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スタイル・オーバーライド(2)




 そうして、彼女たちに連れられて辿り着いたのは、ショッピングモールだった。


 地方の若者はショッピングモールしか行くところがないという偏見を聞いたことがあるが、すこし信憑性が増してきた。



 

 目の前の建物を見上げる。


 「……でかい」


 大きい。とにかく大きい。

 横にも縦にも伸びていて、入口のガラスは空を映し、看板の文字は高いところで光っている。


 身長が縮んだぶん、世界のスケールだけが勝手に増したみたいだった。


 駐車場も広い。

車の列が、まるで別の街の屋根みたいに並んでいる。



 

 

 呆けたまま立ち尽くしていると、光莉がすっと隣に来て、何でもない顔で自分の手を取った。


 その温度に、反射で指先が緩む。

振り払うほど強い拒否ではなく、ただ、握られた形をほどくみたいに力が抜ける。


 光莉はそれに気づいたのか、ちらりとこちらを見た。

 次の瞬間、にこ、と笑って、握り返す。

小さな子供の手――今の自分からしたら、すこし大きく感じるその指が逃げ道を塞ぐみたいに、ほどけかけた自分の指をもう一度、ちゃんと形に戻してくる。


 

 そのまま自分は引かれて歩き出した。


 


 椎奈が少し前を行き、穂乃花がすぐ後ろでついてくる。三人の歩幅は、こちらに合わせているのに、迷いがない。


 入口をくぐると、空気が変わった。

 外より少し冷たく、甘い匂いが混じる。焼き菓子か、香水か、あるいは新品の布と洗剤の匂い。明るい照明が床に反射して、視界の端がきらきらする。


 人の声が重なって、遠くで波みたいに揺れていた。


 椎奈が迷わず案内板を確認し、短く頷く。行き先は自然に決まった。

 光莉は手を離さないまま、当然みたいに曲がり角を曲がり、穂乃花は「……あ、こっちです」と小声で補助する。自分はただ、流される。


 

 やがて、色の密度が変わった。

 パステルの棚、リボン、フリル、刺繍。小さなマネキンが、片足を少し上げた元気なポーズで立っている。


 ハンガーラックの高さも低い。子どもの手が取りやすい位置に、服がずらりと並べられていた。


 ガールズ向けの売り場だと、空気だけで分かる。こちらの身体に向けられた商品が、最初からそこに揃っている感じがした。


 袖口はリブで、裾もきゅっと締まっている。スカートのウエストは、ほとんどがゴム。


 「動きやすさ」の顔をしながら、装飾だけは遠慮なく可愛い。リボンが付いて、ボタンが星やハートで、柄は小花やドットが細かい。




 光莉が目を輝かせて、ラックの間に消えた。

 椎奈も、同じ速度で別の列へ向かう。二人とも、まるで狩りの顔だ。

 穂乃花だけが少し困ったような、苦笑いでこちらを見る。

 


 なんだかよくわからないが、視線の置き場に困って、とりあえず自分も服を探すことにする。



 自分は長袖ならなんでもいいので、この売り場では少し浮いている無地のセーターを手にとる。

 値段も比較的お手頃だ。



 

 ほどなくして、ボトムスを探しながら、元いた穂乃花のそばへ戻ってくると、光莉が小走りで戻ってきた。


 自分を見るや否や、手に持っていた無地のセーターをひったくられ、腕に抱えている甘い色のワンピースを自分と穂乃花に見せつけてくる。



 「見て! これ! 絶対これ! くさりちゃん小柄で可愛いんだから、こういうのが一番映えるって!」


 見せつけてきたワンピースは、淡いピンクとクリームの中間みたいな色で、胸元に小さなリボン。スカート部分は二段に重なって、歩いたらふわっと広がりそうだ。

 袖は短めで、上に薄いカーディガンを合わせる前提らしい。裾の縁は波みたいに丸く切り取られていて、近くで見ると縫い目の刺繍まで丁寧だった。



 すると、同じくらいのタイミングで椎奈も戻ってくる。

 手にしているのは、白のブラウスと、落ち着いたネイビーのスカート。それに、薄いベージュのジャケット。

 ラインがすっきりしていて、派手さはないのに、きちんとして見える。襟元には小さな飾りボタン。

 スカートは広がりすぎない形で、足元がすらっと見える設計だ。ウエストは意外にもゴムで、見た目より実用的だった。


 

「絶対こっちよ。……顔立ちが整ってるんだから、甘さで埋めるより、端正さを活かした方が似合う」


「えー!? でも、可愛いの着せたいじゃん!」

 

「可愛いは今のままでも十分。着る服で安っぽくしないのが1番よ。」


 自分そっちのけで、言い合いが始まる。


 似合う、似合う、と押し合いながら、二人とも一歩も引かない。光莉は「絶対こっちの方が好き!」という勢いで、椎奈は「似合うのは事実」と言い切る。


 自分は、二着の布の量と、試着室の距離だけを考える。めんどくさい。


 

 穂乃花が、二人の間で小さく息を吸った。


 「……あ、あの……喧嘩しなくても……。」

 

 二人の視線が、同時に穂乃花へ向いた。

 

 そして、同時に問いかける。

 

