覗き込んでみろ」
おかゆは涙を拭い、言われるがまま鏡のように景色を反射するガラスを覗き込んだ。
「そこに、白くて毛並みが良くて、目が大きくて可愛らしいカカさんが写ってるだろ?」
「……夏丸にいやん、これはカカじゃないよ。……僕だもん」
おかゆが困ったように振り返ったとき、追ってきたルナがハッと息を呑み、愛おしそうに微笑んだ。
「いいえ、おかゆ。よく見て。そこにいるのはカカよ。その綺麗な白い毛並みも、こぼれそうな大きな瞳も、黒くて艶やかなお鼻も……母さんの生き写し。本当にそっくりよ」
「ねね……」
「母さんは寿命だったの。誰のせいでもないわ。亡くなる前、『いつまでも悲しまないで』ってよく言っていた。私もずっと耐えていたけれど、今日こうしておかゆに再会できて……まるで母さんに会えたみたいに嬉しくて、涙が出ちゃったわ」
「ねねぇ……」
「いつまでも泣いていたら、それこそ天国のカカが心配しちゃう。だから、もう泣かないでお互いに笑顔を見せましょ? 母さんはいつだって、私たちの心の中で生きているんだから」
「僕の心の中に……」
「これからは悲しむ代わりに、楽しかった思い出をたくさん語り合いましょう。ね、おかゆ?」
おかゆはゴシゴシと力強く前足で涙を拭うと、真っ直ぐな瞳で答えた。
「……うん! 僕、カカに心配かけたくない。だからもう泣かない! ねね、僕たちの楽しかったお話を、カカに届くくらい大きな声でたくさんしよう!」
「ええ、そうしましょう!」
二匹の顔に晴れやかな笑顔が戻り、俺は心の底からホッと胸を撫で下ろした。
仲良く並んで思い出話を弾ませる二匹の姿を温かい気持ちで見守っていたのだが、そこでハッと、リュックの中にある『ニャロン』を出し忘れていることに気がついた。
慌ててリュックのジッパーを開けると、オヤツの袋の隙間に、ひらがなで書かれた小さな紙切れが挟まっているのを見つけた。
『いいひと、いるならつれておいでね。うちはいつでもだいかんげい!』
――うぉおおおーッ! 桜々ァアアッッ!!
な、何を勝手にッッ! っていうか、なぜルナの存在を知って……あっ!! さては倭久の野郎、余計なことをチクりやがったなッッ!! あの馬鹿、帰ったら爪研ぎ代わりに引っ掻いてやるッッ!!
顔を真っ赤にして一人で大慌てしている俺を余所に、おかゆがルナを見上げて言いた。
「ねえ、ねね。これからも、ねねはずっとこの公園に一人でいるの?」
「そうね……。母さんもここに眠っているし、私はここが落ち着くから」
「でも、お外は雨が降ると冷たいし、時々すごく怖い猫も襲ってくるよ? 僕、ねねのことが心配だよ……」
「ありがとう。でも大丈夫よ、ねねは強いんだから!」
ルナは気丈に笑ってみせるが、おかゆの心配そうな曇り空の顔は晴れない。俺は二匹に安心をプレゼントしたくて、ゴホンと不器用な咳払いをひとつして、思い切って切り出した。
「あ、あのさぁ! 俺からも話そうと思ってたんだけど、ルナ、お前さえ良ければ押上家に来ないか? その……ルナには『半能力』もあるみたいだし、押上家の人間はどいつもこいつも呆れるくらいお人好しばかりだからさ。毎日のご飯に困ることも絶対にないし、おかゆだってその方が安心だろ?」
「そんな……悪いわよ! いきなり野良猫なんて連れて帰ったら、押上家の人たちが困ってしまうわ……」
遠慮するルナの言葉を遮るように、おかゆがイキイキと目を輝かせて大賛成した。
「ねね! それがいいよ! 絶対にそれがいい!! 前にね、ちょっとだけ会ったことがあるんだけど、すっごく優しい人たちばかりなんだ! 特に小さい男の子のブラッシングがとろけるほど気持ちよくてさぁ……絶対に幸せになれるよ!」
「……でも……」
なおも躊躇うルナに、俺は手紙をリュックポケットに隠しながら不敵に笑ってみせた。
「連れて来てもいいってさ、実はもう……実質的に『ボス』の了承も取れてるんだ。だから、余計な遠慮は一切いらねぇよ」
「ねね! そうしなよ! ねねが安全なところにいてくれたら、僕、とっても安心してお家で眠れるよ」
「……おかゆがそこまで言うなら。本当にいいの、夏丸?」
「あぁ。大歓迎だってさ」
