キノコの正体(3)
図書館を出るころには、空の色が少しずつ橙に傾きはじめていた。
図鑑を抱きしめるようにして、穂乃花の斜め後ろを追いかけるように歩く。
路地裏から出ないでいたころは気づかなかったが、この街は自然が多い。
地域コミュニティの取り組みなのか、歩道沿いのビオトープや街路樹は青々としていて、少し遠くを見れば畑や田んぼもある。
田舎とまではいかないが、都会とはほど遠い。それでも、いい街だ。
道路の反対側に目をやれば、河川敷の土手に藤袴が群れるように咲いている。
風に揺れるたび、細い茎が少し頼りなく揺れて、それでも折れずに立っていた。
白い小花は淡く紫紅色を帯びていて、夕日にやけに映える。
……もう少しこの景色を眺めていたい――そんな思いからか、無意識に踏み出す足が鈍くなる。
「この道、私のお気に入りなんです。実は、ほんの少し遠回りなんですが……この景色が好きで、ついつい通っちゃうんです」
景色に見とれて歩みが遅くなった自分に気づいたのか、穂乃花は同じ景色を眺めながら、ぽつりとそう言った。
……少しの沈黙。
川の水音と、遠くを走る車の音だけが続く。
穂乃花の手提げカバンの中から、キーホルダーの端が少しだけ覗いていた。
沈黙を埋めるためか、衝動なのかはわからない。それでも、思わず口を開く。
「……穂乃花は、なんで魔法少女になろうと思ったの?」
「わたし……ですか?」
足を止めた穂乃花が、きょとんとした顔で振り返る。
「……ごめん。穂乃花って、戦うのが好きじゃなさそうに見えたから」
なぜ自分でもこんなことを言ってしまったのだろう、そう思いながらも、一度吐いた言葉を取り消せずにいた。
「……最初は、憧れがありました」
少し間を置いてから、穂乃花はまた歩き出し、静かに続ける。
「魔法少女って、同い年の子たちの間でもすごく人気で……テレビやネットでも、いつも話題で……。ただ、ぼんやりと、いいものだと思っていました」
夕焼けに染まる川面を見ながら、穂乃花は言葉を継いだ。
「それで……ある日、魔法の適性があるってわかって。しかも……かなり高いって。
嬉しかったです。でも……半分は、周りに背中を押されるみたいな形で、魔法少女になりました」
語りながらも、穂乃花は一度もこちらを向かない。表情はわからない。
それでも、言葉が少しだけ重くなるのは伝わってきた。
「……実際は、魔法を使うのも、戦うのも……怖くて。誰かを傷つけてしまうんじゃないかって。
……逃げ出したことも、ありました」
その言い方には過去を責める響きはない。ただ事実として、机の上に置くみたいな声だった。
「そんなときに……椎奈さんと、光莉さんに会いました」
声が、少しだけ柔らぐ。
「わたしより、ほんの少しだけ先に魔法少女になっていて……ふたりとも、すごく頼もしくて、真っ直ぐで……。 ……わたしを、当たり前みたいに迎え入れてくれたんです」
歩調が、ほんの少しだけ緩む。
「魔法少女になることも、戦うことも、怖いだけじゃないって。
誰かのそばに立って、誰かを守るための力なんだって……教えてもらいました」
「……な、なんだか、恥ずかしいですね。こんな話」
はにかんだような声で、少し恥ずかしそうに肩をすくめる穂乃花。
「わ、わたし、臆病で……。ほかの地域の子たちよりも、ずっとずっと弱いのに……」
また、いつもの声色に戻る穂乃花。
きゅっと縮みこんだ背は、年相応の小ささに見えた。
それでも――。
「そんなことは、ない」
自分の口から、はっきりとした声が出た。
穂乃花が少し驚いたように振り返る。
多分、もっと気の利いた言葉はあったかもしれない。
でも今は、自分の気持ちを少しでも伝えたいと思えた。
「……穂乃花たちは、強いよ」
それこそ自分なんかより、ずっと強い。
それは、戦い方の話でも、結果でもない。
穂乃花はしばらく黙っていた。
それから、ふっと足を止める。
「……くさりさん」
もう一度、こちらに振り返る穂乃花。
いつものように俯いたりせず、碧い瞳が真っ直ぐに自分を射抜く。
その表情は、いつもの柔らかさの奥に、もう一つの色が混じっていた。
もう一歩、こちらへ踏み込もうとする――覚悟。
「わたしは……あなたが、政府を避ける理由は聞きません。でも……一つだけ、聞きたいことがあるんです」
夕日が、彼女の淡い水色の髪を照らす。
「……くさりさん。あなたが戦う理由は、なんですか?」




