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スタイル・オーバーライド(4)





 

 それから少し歩いて、フードコートの明るさが見えてきた。

 天井の高い空間に、油と甘いソースと揚げ物の匂い。呼び込みの声と、トレーが触れ合う音。

 

 「よーし、ごはん! 席取ろ!」

 

 そう言って小走りで列に向かう光莉の背中を、椎奈が「走らない」と短く釘を刺す。



 席を確保してから戻ってきた三人は、それぞれトレーを持っていた。

 

 光莉は一番に着いて、どん、と置く。揚げ物の匂いと甘い冷気――飲み物の氷が鳴る音。ぱっと見、半分くらいご褒美で出来ている。

 

 「やっぱフードコートって、こういうのだよね!」

 

 椎奈が次に戻ってくる。落ち着いた量の麺と、飲み物。派手さはないけれど、整っている。

 

 トレーを置いてから、光莉の方をちら、と見た。

 

 「……あんた、ほぼデザートじゃないの」

 

 「えー、いいじゃん! 今日は遊びの日だし!」

 

 最後に穂乃花が戻ってきて、控えめにトレーを滑らせる。

 ハンバーグのプレート。子どもが好きそうな見た目で、湯気がやさしい。

 

 「……穂乃花は、本当にそれが好きね」

 穂乃花の可愛らしいメニューを見て、くすりと微笑みながら椎奈が言うと、穂乃花は少しだけ肩をすくめた。


 「す、すみません……子どもっぽいですよね……。でも……好きで……」


 穂乃花が小さく笑って、トレーの端を揃える。


 

 その横で、自分の前の丼だけが――ずしん、と重い。カツ丼。

 湯気の甘辛い匂いが、鼻の奥に居座っている。


 

 向かい側で、三人が顔を寄せた。

 

 「……あれ、量のわりにお得だけど……食べ切れるの?」

 

 「……まあ……くさりちゃんらしい、かも……?」

 

 「……なんだか、嬉しそうな顔してますね……」



 ヒソヒソと、何かを話している3人。


 ……確かに、少し浮いてるかもしれない。

 

 昔、牛丼屋に通っていた頃の癖で、つい丼物を選んでしまった。

 近くて深夜でも開いていて、仕事の合間の唯一の楽しみ、と言っても良かった。

 

 ……牛丼は無かったので、カツ丼になってしまったのが少し残念だ。

 

 もちろん、比較的安い、という理由もある。


 

 ………それにしても。

 服も。リボンも。ごはんまで。


 仕方ないとはいえ、流石に奢られ過ぎている気がする。

 あっちは同世代の子に奢ってるつもりかもしれないが、実際の所は女子学生にたかるヒモだ。

 

 そんなことを考えた時点で、たぶん自分はもう、かなり気が緩んでいるのだろう。

 

 ……ついでに暖かい家も買ってくれないかな。

  

 「……いただきます」

 

 箸を持って、ひと口目を口に運ぶ。


 衣がほどけて、タレが舌に落ちる。卵が熱い。米が、ちゃんと温かい。

 当たり前だが、コンビニの消費期限が切れたおにぎりの冷たくてパサついた米とは明らかに違う。

 

 それだけで、胃のあたりが静かに落ち着いていく。体の奥の冷たい部分が、じわ、とほどけるみたいに。

 ひとり路地裏で食べるご飯とは違う、確かな暖かさがあった。

  

 箸が止まらない。

 次のひと口までの間が短い。

 ――自分だけ、少しだけ速い。

 

 ふと視線の気配に気づいて、口を動かしたまま顔を上げた。

 

 光莉はストローを噛んで、わざとらしく前を向く。

 椎奈は口元だけほんの少し緩めて、何でもない顔で麺をすすった。

 穂乃花は安心したみたいに小さく笑って、ハンバーグを切る。

 

 ……だめだ。見られている。

 遅らせようとしても、箸は正直で。

 頬が熱くなるのを誤魔化すみたいに、目を丼へ落として、さらに一口。

 少しして、光莉がストローを噛みながら、思い出したみたいに言う。

 

 「ねえねえ、このあとどこ行く? ゲームコーナーあるらしいよ!」

 

 「……それか本屋ね。穂乃花、さっき文具見てたでしょ」

 

 椎奈が当然みたいに選択肢を並べる。

 

 「……ほ、本屋、行きたいかもです……。でも……雑貨も……もうちょっと見たいです……」

 

 どれも、楽しそうで、どうでもよさそうで。

 自分はカツ丼の器の中身が減っていくのを見ながら、ふと思う。

 

 この時間が、ずっと続けばいいのに。

 ――そんなこと、口に出すほど、まだ自分は素直になれなかった。

 

 だから、代わりにもうひと口、熱い卵と米を口に運んだ。

 



 

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