照らすヒカリになれたなら(4)
光が弾ける。
淡い粒が、夜の中へ一気に散った。
サンブレイドの輪郭が、そこからほどけていく。
装甲めいた衣装も。
双剣も。
髪を飾っていた眩い輝きも。
何もかもが剥がれ落ちて――あとに残ったのは、小さな少女だった。
意識を失って倒れている光莉は、変身していた時よりずっと小さく見えた。
腕も、足も、大人のそれよりずっと細い。制服でも防具でもない、ただの子どもの体が、落ち葉の上に無防備に投げ出されていた。
「……い、やだ」
怪物は、すぐには殺そうとしなかった。
複眼の束をわずかに傾けて、倒れた光莉を見下ろしている。
急ぐ必要なんてない、と言わんばかりの遅さで、また頭部を近づけていく。
自分に見せつけるためだと、わかった。
「やめて……っ」
腕で地面を掻く。
身体は進まない。
右手は砕けたまま熱を持って脈打ち、脚は引きずるたびに鈍い痛みを返してくる。
何より、両手を縛る手枷が邪魔だった。
這うたびに鎖が張り、肩の奥まで嫌な重さが走る。
この枷さえ、なければ。
けれど、そんなことを考えたところで、自分の身体はろくに前へ進まない。
胸の奥が痛む。
今まで戦っている間、ずっとそこにあった熱だ。
焼けた鉄片でも呑み込んだみたいに、息をするたび内側を炙ってくる。
苦しい。
痛い。
それでも、何もできないままなんて、嫌だ。
怪物の足元までは、まだ遠い。
そのとき、ぬめ、と粘液の湿った音がした。
視線を落とす。
青白いイモムシ型の魔災獣が、見えない膜の上を這うのをやめて、こちらへ寄ってきていた。
一匹。
もう一匹。
どれも大した大きさじゃない。
いつもなら、足で払うか、鎖で叩けば終わるような雑魚だ。
けれど、今の自分にはそれすらできない。
小さな牙が、裂けた脚に食い込んだ。
「――ッ、ぅ……!」
鋭いというより、じわじわと抉るような痛みだった。
蛆のように、死にかけた獲物へ群がることだけは、妙に手慣れている。
脚を引こうとしても上手く力が入らず、傷口が引き攣るばかりだった。
怪物は振り返りもしない。
イモムシどもに好きにさせたまま、光莉の前に立つ。
その腕が、ゆっくりと持ち上がる。
まずは軽く壊してみせるつもりなのだと、その遅さだけでわかった。
撫でるように動いた腕が、光莉の頬を薄く裂く。
白い肌に、細い赤が滲んだ。
「やめ、ろ……!」
声が裏返る。
這う。
身体は進まない。
息が上手く入らない。
胸の奥の熱ばかりが、呼吸のたびに痛みを増していく。
――このままでは、光莉が殺される。
嫌だ。
そんなのは嫌だ。
名乗りもしない。誰なのかもわからない。そんな自分みたいな存在を受け入れてくれて、温かい言葉を掛けてくれて、名前をくれて、あんなにも当たり前みたいに隣にいてくれた。
そんな子を失うのは嫌だ。
光莉だけじゃない。
あの子たちは、傷つけられてはいけない。
失ってはいけない。
彼女たちの笑顔と、なんでもないやり取り。
遊園地だの、お泊まりだの。
そういうものこそ守られるべきで、戦場に立たされるべきじゃない。
それでも、あの子たちは何も言わずに戦う。
身体を張って、街のために、誰かのために。
『自分とは、違う』
自分みたいに、何もかも放り出して逃げた者とは。
鉄条網の向こうへ落ちるみたいに、全部を捨ててきた自分とは、違う。
『あの子たちは正しい。だから選ばれた』
自分には、何もない。
この手にあるのは、紛い物の力だけだ。
『なら、傷付くべきなのは、替えがきくのは、どっちだ』
決まっている。
光莉じゃない。
あの子たちじゃない。
胸の奥の熱が、また脈打つ。
今度は痛みだけじゃなかった。
苦しいはずなのに、その熱は勝手に広がっていく。
押し込められていた何かが、内側からじわじわと持ち上がってくるみたいに。
怪物が、もう一度腕を持ち上げる。
今度は頬なんかじゃ済まない。
その直感に突き動かされるように、自分は光莉へ向かって手を伸ばしていた。
届くはずもない距離なのに。
それでも、伸ばさずにはいられなかった。
指先が、妙に熱い。
見れば、爪の生え際から黒く染まっていた。
煤を浴びたような黒じゃない。
もっと内側から炭化していくみたいに、皮膚そのものが色を失っていく。
それでも構わないと思った。
熱は、もう痛みとして胸の奥に留まっていない。
解放されたそれが半ば勝手に全身を駆け巡り、鼓動が壊れたように速くなる。
もっと速く。
もっと乱暴に。
心臓が肋骨の内側を叩いてくる。
苦しいのに、身体は逆に前へ出ようとする。
ああ、そうだ。
あの子たちは唯一無二だ。
帰る場所があって、未来があって、
笑っていい理由がある。
自分は違う。
何者にもなれなくて、信じきれなくて、逃げて、捨ててきた。
そんな存在だ。
だから。
――傷つくのは、『俺』だけでいい。
両手を縛っていた手枷が、音を立てて砕け散る。




