照らすヒカリになれたなら(1)
撤退。
その言葉が頭に浮かぶ。
現状、明らかに自分とブレイドの攻撃は決定打になっていない。
なら、セレスの《スパーク・スティング》や、ドロップの《ウォーター・ボルト》なら、まだ通るかもしれない。
もしそれで駄目でも、班長であるセレスの持っている通信機なら、応援を呼べる可能性がある。
ここで二人だけで無理を通すより、一度外へ出るべきだ。
そう判断して、自分は高度を上げる。
偽物の夜景が下に見える高さまで浮き、鎖を最大まで伸ばして膜へ叩きつける。
甲高い音が鳴った。
硬い手応えが、そのまま身体へ返ってくる。
角度を変えてもう一度。さらにもう一度。
けれど結果は変わらない。
膜はまるで、壊れるという前提そのものが無いかのように、歪みも裂け目も見せなかった。
やはり、繭の破壊は難しそうだ。
――そう認めた瞬間、空気が変わる。
下から、風を裂く音。
さっきまでブレイドの攻撃を受け流していた怪物が、今度は明らかに自分へ意識を向けているのが分かった。
――繭を壊して外へ出ようとしたからだ。
けれど、それは焦って排除しようとする動きではない。
せっかく閉じ込めたのだからもっと遊ばせろ、とでも言いたげな、妙にゆっくりした悪意だった。
咄嗟に高度を変える。
浮遊で軌道を逸らそうとしたが、間に合わない。
「っ……!」
怪物の腕が、足を浅く掠めた。
一拍遅れて、鋭い痛みが走る。
軽く掠めただけなのに、腿の外側が裂け、自分の血が宙に散るのが見えた。
体勢が一瞬ぶれる。けれど、落ちはしない。
足はもうまともに使えない気がしたが、まだ浮いていられる。まだ動ける。
だったら、今はそれでいい。
「――くさりちゃんっ!」
ブレイドの声が跳ねる。
「――っ、なんで……血……」
戸惑いの混じったその声は、次の瞬間にはもう切り替わっていた。
地面を強く蹴る音。
こちらへの追撃を遮るみたいに、ブレイドが怪物の正面へ飛び込む。
「こっちだってば!」
双剣が閃く。
右、左、さらに踏み込んでもう一撃。
狙いは浅くてもいい。とにかく意識を逸らすための連撃だった。
怪物の上半身が、わずかにブレイドの方を向く。
そのまま一本の腕が払われた。
ブレイドは一歩低く沈んで避ける。
避けきった――ように見えた直後、もう一本が遅れて軌道を変えた。
「……っ!」
完全には躱せない。
ブレイドの肩口を掠める。衣装の裂け目から、淡い光の粒が散った。
それでもブレイドは止まらない。
着地の反動をそのまま次の踏み込みに変えて、怪物の懐へ入り込む。
双剣を交差させるように振り抜くが、硬質な外殻を削る音が鳴るだけだ。
「やっぱ、硬っ……!」
吐き捨てる声には痛みが混じる。
けれど、まだ折れてはいない。
自分は足の痛みに顔をしかめながらも高度を下げ、再び鎖を出した。
拘束して止めるのではなく、ブレイドが下がるための一瞬を作るために。
細い腕へ、脚へ、肩口へ。
巻きつけて、掴まれるようなら砕く。
そのたびに胸の奥へ熱が走る。足の傷とは違う、内側から焼かれるような痛みだ。
怪物はまだ余裕を崩さない。
こちらを殺し切ることより、この状況そのものを味わっているみたいにさえ見えた。
外には出られない。
膜は壊れない。
こちらの攻撃は浅い。
それに比べて、目の前の怪物にはまだ余裕がある。
こちらだけが、少しずつ削られていく。
サンブレイドが距離を取りながら、荒い息の合間にこちらを見る。
肩からはまだ細かな光が零れていた。
いつもなら先に飛び込むはずなのに、今は待っている。
「……どうする?」
短い問い。
軽口も冗談もない。本気で、次の一手を聞いている声だった。
自分は怪物を見た。
硬い外殻。長い口吻。閉じた空間。偽物の夜景。
「……撤退は難しい」
「ここで倒すか、少なくとも――時間を稼ぐしかない」
残された選択肢は、それしかなかった。
ブレイドはもう何も言わず、双剣を握り直す。
その気配を横目に、足の傷へ細い鎖を巻きつけて締めた。雑な止血だったが、今はそれで十分だった。