 「じゃあ、穂乃花ちゃんはどっちがいいと思うの?」

 

 「……そうね。穂乃花、どっちが似合うと思う?」


 

 「えっ……わ、わたしが決めるんですか……?」


 穂乃花は二着を見比べ、それからこちらを見る。迷いが顔に出る。間を取りたい、という気持ちも見える。


 けれど、最後に穂乃花が選んだのは、椎奈の方だった。


 「……こっちの方が、落ち着けそうで……。くさりさんの雰囲気に合う気がするので……」

 

 光莉が「えー……」と不服そうに頬を膨らませる。

 椎奈は勝ち誇ったように、腕を組む。まるで、「当然でしょ」といったような顔。



 そのまま、椎奈が持っている服1式を押し付けられ、無言で試着室に促される。


 拒否権の無い空気感の中、渋々服を受け取って、試着室のカーテンをくぐる。



 

 試着室用のカーテンが擦れる音。


外の明るさが途切れて、狭い空間に鏡だけが残る。


 足元に小さなスリッパが置いてあって、サイズが子ども用だと分かる。こういうところまで徹底しているのか、と変に感心した。


 

すこしの躊躇いの後、すっかり馴染んだピンクのパーカー達を脱いでいく。


脱いだ服を軽く畳み、足元のカゴに置く。


 

そして、目の前の難敵と対峙する。

 

―――すごく嫌だ。

しかし、外では3人が談笑しながらも待っている気配を感じているので、躊躇いながらもブラウスを手に取る。


 

 袖を通す。

 布が肌を撫でる。

 ブラウスのボタンを留める。


 動作の一つひとつが、現実味が無いかのように、どこか遠い。


 首元のタグが柔らかくて、チクチクしない。名前を書く欄があって、そこだけが妙に現実味を持って目に入った。



 

 鏡の中に、少女が立った。


 肩で跳ねる灰色の髪。頬の輪郭は柔らかいのに、目元だけが妙に澄んでいる。


 ブラウスの白は清潔で、ジャケットの薄い色が顔の透明感を拾う。ネイビーのスカートが全体を締めて、背筋が勝手に伸びて見えた。


 ——綺麗だ、とは思う。判断だけが、静かに落ちる。

 

 ただ、その感想に、熱が伴わない。

 

 鏡の中の少女はちゃんと存在しているのに、現実味が薄い。映画のシーンみたいで、手を伸ばしても触れられない感じがした。



 

 ――外から、光莉達が自分を急かす声が聞こえる。



 息をひとつして、カーテンに手をかける。

 

 開けた瞬間、三人の顔が並んでいて——なぜか、少し離れたところに店員さんまでいた。

 売り場の端で作業していたはずなのに、いつの間にかこちらに正面を向けている。



 「うわ……! やば、めっちゃ……似合う……!」 

 光莉が、どこか悔しそうな顔で褒める。



「……これは……想像以上ね」

椎奈は一瞬だけ言葉を失ったあと、視線が、頭の先から足元まで、すっと一往復する。


「……す、すごく、似合ってます……。くさりさん……!」

 穂乃花は安心したみたいに笑って、目元が少し潤む。



「……あっ、失礼いたしました。思わず……。お客様、とてもお似合いです」

 

 店員さんは背筋を正し、控えめに頷いた。

 

「こちらのセット、ジャケットで上品にまとまるので、学校行事とか、お出かけにも使いやすいんです。サイズ感もぴったりですね」

 プロの「お似合いです」には、変な重みがある。



 

 それが合図になったみたいに、空気が弾けた。

 

「じゃあ次これ! 絶対これも着て!」 

「上にこれ合わせたら、もっと映えるわ」

「……こ、これも……その……見てみたいです……!」 

「よろしければ、お色違いもお持ちいたしましょうか? 同じ形でも印象が変わりますので」

 

 ……何故か店員さんまで自然に混ざってくる。


 店員さんが声を掛けてくるタイプの服屋にあまり行ったことがなかったので、なんだか圧すら感じる。

 

 「あと、こちらは袖口がリブなので動きやすくて、今の季節でしたら薄手のカーディガンを合わせると安心です。お客様、寒がりではないですか?」


  

 自分の両手に、いつの間にかハンガーが増えていく。布の色が視界の端で揺れる。


 この服を着るだけでかなりの勇気の気力を使ったのに、これ以上、自分に試練を課すつもりなのか。


 

 「……もう、さっきのでいいんじゃないかな」

 

 言った瞬間、四方向から返ってくる。


「全然よくない!」 

「まだ始まったばかりよ」

「だ、だめです……! もう少しだけ……!」

「お客様、よろしければ、こちらもご試着だけでも……! 絶対お似合いになると思います」



 ——めんどくさい。



 でも、そうやって、あれでもないこれでもないと言い合う三人は、今までにないくらい生き生きとしていて、楽しそうだ。

 ついでに、店員さんまで楽しそうにしている。


 それを見ると、不思議と悪い気分にはならなかった。

胸の奥が、少しだけ緩む。


 自分は、押し付けられた次のハンガーを受け取る。


 流されているのに、どこかで、それが心地よかった。



 

 ——それから先は、布の色とハンガーの音ばかりが続いた。


  

 

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