第25話 真喜子の一行
真喜子の聞き取り表は、いつも端がきれいにそろっていた。
同じ大きさの紙を同じ向きに重ね、質問も番号順に並んでいる。「灯台を見たことがありますか」「灯台を必要だと思ったことがありますか」「その理由を教えてください」。大人が作ったアンケートより、ずっとまっすぐで、逃げ道が少ない。
そのかわり、答える人はたいてい照れた。
「必要ってほどじゃないけどねえ」
「なくても困らないんじゃないかな」
「でも、あると安心はするよ」
真喜子は、そういう言葉を削らなかった。強い反対意見に見えるものだけを集めれば、資料としては見栄えがする。けれど彼女は、声の弱いところを消すのが嫌だと言った。
「弱い声のほうが、本当っぽいときがあるので」
大輝は、その言い方にうなずいた。
店の奥では航貴が入力を続け、早貴は地図に細い線を引いている。紗那は花丸の練習をし、広河は灯台姫の衣装の裾を直してもらう順番を待っていた。啓彰が「一列です」と言ったが、誰も一列にはならなかった。
真喜子は最後の一枚を机に置いた。
「これ、貼るか迷ってます」
そこには、彼女自身の字で一行だけ書かれていた。
灯台があると、帰る場所がまだある気がする。
大輝は、湯飲みに緑茶を注ぐ手を止めた。
「誰の答え?」
「私です」
真喜子は、少しだけ頬を赤くした。
「聞き取りをしてるうちに、なんで残したいのか、私も書いたほうがいい気がして。でも、中学生がこんなこと書くと、重いかなって」
「重くないよ」
早貴が先に言った。
「むしろ、地図の題名にしたい」
「やめて」
真喜子は紙を取り返そうとした。早貴は椅子ごと後ろへ下がり、啓彰が「逃げるときも礼儀正しく」と注意する。広河は衣装を引きずって二人の間に入り、「灯台姫が保護する」と宣言した。
笑いが起きた。
真喜子はますます恥ずかしそうにしたが、その紙だけは破らなかった。
大輝は一行を見つめた。
帰る場所がまだある気がする。
その言葉は、領収書の金額にはならない。修繕費の見積もりにも、土地台帳にも、説明会の資料にもそのまま載せにくい。けれど、灯台を必要としてきた人の心の根本は、たぶんそこにある。
「掲示板に貼るなら、名前は隠そう」
大輝が言うと、真喜子は驚いて顔を上げた。
「貼るんですか」
「貼ってもいい一行だと思う。ただ、無理に名前を出さなくていい。言葉だけ届けばいいから」
真喜子はしばらく迷い、紙の下に小さく線を引いた。
「じゃあ、匿名で」
早貴は嬉しそうに、霧の灯台マップの中央にその一行を貼った。地図の上には、聞き取りで集まった点が増えている。朝の市場前、バス停の角、夜勤帰りの橋のたもと、子どもがよく立ち止まる坂道。灯台は、町の中心ではなく、町の端にある。けれど地図の点は、そこへ向かって細い糸のようにつながっていた。
優空が地図を見て、ゆっくりとうなずいた。
「帰る場所ね。そうね。昔は誰もそんな言い方をしなかったけれど、みんなそう思っていたのかもしれない」
珠里は、古い領収書の束を指で押さえた。
「紙にも、そう書いてあるようなものよ。直接は書いていないだけで」
大輝は、真喜子の一行を透明な袋に入れず、掲示板に貼る紙として別に残した。保存するだけでは、届かない言葉もある。
外は夕方になり、霧の前触れのような白い息が、商店街の軒先にたまっていた。
真喜子は帰り際、地図をもう一度見た。
「私、続けます。派手な答えがなくても」
「それが一番強いと思う」
大輝が言うと、真喜子は少しだけ誇らしげに笑った。
掲示板に貼られた一行は、風で端が揺れていた。
小さな紙の揺れ方が、灯台の光に少し似ていると、大輝は思った。