公園を離れる前に、俺はミー母さんのお墓にそっと手を合わせ、心の中で固く挨拶を交わした。
――ルナを押上家に連れて行き、俺の命に代えても必ず守ること。そして……もし許されるのなら、いつか大切な娘さんを、俺の生涯の伴侶としてお迎えさせていただきたい、と。
その瞬間、墓前に咲いていた一輪の白い野花が、風もないのにふわりと揺れて、木漏れ日を浴びてキラリと眩しく輝いた。
科学的な根拠のない、俺の勝手な願望が見せた幻だったのかもしれない。けれど俺には、ミー母さんが「娘をよろしくね」と優しく微笑んで許してくれたように思えてならなかった。
そうしておかゆと別れ、俺はルナを伴ってYADOCALIへと帰還した。
ところが、一階のジムの扉を開けた瞬間、何やらただならぬ雰囲気で言い争う男女の声が響いてきた。俺はルナを振り返り、慌てて告げる。
「ちょっとマズいな、二人が揉めてるみたいだ。様子を見てきてもいいか!?」
「え? あ、うん……」
ルナを背後に庇いながらジムの中へと駆け付けると、そこには案の定、倭久と空生が深刻な顔で対峙していた。
「空生、お願いだから俺の話を聞いてくれ! 完全に誤解なんだってばッ!」
「何が誤解よ! 確かに寝言で女性の名前を呼んで、かなり親しそうな感じで喋っていたじゃない! もうその話はしたくないって言ってるでしょッッ!」
あーあ……一ヶ月前の件、まだ解決してなかったのかよ。本当にマズいタイミングで帰ってきちまったな。
「だから、その時に俺がなんて名前を呼んでたのかを教えてくれって言ってるんだ! 何の記憶もないから、俺にはさっぱり分からないんだよッッ」
「あんな穢らわしい真似をさせていた女性の名前を、よくもまぁ平然と妻の口から言わせようとするわねッッ!?」
おいおい、倭久の野郎、一体どんな破廉恥な寝言をぶっこいたんだよ……。俺があきれ返っていると、倭久は必死の形相で釈明を続けた。
「穢らわしいって……俺は絶対にやましいことなんてしてないッッ!! 一体どんな寝言だったのか、はっきり教えてくれ!」
「――『ルナ! ルナ! やめろって。そんなところを舐めるな、大丈夫だから……』って、ハッキリ言ってたわよッッ!!」
空生が怒髪天を衝く勢いで激昂し、ジムの空気がビリビリと震えた。
「何をしていたのよッ! 何が大丈夫なのッ!? その『ルナ』って泥棒猫は、一体どこの誰なのよッッ!!」
あまりの剣幕に、俺の背後からルナがオズオズと小さな前足を踏み出した。
「……あの、大変申し訳ありません。それは、私のことでございます……」
凛とした、しかし恐縮しきった美しい声が響く。
「えッッ!?」
「あ……ルナ……」
空生は完全にフリーズして目を丸くし、倭久は救いの神を見たかのように盛大な安堵の息を漏らした。二人の視線がルナへと集中する。
「随分前の話ですが、倭久さんの髪がひどく乱れておりましたので、私は親愛の情を込めて毛繕いをしようとしたのです。まさか、それが貴女をこれほど怒らせてしまう原因になっていたなんて……本当にごめんなさい」
「ね……こ……。え、待って……夏丸以外にも、人間の言葉を喋る猫がいるの……?」
空生のキャパシティは完全に限界を迎えて混乱しているようだったので、見かねた俺が間に入り、事の顛末を一から順を追って説明してやった。
説明を聞くうちに、倭久の顔はどんどん勝ち誇ったような安心感に包まれ、逆に空生の顔はみるみるうちに真っ赤に染まっていった。普段のクールな彼女からは想像もつかない、実に珍しい百面相だった。
「まぁ、というわけだ。空生、お前の完全なカン違い、一人相撲だ。ほら、さっさと倭久に謝っておけよな」
俺が少しからかうように言うと、不意に空生の大きな瞳から、ポロポロと大粒の涙がこぼれ落ちた。空生の涙を見るのは初めてだったから、今度は俺の方が慌てちまった。
「お、おい……なんだよ。そんな強く責めたわけじゃねぇだろ。な、なぁ、空生……?」
「だって……倭久に、私より若い、新しい良い人が出来てしまったんだって……ずっと不安で……っ」
泣き崩れる妻の肩を、倭久が優しく抱き寄せる。またしても空生が根も葉もない不安を口にしたことに呆れ、俺はすかさず口を挟んだ。
