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インターミッション2

おう、また来たのか! 悪いな、俺、今から待ち合わせなんだよ。

 今日は友だちっていうか……新しくできた俺の「弟」と約束してっからさ。まぁ、せっかく遊びに来たんだ、黙って見守っててくれるなら、そこにいてもいいぞ?

 ただ、おかゆは野良時代の癖がまだ抜けきってねぇからさ。知らない人間を見ると威嚇しちまうかもしれねぇ。そこだけは許してやってくれ。

 

「夏丸にいやーん!」

 

「おう、おかゆ。来たな」

 

「ギニャッッ!? そ、そいつは……?」

 

「あー、こいつは俺の知り合いだ。何もしねぇから安全だぞ、気にするな。それよりおかゆ、この前はありがとな。お前が情報をくれたお陰で、一件落着したよ」

 

「にいやん、うまくいったの? 良かったぁ! ……でも、本当にあんな話で役に立ったの?」

 

「おう、バッチリだ。しかし佳乃子ってヤツは、本当にわけの分からん女だな。假谷のどアップの笑顔写真を眺めてるなんてさぁ……」

 

「この前もね、鏡の前で睨めっこしながら『良い女は自分を磨いて待つのよッ!』って言ってたの。僕に聞いてほしかったのかなぁ?」

 

「ククッ……ブハッ、アッハッハ! そりゃ自分に言い聞かせてたんだよ。なるほどなぁ、時士が『可愛らしい人だ』って言うわけだ」

 

「そうなんです! 佳乃子さんは本当に優しいし、可愛い人なんですよ。ちょっとぶっきら棒だから、誤解されやすいだけで」

 

「おかゆは、佳乃子が好きなんだな」

 

「はい!」

 

「そうか。……よし、じゃあこれを持っていけ。任務の成功報酬を貰ったから、お裾分けだ」

 

「成功報酬って、もしかして……あの、幻の高級おやつッ!?」

 

「ああ、ニャロンだ」

 

「夏丸にいやぁーん!!」

 

「はは、そんなに嬉しいか?」

 

「うんッ! 僕、嫌な記憶を思い出しちゃうから、カリカリ系の食べ物は苦手だった……。でも、にいやんが美味しそうに食べるから、一粒だけ真似して食べてみたら……口の中がパァアアーッて!」

 

「美味さが広がった、か。桜々が言うには、最高級の帆立の貝柱が入ってるらしいぞ」

 

「ほたて……? それが美味しさの秘密なんだね。にいやんが食べてるものなら絶対に安心だもん。前も僕にたくさん分けてくれて、本当に嬉しかった! でも、これって高級品だから……僕、買って貰えないだろうな。……夏丸にいやんは凄い猫だけど、僕は普通の猫だし……」

 

「それは違うぞ、おかゆ。假谷も佳乃子もお前がカリカリを嫌がってると思ってるから、出さないだけだ。家に引き取られた最初、カリカリとか缶詰のご飯に全く手を付けなかったんだろ?」

 

「……だって、昔、すごく苦しくなった時と同じ臭いがしたから……」

 

「だからさ、假谷たちに教えてやるんだよ。この袋、今ここで少し破ってやる。お前はこれを持ち帰って、二人の目の前で美味そうに食べる姿を見せるんだ」

 

「えっ? でも、これはにいやんの報酬だから、ここで一緒に食べるんじゃ……」

 

「お前の協力があったからこその成功だろ。それに、これをどう使おうが俺の勝手だ。……いいか、おかゆ。この世には美味いものがたくさんある。お前はまだ若いから分からないかもしれないが、猫の人生なんてあっという間なんだ。美味いものを知らないまま終わるなんて、もったいねぇだろ? お前には、たくさんの幸せを知ってほしいんだよ」

 

「にいやん……。なんで僕にそこまでしてくれるの?」

 

「なんでかなぁ……。昔、俺を助けてくれた(ひと)にお前が少し似てるからかな。……それと、俺の可愛い弟だからな!」

 

「夏丸にいやぁん……! 僕、にいやんが大好きぃ!」

 

