第23話 壊すべきもの
再開発会社の説明会は、商店街会館の二階で開かれた。
階段を上がると、古い掲示板に冬祭りの写真がまだ貼ってある。去年のものだ。勇が焦がした焼きそば、広河がまだ灯台姫になる前に綿あめを持って泣いている姿、可純がなぜか司会者のマイクを奪っている姿。大輝はそれを見て、少しだけ肩の力を抜いた。
会場には、再開発に賛成する人も、反対する人も、迷っている人も集まっていた。椅子の並び方だけで、町の空気が見える。仲のよかった店同士が、今日は一つ席を空けて座っている。
前方に立った担当者は、いつものように笑顔だった。
「旧灯台については、安全性の観点から、早期の撤去が望ましいと考えております」
可純がすぐ立ち上がった。
「はい! その安全性について、こちらに証拠が」
「可純さん、順番」
涼が小さく止める。
「順番なんて、相手が作った罠よ」
「今は質疑の前です」
「じゃあ、前倒しの質疑です」
会場がざわついた。担当者の笑顔がほんの少し硬くなる。大輝は緑茶を配りたい衝動に駆られたが、ここに急須はない。代わりに、膝の上のファイルを押さえた。
涼が立ち上がり、可純の隣に並んだ。
「すみません。こちらからは、後ほど資料に沿って確認します。まず説明を最後まで聞きます」
可純はまだ何か言いたそうだったが、涼に腕を軽く引かれて座った。
担当者は、撤去後に新しい記念碑を建てる案を示した。明るい完成予想図。広い歩道。案内板。灯台を模した白い柱。資料だけ見れば、たしかにきれいだった。
だが、大輝には、その白さが前に届いた封筒に似て見えた。
きれいすぎる紙。
下のほうに、小さな文字で何かを捨てる条件が書かれていそうな白さ。
質疑に入ると、可純はまた立ち上がった。今度は涼が用意した順番表を手にしている。
「一番、理彩子さん。二番、道雄さん。三番、勇さんのコロッケ」
「コロッケは資料名じゃないです」
道雄が即座に訂正する。
会場に小さな笑いが起きた。
理彩子は、小火の原因について落ち着いて説明した。灯台全体が危険なのではなく、臨時清掃時の電源確認不足が疑われること。配線と床材を直せば、少なくとも下部倉庫の使用方法は再検討できること。
道雄は、見積もりの数字に不自然な幅があると指摘した。勇は伝票を出したが、途中でまた搬出と納品を言い間違え、啓彰に小声で直された。
担当者は、どの質問にも丁寧に答えた。丁寧すぎて、答えが少しずつ逃げる。
「総合的に判断して」
「将来的な安全性を鑑み」
「地域全体の発展を考え」
大輝は、その言葉を聞きながら、ふと自分の胸にある別の言葉を見つけた。
壊すべきものは、灯台ではない。
古いものを残すか、新しいものにするか。その話だけなら、まだ話し合える。修繕費が高い、管理が大変、怖い場所だという声も、無視してはいけない。
けれど、誰かが無償で続けてきた見守りを、記念碑の図面一枚に置き換えられると考える空気。それを、壊したい。
名前のない掃除。迷子にかけた毛布。夜勤明けの人のために点けた灯。緑茶を出した手。冷凍庫に残った非常食。そういうものを、価値がないと決める空気を。
大輝は手を挙げた。
「質問ではなく、確認です」
会場が静かになる。
「この灯台を残すには、直す費用も、当番も、保険も、安全確認も必要です。そこから逃げるつもりはありません。ただ、使われていない建物、という言い方だけは違います。ここには、使った記録があります」
大輝はファイルを持ち上げた。
「領収書です。地味です。きれいな完成予想図ではありません。でも、誰が誰のために動いたかが残っています」
担当者は微笑んだまま、何も言わなかった。
その沈黙の間に、会場の後ろで真喜子がノートを握りしめていた。早貴の地図には、灯台を見た場所の印が増えている。広河は衣装のまま、正朋の手をつないでいた。
会議は結論を出さずに終わった。
外へ出ると、霧はまだ出ていなかった。ただ、川から冷たい風が上がってくる。
可純が大輝の横に並んだ。
「今日、勝った?」
「勝ってません」
「負けた?」
「負けてもいません」
「つまらない答え」
「でも、たぶん正確です」
大輝はファイルを抱え直した。
壊すべきものは見えた。けれど、壊し方はまだわからない。
だから今は、紙を一枚ずつ読んでいくしかない。