「あのなぁ、空生ッ! 倭久がよその女に目を向けるわけないだろッ!! それは流石に――」
「夏丸、そこまでにしてください。彼女をこれ以上責めないであげて」
ルナはきっぱりと俺を制すると、空生の前に進み出た。
「私の不調法で、これほど貴女の心を不安にさせてしまい、本当にごめんなさい。彼とは決して不適切な関係ではなく、大切な恩人であり仲間だと思っていたのです。私がここにいては余計な悲しみを生むだけですね。私はこれで失礼いたします……」
トボトボと引き返そうとするルナの前に、俺は慌てて立ちふさがった。
「いや、待て待て! ルナ!! どこに行くんだよ」
「だって、私のせいで彼女は泣いているのよ? 私がここにいたら、きっと目障りでしょう?」
「違うよ、全く違うッッ!! 空生はルナのことを『人間の女性』だと勘違いして嫉妬の炎を燃やしていたんだ。猫の毛繕いが嫌だとか、匂いがどうとかいう次元の話じゃなくてッ……」
すると、泣いていた空生がハッと顔を上げ、大慌てで両手を振った。
「そうなの! そうなんです! 毛繕いが嫌だなんて滅相もないわ! その……どこか別の綺麗な女の人を連れ込んで、イチャついているものだとばかり……!! 私の方こそ、勝手に被害妄想を膨らませて誤解をしてしまって……ルナさんにも、倭久にも……本当に、ごめんなさいッッ!!」
深く頭を下げて猛省する妻の姿を見て、倭久もようやくすべての全容を理解し、にやにやとした締まりのない顔をルナに向けた。
「なんだ、そういうことか! ルナ、僕の寝言が原因だから君のせいじゃないよ。びっくりさせてごめんね。だから、この家から出て行く必要なんてどこにもないんだよ。……ところで、どうしてルナは夏丸と一緒にここに来たのかな? あっ、もしかして……これが噂に聞く、つ・が・……」
――シャッッ!!
俺は限界まで鋭い爪を突き出し、倭久の鼻先数ミリの空気を激しく切り裂いてやった。
「ひゃあッッ!?」
驚いた倭久は無様に尻もちをつき、ジムの床にひっくり返った。
「夏丸ッッ!」
「倭久ッ!!」
ルナと空生の叫び声が同時に響き渡る。呆然とへたり込んでいる倭久を見下ろし、俺は低く、凄みの利いた声で告げた。
「何の確証もない話を、お前はその軽い口でベラベラと……。自分が今、どんな危機に瀕しているか、分かっているよなぁ……?」
俺の凄まじい威圧感に、倭久は涙目でコクコクと激しく首を縦に振った。
「茶化さずに大人しくしているなら、今日のところは許してやる。結果的に、良い方向に転がったからな。空振りだけで怒りを収めておいてやるよ」
「わ、分かった……。い、良い方向にいけて、本当に良かったですぅ……」
息を呑んで成り行きを見守っていたルナが、呆れたように俺の頭を前足でポカッと叩いた。
「夏丸! それは良くないわ! なんて乱暴な真似をするのッッ……」
「いいんだよ、ルナ。余計なことをベラベラ喋るこの馬鹿には、これくらいのお仕置きが丁度いいんだ。――おい、倭久、空生!!」
「「ハイッ!!」」
ビシッと背筋を伸ばした二人に、俺はボスの風格を漂わせて言い渡した。
「これからは、お互いに思っていることは遠慮せずにちゃんと言い合え! 夫婦の痴話喧嘩に周りを巻き込むんじゃねぇ、分かったかッ!?」
「「ハイッッ!!」」
二人揃って実に見事な返事を返してくれたので、可笑しくて仕方がなかった。
その後、私たちはリビングへと戻り、時士と桜々にルナを正式に紹介した。二人は「よく来たね」と本当に温かくルナを迎え入れてくれて、俺はそれが自分のことのように嬉しく、ルナもようやく肩の荷が下りたようにホッと胸を撫で下ろしていた。
これから先、彼女が俺に対してどんな気持ちを抱いていくのかは、彼女自身にしか分からない。けれど、どんな未来が待っていようとも、俺はあの日、ミー母さんとお墓の前で固い約束を交わしたんだ。
だから、その約束を果たすためにも、俺はこれからも慢心せず、しっかりと心身を研鑽し、一人前の男として励んでいく。そう、心の中で静かに誓いを立てた。
お! もう帰るのか?
ごめんな、こんなに長いこと連れ回した挙句、人間の見苦しい痴話喧嘩にまで巻き込んじまって。
気をつけて帰れよな! またな、シーヤ!




