キノコの正体(2)
図書館はそこまで遠くはなく、徒歩圏内にあるとのことで。
しばらく穂乃花について歩いていくと、小綺麗だがシンプルな建物が見えてくる。
てっきり地方の図書館となると小さく古臭いものだと思っていたが、最近改装されたそうで敷地も広そうに見える。自然を取り入れつつ、手入れがしっかりと行き届いている。
駐車場沿いの道を抜け、セキュリティゲートの設けられた入口を通ると、本がたくさん置いてある場所特有の匂いと、落ち着く色合いの内装が目に入る。
初めて来る場所なのに、なんだか懐かしい感じがする。最後に図書館に行ったのが子供の頃だからだろうか。
数少ない来館者の層も、学生や親子などの未成年が多いように見える。
懐かしい静けさに浸っていると、ふと今回ここへ来た理由を思い出す。
キノコの図鑑を探すには……植物図鑑の近くを探せば見つかるだろうか。だとしても、場所の目星もつかない。
ちら、と穂乃花の方を見ると、意図を察したのか、「こっちですよ」と小声で言い、ゆっくりとした歩幅で先導してくれる。
歩みの速度は遅くとも、彼女にしては迷いがなく、なんだか慣れていそうだ。
そういえば、図書館に行くという話を切り出した時も、図書館に来るまでの道程も、穂乃花はなんだか楽しそうにしていた。
大人しい彼女の印象に違わず、きっと読書が好きで、普段からここに来ているのだろう。
普段よりすこし背筋の伸びた彼女に連れられながら、様々なコーナーの本棚を流し見していく。
図書館だから当たり前なのだが、本当に色々なジャンルの本があり、絵本や児童書、漫画まである。
漫画に関しては少し興味が湧いてしまうが……今はぐっと抑える。
不思議なことで、既視感のある背表紙はあっても、知っている作品は見当たらなかった。
すこし離れた奥の棚を見れば、背表紙の無いファイルのような物が差し込まれている棚もあった。
「ここの図書館は、紙芝居の貸出もしているんですよ。宵ヶ丘市は児童館向けの紙芝居ボランティアが活発なので、需要があるんです」
なんだろう、と思いながら見つめていると、穂乃花が小声で説明してくれる。
地域の高齢化への対策としてなのだろうか。
そういえば、街中でも若者は正直あまり見かけない。
自分は、成人してからは都心から離れたことがないので実感は無かったが、きっとどの地域でも問題視されている事なのだろう。
それらの棚を通り過ぎていくと、少しずつ、生き物関係の本が増えてくる。
博物誌や科学書などもあれば、漫画形式の教養本、
そして動物図鑑とかも見えてくる。
「わたし、小さい頃から動物が好きなんです……!
ふわふわで可愛くて……色々な姿形があって……。くさりさんは、お好きですか……?」
小声ながらも、すこし興奮気味にこちらに語りかけてくる穂乃花。
「……わたしも、動物は、すき。
マグロと鮭、あと牛と豚もすき」
「……もしかして、食べる方の話してますか……?」
ジト目でこちらを見てくる穂乃花。
どうやら間違った返答をしてしまったみたいだ。
……年頃の女の子との会話は難しい。
そんなやり取りをしながら、図鑑の棚の背表紙を流し見していると、目的であるキノコの図鑑を見つける。
簡易的な図鑑なのか、比較的分厚くはない。
しかし、取り出してみると、身体が縮んでいるせいなのか想像以上に大きく感じ、すこし抱えるような持ち方になってしまった。
「……あ、見つかりましたか? あちらに読書スペースがあるので、そこまで行きましょう」
穂乃花が指さした方向を見れば、開けたスペースにシンプルな机が設置されていた。子供でも使いやすくする為か、椅子は橙色の背の低いものが並んでいる。
早速読書スペースに図鑑を持っていき、椅子に座る。
……椅子の高さはピッタリだ。
図鑑の目次を開くと、各分類の項目のページ数がびっしりと記載されている。
それらを見てもわかるわけがないので、目次から探すのは諦めて適当にパラパラとページを開いていき、それっぽい物を探していく。
しばらくページをめくっていくと、見覚えのある白が入った写真が目に入る。
「……あ、こ、これじゃないですか……?」
それらしい写真を見つけると同時に、隣に座って一緒に探してくれていた穂乃花が、軽く身を乗り出して教えてくれる。
……しかし、その声はすこし遠慮気味だ。
嫌な予感がして、写真の横の項目に目をやると――。
食毒:毒
悪寒や頭痛、激しい胃腸炎を起こす。
…………この世には、絶望した。
いまなら世界を滅ぼす魔王の気持ちがすこしわかるかもしれない。
「……あ、あれだけ沢山生えていたので、別の種類もきっとありますよ! この図鑑にも似たような環境と時期に生えてくる種類が沢山載ってますし……!」
闇堕ちしかけていた思考が、穂乃花の慰めの言葉によって引き戻される。
確かに、図鑑の同じページには食べられる種類のものが複数載っている。
中には、美味しい食べ方が末尾に記載されている種類もあるようだ。
「これからの時期に生えてくる種類もあるみたいですね……。せっかくなので、この図鑑借りて行きましょう……!」
こちらを落ち込ませまいと、言葉を繋げていく穂乃花。
確かに、図鑑の背表紙の下の方には、青いシールで「貸出可」の文字が付いている。
しかし――。
「……わたしは、貸出カード持ってない」
戸籍すら無い人間に、市民が手続きした上で手に入る貸出カードなど持っているわけがない。
「あっ……。で、でしたら……」
穂乃花が、胸の前でそっと両手を握りしめる。
「わ、わたしが代わりに借りますよ……! 貸出カードも、ちゃんと持ってきてますから……」
手提げカバンから、簡易的な作りの貸出カードを取り出す穂乃花。
ここの図書館がどうかはわからないが、転貸は基本的にダメな気がするが……、こうして登録無しで戦う違反者を匿ってる時点で今更なのかもしれない。
……なんだか、年下の子に気を使わせているようで、すこし申し訳なくなってくる。
「……いいの?」
「も、もちろんです……! わたしにも、また今度じっくり読ませてください…!」
そう言って穂乃花は、頬を掻きながら頷き、優しく微笑んだ。
「……そう。じゃあ……ありがと」
図鑑を胸に抱え直すと、紙とインクの匂いがふわりと鼻をくすぐる。
彼女との小さな繋がりを胸に抱えながら、貸出カウンターの方へ歩き始めた穂乃花の背中を追いかける。




