キノコの正体(1)
ホームレスの朝は早い(早くない)。
いつもなら昼過ぎにダンボール布団から這い出てくるところを、今日は昼前くらいに起きることができた。
えらい。
少し肌寒い公園の隅で、ぐーんと伸びをする。
そのままバンザイとスクワットを組み合わせたような動きを繰り返す。
……パッと思い出せる準備運動が、これくらいしかなかったのだ。
この準備運動は、落ち続ける昨対比にとうとう狂った専務が、朝礼と営業会議の前に一時期義務化させていた、無駄な行動の1つ。
胸の前で手をぐるぐる回し、腰をひねり、仕上げに深呼吸。
……こんなくだらない事でも、身体は覚えてるものなんだな。
これを実施する際に、流石に色々と抗議の声はあったらしいが、専務は決まってこの準備運動の意義を熱烈に説明していた。……何て言ってたかな。確か……
「な、なに……してるんですか……?」
背後から、おずおずとした声がした。
振り返ると、穂乃花が立っていた。
突然の小さな来客に少し驚きつつも、とりあえず無言で見つめてみる。
すると、少し気まずくなったのか、いつもの軽い内巻きのミディアムヘアを手でいじり始める。
「……これは、意識を高める準備運動。成果のある一日にする為のもの、……らしい」
「は、はあ……そうなんですか……?」
胡散臭いモノを見るような、少し困ったような顔をする穂乃花。
残念、現代っ子にはこの意義が伝わらなかったようです、専務。
「それより、穂乃花、きょうは一人?」
ここ最近——あの三人がこの公園に来るようになって、だいたい1週間と少しくらい。
休みの日や夕方くらいになると、偶に誰かしらが顔を出すようになった。
「は、はい。光莉さんは……陸上のクラブらしいです…。来月末に大会があるみたいで、練習があって来れないと大声で嘆いてました……。」
「椎奈さんは、また別の用事があるとの事で……。わ、私一人で来ちゃいました……」
そこで、穂乃花はおずおずと顔を上げる。
「ご、ご迷惑……でしたか……?」
上目遣いで、不安そうな瞳がこちらを伺ってくる。
……穂乃花なら、鬱陶しかったり、ちょっと怖かったりもしない。
それに、少し気が合いそうな雰囲気がある。なんというか、インドア派な感じなところとか。
まあ、今の自分はある意味究極のアウトドアとも言えるが。
「……迷惑なんてことは、ない」
「……! よかった、です……!」
ぱあっと、花が咲いたみたいに笑顔になる。
そんな穂乃花の反応をみてしまうと、こちらも絆されるような感覚になる。
そんな穂乃花だが、ハッと何かに気付いたかのような表情をした後、またしてもこちらを伺うように、もじもじとこちらを見る。
「…で、でも……な、何して遊びましょう……?」
「…………」
……元気いっぱいのムードメーカーも、頼れるリーダーも不在な今。
普段から主体性の薄い2人は、公園の真ん中で立ち尽くすしかなかった。
──────
とりあえず、雑木林を探索することにした。
ここは、自分にとって1番落ち着く場所だ。
そのため、雑木林を特に意味もなく探索するのは、ある意味唯一の趣味とも言える。
「ひぃっ……! む、虫が足元にっ……!」
後ろを着いてくる穂乃花の声も、なんだか楽しそうだ。
きっと、虫をみつけて喜んでいるんだろう。
そう思いながら歩いていると、木々の間の少し開けた所に、ぽつぽつと白っぽい何かが見えた。
なんだろうと思い、近寄って雑草を軽く掻き分けてみると……
「……きのこ?」
新品の野球ボールのような色のキノコが雑草の隙間からいくつも顔を出していた。
色合いもなんだか綺麗で、形も崩れていない。
キノコ好きならもしかしたら喜んでしまうかもしれない。
しかし、自分はキノコは嫌いだ。
小さい頃からあまり好き嫌いは無かったが、どうしてもキノコだけは駄目だった。
食感と、見た目のせいなのか、給食で出された時はかなり苦戦した記憶がある。
大人になってからは自分の好きなものばかり食べていたので、もしかしたら味覚が変わって食べられるようになっているかもしれないが……。
正直、今でも触るのもあまり気が進まない。
どこか苦手意識があるのだろ。
でも——今は事情が少し違う。
(これは、たべられるキノコ……かな?)
雑木林のあちこちに、形は微妙に違うが似たようなキノコがぽつぽつと生えている。
「な、何か見つけましたか……? ………キノコ……?」
背後から、穂乃花の声がのぞき込む。
そうか、今日は1人じゃない。
優等生っぽい印象のある穂乃花なら、もしかしたら判別がつくかもしれない。
「穂乃花は、きのこに詳しかったり、する?」
「い、いえ……。さっぱりです……」
「…………」
しょんぼりと、肩が落ちる。
せっかく食料を見つけたのに、毒がある可能性があるなら迂闊に口に入れることはできない。
「あ、あの……」
穂乃花が、少し考えるように首をかしげてから、口を開いた。
「こ、こういう時は、図書館で調べたりするのが、いいんじゃないですか……? きっと、図鑑とか……あると思います……!」
……なるほど。そういうのもあるのか
本で調べる、という発想が、すっぽり抜け落ちていた。
自分の生活圏には、もう長いこと「図書館」という単語が存在していなかった、というのもある。
それに、キノコの他にも生活に役立つ知識が身につくかもしれない。
そうと決まれば、善は急げだ。
「行こう。連れてって」
「は、はい……分かりました……!」
自分がすくっと立ち上がると、少しびくっとしながら、穂乃花は威勢よく返事をしてくれる。
雑木林を出て、穂乃花に先導されながら歩き出したところで、ふとこちらを見た穂乃花がくすりと微笑みながら口を開く。
「……ふふ、………くさりさんは、キノコがお好きなんですね」
「いや。キノコは嫌い」
「………え?」
……でも、しいたけ出汁の麺つゆだけは、許してあげてもいいかもしれない。