「分かってるよ。たくさん食べて大きくなれ。今度は“ニャール”ってやつも持ってきてやるからな」

 

「うん、うん! ありがとう!」

 

「じゃあ、ほれ。少し破ってやったから、必ず家まで我慢して持って帰るんだぞ? ……っておい、ヨダレがえらいことになってんぞ」

 

「……にいやん……僕……もう、ここで食べちゃいそう……」

 

「オイオイ、待て、待てッ! だぁーっ、ヨダレ垂れすぎだ! 分かった、ちょっと貸せ。袋を折って匂いを閉じ込めてやるから!」

 

 大慌てで破れ目を隠すように袋を折り畳んで、おかゆに持たせてやった。

 

「これなら大丈夫だろ?」

 

「……まだ、かすかに良い匂いが……」

 

「そこは我慢しろッ!」

 

「でもぉ……」

 

「おかゆ、お前はできる子だ! 假谷家でニャロンを買ってもらうための、これは重要な任務だ。必ず成し遂げてこい!」

 

「うっ……はいっ、頑張りますッッ!」

 

 ――そうして、口の端からヨダレをきらめかせながら、あいつは必死に持って帰っていったよ。あの我慢してる顔がまた可愛いんだよなぁ。

 え? 想像がつくって? だろ? 大きな目を潤ませて、鼻の穴を全開にしてさ……フフッ。

 さて、俺たちも帰るか。他の人間に見つからねぇように、少し後ろをついてきな。

 

 ◇

 

 帰りの道すがら、見覚えのある広い背中を見つけた。

 

「オイ、倭久か?」

 

「おー、夏丸。散歩の帰りか?」

 

「まぁな。お前はどこ帰りだ?」

 

「俺は……墓参りさ」

 

「墓参り? 誰の?」

 

「……俺の、母さんかな」

 

「はぇ!? お前、母親がいたのか?」

 

「猫のね……」

 

「あぁ、そういうことか」

 

「お前は小さかったから覚えてないかもしれないけど、夏丸を助け出したあのクソ施設にいた、白猫のミーヤさんだよ」

 

「ミー母さんッ!?」

 

「覚えてたか。三ヶ月ほど前に偶然再会してさ。彼女は賢くて言葉も喋れたから、時々会いに行っては話をしていたんだ。人間も猫も分け隔てなく接する、威厳があって、でも本当に温かい(ひと)だった」

 

「ミー母さん、亡くなったのか……」

 

「二ヶ月前に病気でな。再会した時には、もうかなり具合が悪そうだったんだ。病院へ行こうって何度も言ったんだけど、ここを離れたくないって……。だからせめて過ごしやすいように寝床を作って、頻繁にご飯を届けていたんだ。……看取った後、俺が墓を作った」

 

「……そうか。今度行く時は、俺も連れていってくれ。俺、あの人にすごく世話になったんだ。実験のせいで体中傷だらけだった時、あの人はいつも檻越しに俺の傷を舐めに来てくれたんだよ……」

 

「本当に優しい人だったもんな。あの施設から逃げ出した後、ずっとこの近くで暮らしていたらしいよ」

 

「そうだったのか……。俺は施設から連れ出された後、しばらく意識がなかったし、ケージから出るのも怖かったから、周りの仲間がどうなったか全然知らなかったよ」

 

「プッ、確かにな! お前、俺がいくら呼びかけても、五ヶ月くらいケージから出てこなかったもんなぁ」

 

「人間が、大嫌いだったんだよッ!」

 

「まぁ、その気持ちは分かるさ。だからこそ、時士さんも無理に引っ張り出さず、お前が自分で出てくるのをずっと待ってたんだろ?」

 

「……まぁ、な。そういやお前、時士からしょっちゅうハードに絡まれてるけど、本当に大丈夫なのか?」

 

「あー、あれは本気じゃないよ。猫のじゃれ合いみたいなもんだ」

 

「お前……時士をナメてんのか?」

 

「違う違う。時士さんは、本気で俺を嫌って絡んでるわけじゃないってこと。本当に嫌なヤツなら、無視して追い出せばいいだけだろ? それを絶対にしないのは、あの人なりのコミュニケーションなんだよ、きっと」

