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サテ・ビアワック



 





 モール裏手の倉庫。

 外から見ればただの無機質な箱にしか見えないが、中は小さめの体育館くらいの広さがありそうだ。 

 窓が少なく、壁の白さだけが妙に新しく見えた。


 

 「……ねえ、本当にここで合ってる? 物音ひとつしないけど……」

 

 ブレイドが倉庫の外壁に耳を当てながら、首をかしげる。

 

 こういう軽い魔力反応は、ここ一週間で増えていた。

 

 三人はなにやら訓練で忙しそうだが、その合間に呼ばれてさっと片付けられる程度の案件。

 小さくても反応がある以上、無視はできないのだろう。


 

 「合ってるわよ。反応もこの倉庫の中に出てる」

 

 セレスはそう言って、倉庫正面の半分ほど開かれたシャッターをくぐった。

 

 自分達もそれに続くと、乾いた空気と埃の匂いが鼻につく。

 

 中は天井が高い。 

 壁際にはパレットと積み荷が積まれていて、影が多い。

 

 間違いなくここに魔災獣がいるはずなのに、嫌に静かだ。

 その予感が形になるより先に――

 

 がたん。

 どこかのパレットが、小さく鳴った。

 

 それを合図にしたみたいに、倉庫の影が一斉に動いた。

 積み荷の隙間、壁の高い位置、梁の陰。

 もっちりした爬虫類のような小さな影が、ぬるり、ぬるりと現れる。

 

 数はざっと十数体。


 

 「うわあぁぁぁぁ!! 出た!!」


 ブレイドが叫び、そのままこちらに抱きついてくる。

 

 「……ブレイド、邪魔。」

 

 腕と胴が固定される。

 身長差もあって、ブレイドの胸元で視界が狭い。

 普通に邪魔だ。


 

 ――魔災獣たちは襲ってこない。

 ただ、音と振動に反応して動き出し、壁を走って影へ散ろうとする――そんな動きだ。


 

 「逃げ足は速そうだけど、戦闘力はなさそうね。落ち着いて潰していくわよ」

 

 セレスがハキハキ言う。槍はもう構えている。

 ドロップも弓を上げ、息を整えた。


  

 「ちょ、ちょっと待って……なに、あの……イモリ? ぶよぶよしててキモい!」

 

 「……イモリじゃなくてヤモリでしょ。イモリは水辺とかにいるやつよ」

 

 「ふ、太ったトカゲにも見えますね……。くさりさんはどう思いますか……?」

 

 「……すごくどうでもいいと思う」


 

 確かに、トカゲやヤモリを思わせる輪郭。

ただし妙に丸い。

 もっちりとしていて、張り付いた腹が壁から少しはみ出している。

 小型だが、魔災獣だと分かるには十分な存在感だった。

 

 自分が言い終わるより早く、セレスの左手から雷が走った。

 

 「……《スパーク・スティング》」

 

 短い電撃が壁を撫で、走っていた一匹が落ちる。

 

 ——だが、倒しきれてはいない。

 黒い粒子が散りきる前に、別の個体が音に反応して壁を走り、影へ潜る。

 床に落ちた個体も、もっちりした腹を擦るように、のろのろと積み荷の下へ逃げようとした。


 脂肪のせいか、多少は丈夫そうだ。

 

 この威力と射程で一匹ずつ追ったら、散らすように逃げて終わる。

 セレスの視線が一瞬で倉庫全体をなぞった。

 

 壁の高い位置、梁の陰。

 そして、入口へ向かって這いずる個体。


  

 「むりむりむり! 近い! やだ!」

 

 ブレイドはまだこちらにしがみついている。

 ぶんぶんと頭を振るせいで、ポニーテールが自分の両頬を交互にビンタしてくる。

 

 「……離れて」

 

 「むり!」

 

 助けを求めようとセレスの方を見ると、一瞬だけこちらを見たセレスと目が合う。


 「……くさり、先にシャッターを閉めて」

 

 「は?」

 

 セレスの指示に、ブレイドが信じられないといった調子で短く声を漏らす。

 

 自分はため息をついて、鎖を伸ばした。

 錆びた鎖が探るように床を這い、シャッター内側の取っ手へ絡みつき、勢いよく引く。

 

 金属が悲鳴を上げ、シャッターが途中で引っかかり、震え、抵抗する。

 

 ——構わず、さらに引いた。

 

 ごり、ごり、と無理やり下ろされ、最後は重量に負けるみたいに、音を立てて床まで落ちた。

 

 「えっ!? ちょ、ちょっと!? なんで閉めるの!? 密室やだぁ!!」

 

 ブレイドが抗議するが、セレスは顔色ひとつ変えない。

 

 「今は逃がす方が面倒。ここで全部仕留めるわよ」


  

 シャッターが完全に閉まり切る。

 

 出口を失い、ヤモリたちの動きが変わった。

 

 影の濃い場所へ。

 天井や壁の高い位置へ。

 逃げ場を探して、無駄に動く。

 

 「……これじゃ足りないわね」

 

 セレスが短く呟き、判断を切り替える。

 槍に電撃がまとわりつき、空気がぴりついた。

 

 魔力紋が小さく展開する。

 

 帯電した槍が手を離れ、空中でふわりと浮いた。

 重い武器を意思で支えるぶん、魔力の消費が大きいのが見て分かる。

 

 「……《ライトニング・ピアス》!」

 

 射出。

 

 直線の光が梁の陰へ走り、数匹をまとめて貫いた。

 

 黒焦げになった身体が張り付く力を失い、ぼとぼとと落ちる。

 

 黒い粒子がぱら、と散って消えた。

 槍はそのまま、ひとりでにセレスの手元へ戻る。

 

 「ドロップ。床の下。影に入る前に落として」

 

 「……はい!」

 

 ウォーターボルトが、積み荷の下へ滑り込もうとした個体を貫く。


 

 「セレスさん! 右の壁際! それと、左の積み荷の下もお願いします!」

 

 ドロップの報告が飛ぶ。

 セレスは即座に槍を振る。

 

 近距離は槍。

 高い位置は矢。

 テンポは一定で、作業みたいに正確だった。

 

 数が減っていき、落ち着いてきたのか、ブレイドがようやくこちらから離れる。

 

 ようやく邪魔がなくなったので、足元へ鎖を這わせ、パレット裏の個体を絞め落とす。

 

 こういう時、鎖は便利だ。


  

 「……だんだん慣れてきたかも。よく見たら、ちょっとだけ可愛い、かも?」

 

 やることがないのか、ブレイドがなにやら呑気なことを言っている。

 

 近づくと逃げられる相手だ。

 遠距離攻撃が主になるのも仕方がない。

 

 「ドロップ。天井クレーンの隅。まとめてお願い。」

 

 「……わかりました!」

 

 ドロップの視線が天井へ向く。

 淡く魔力紋が展開する。

 

「……《ヴェレノ・スパーダ》!」

 

 床と壁から、毒々しい剣状の棘が突き上がった。

 まとめて串刺しにされ、黒い粒子が一斉に散る。 

 撃ったあと、ドロップが小さく息を吐いた。



 

 「……終わった?」

 

 ブレイドが恐る恐る言う。

 

 直後、ぺたぺたと吸盤が床を擦る音。

 

 一匹だけ、まだ残っていた。

 他より太くて、丸い。

 

 必死に逃げようとしているが、とにかく遅い。


 

 「……なんか、あれだけ太くない?」

 

 「脂肪よ。たぶん」

 

 セレスが即答する。

 

 「……ブレイド。せっかくだから、あんたもアレやったら? あんなに練習してたんだし」

 

 「……え? あ、あれね! やるやる!」

 

 ブレイドの声が、さっきまでの怯えを引きずりながらも弾んだ。


 双剣を逆手に持ったまま、両腕を前に突き出す。

足元は少し不安定で、でも目だけは妙に真剣だった。


 「みてて、新技!」

 

 一瞬、呼吸を整える。

 魔力紋が展開され、魔力が集まる気配が空気を震わせた。


 「《マナ・レーザー》!」


 交差された双剣の前で、白く圧縮された魔力がきらりと輝く。

 次の瞬間、それは一本の光線となって一直線に放たれた。

 倉庫の空気を裂くような、澄んだ音。

 

 逃げ遅れた太い個体は、抵抗する暇もなく光に包まれ、その輪郭を崩していく。

 ほどけるように、消える。

 黒い粒子が床に落ちる前に、すべて霧散した。


 

 ブレイドは、少し遅れて腕を下ろした。

 

 「……ど、どう? ちゃんと当たった?」


 「さ、流石です、ブレイドさん……立派です……!」

 

 ドロップが感動したような声色で言って、少しだけ目を潤ませる。

 まるで、娘の成長を見届けた親のようだ。

 

「カッコつけてるけど、ただの初心者技じゃない。誰にでも適正のある、基本技みたいなものよ。」

 

 セレスのツッコミは、容赦がない。



 

 

 

 セレスが呆れたように息をつきながら、端末で反応が無くなったのを確認すると、倉庫の扉に手をかけた。

 

 錠が外れ、冷たい外気が少しだけ入り込む。



 

 「いや〜、楽勝だったね!」

 

 ブレイドが笑う。


  

 「……あんたは、ほとんど何もしてないでしょ」

 

 「えっ!? ちゃんと応援してたし!」

 

 「くさりの邪魔してただけよ」



  

 そんなやり取りを眺めながら、彼女達の少しだけ後ろを歩く。


  

 実際、三人は強い。

 

 判断も早く、連携もできて、無駄がない。

 

 それこそ——

 最初から、自分なんかいらなかったのかもしれない。

 そう思うのは、たぶん自分の癖だ。

 

 でも、その考えは胸の奥に、小さく残ったままだった。



 

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