 

「分かってんなら、お前ももう少し対応を考えろよ。いつも怒らせてばっかりじゃねぇか」

 

「ソラと付き合うまでは、比較的優しかったんだけどなぁ。十年も居候してるのにおかしいよね」

 

「お前が『お父さん』って呼ぶからだろ。わざわざ怒らせると分かってて、なんで頑なにその呼び方にこだわるんだ? 普通に名前で呼べばいいじゃねぇか」

 

「……俺、最初に時士さんを『お父さん』って呼びたいんだ。そして、いつかちゃんと返事をしてほしい。俺には父親がいなかったし、そう呼べる人もいなかった。施設から引き取って、俺を生まれ変わらせてくれた恩人だからこそ、俺が『お父さん』と呼びたい唯一の人なんだよ。でも、どうすれば許してもらえるのか、全然分からなくてさ……」

 

「あー……。お前、考えなしに喋るからいつもアンサーを間違えるんだよ。もう少し言葉を選べ」

 

「アハハ、そうだな! つい思ったまま喋っちゃうからなぁ」

 

「笑い事じゃねぇよ。たまには周りのハラハラする気持ちも考えろ」

 

「ごめんな。俺、何が正しい態度なのかまだよく分かってなくてさ。かといって、考えすぎて何も言えなくなるのも違う気がして」

 

「空生はなんて言ってるんだ?」

 

「何も言わないけど……どこか不安そうにはしてるかな。俺がどこかへ……離れていっちゃうんじゃないかって。そんなこと、絶対にあるわけないのにな」

 

「馬鹿か、お前は! 惚れた女を不安にさせてんじゃねぇよ」

 

「えっ!? 俺、不安にさせてるの!?」

 

「ダメだこりゃ……。お前がシャキッとしないと、もしかしたら、逆に空生の心が離れるかもしれないんだぞ。自分のことばっかり気にしてないで、たまにはあいつを思いっきり甘やかしてやれ。空生は気が強そうに見えて、意外と脆いところがあるから心配なんだよ」

 

「あぁ……確かに。実はけっこう、涙もろいところもあるしな……」

 

「んおぁッ!? あいつ、泣くのか?」

 

「おー。部屋ではよく泣いてるぞ」

 

「そ、そうなのか……。意外だわ……」

 

「ソラも、俺たちの関係を時士さんに気持ちよく認めてほしいんだろうけど……。俺、半能力者だからさ。時士さんが頑ななのは、そこもあるのかなって思っちゃうんだよね」

 

「時士がそんなことを気にするかよ。むしろ、いつまでもそのことに引け目を感じてウジウジしてるお前を見透かして、イラついてるんじゃねぇのか?」

 

「え……」

 

「あの男が、半能力者だの一般人だので人を差別するかよ。『お父さん』と呼ばせないのは、お前の心にあるその“引け目”のせいじゃねぇのか? それが綺麗に消えた時、きっと許してくれるんじゃねーの?」

 

「あー……なるほど。……ちょっと、思い当たることがあるわ」

 

「分かったら、まずはその引け目を無くす努力をしろ」

 

「そうだなぁ。まだまだ、押上家のメンバーには敵わないから……」

 

「何言ってんだ、馬鹿野郎ッ! お前はもう、押上家の立派なメンバーだろうが! 今、引け目を感じるなって言ったばっかりだろ! ……そういうとこだぞ、お前のダメなところは!」

 

「あい! ……ご忠告、ありがとな、夏丸」

 

「まったく、世話が焼けるぜ」

 

「すまんねぇ、兄弟」

 

「ハハッ、仕方ねぇなぁ」

 

 そうして二人で並んで、夕暮れの道を自宅へと帰ったんだ。

 久しぶりに倭久とゆっくり話せたのは面白かったけど、ミー母さんのことは……やっぱり寂しいな。でも、空生が泣くほど弱みを見せられる相手が倭久なら、少しは安心したかもな。

 

 お? お前はもう帰るのか。今回は長々と付き合わせちまって悪かったな!

 こんな話で良ければ、またいつでも聞きに来いよ。じゃあな。シーヤ!!

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