侵略者
なんてことのない、昼過ぎ。
いつもなら、雑木林の中か、路地裏のダンボール布団で丸くなっている所だが。
今日は晴れた太陽の下にさらされている。
しかも、いつもの雑木林近くのベンチではなく、道路側の木のそばの少し広めのテーブルと椅子の所に座っている。
何故かというと、
「ほら! みてみて、くさりちゃん、うちの家のハムちゃんだよ〜〜」
少し前まで、自分だけの聖域であったこの静かな公園は、隣に座るポニーテールの少女の元気いっぱいの声量のせいで騒がしくなっていた。
また公園に遊びに来る、とは言っていたが、まさかこんなにすぐ、数日後に来るとは。
しかも、昼過ぎに何となく雑木林で過ごしていたら、アポなしで突然来たものだから、かなり驚いた。
とはいえ、自分は連絡手段を持っていないし、持っていたとしても連絡先を交換するつもりもないので、事前に連絡など出来ないのだが。
光莉が押し付けるようにこちらに向けてきたスマホには、絶望的なネーミングを付けられた可哀想なハムスターのおしりだけの姿が写っている。
ちゃんと見えてるから、そんなにほっぺたにスマホを押し付けないでほしい。鬱陶しい事この上ない。
「はあ……光莉、遊んでないで手を進めたらどう?」
「そうですよ……。光莉さんが一人で出来ないから手伝って欲しいって言ったんじゃないですか……」
3人分のプリントと冊子を挟んだテーブルの反対側に座る2人が、呆れたような表情でこちらを見る。
光莉に連れてこられてきたであろう椎奈と穂乃花。
2人はこの公園に来た時も、筆記用具の入った手提げカバンを持ちながら、光莉に手を引っ張られつつ、少し申し訳なさそうにしていた。
「もう頭がパンクしちゃいそうだもん! これは大切な息抜きだよ!」
光莉は2人に対して抗議の声を上げた後、すぐにまたスマホを操作し、光莉の家で飼っているであろうハムスターの次の動画をこちらに見せつけてくる。
目の前のスマホに映るハムちゃんさんは、巣箱の中に頭を突っ込んで、床材の紙製マットを掘っているのか、もぞもぞしている。
巣箱からはおしりしか見えないので、どんな柄かはわからないが、一生懸命掘っている様子は確かに可愛い。
少し頬が緩む。
ふと、視線を感じて顔を上げると、光莉が何やらニコニコ微笑んでいる。
なんだろう、と思い周りを見渡せば、穂乃花と椎奈も、こちらを見て同じように微笑んでいた。
ほっぺたを触ってみると、自分の思っていた以上に口角が上がっている。自分がハムスターの動画で少し頬が緩んでいるのを見られたと悟り、子供っぽいところを見られた気がして、恥ずかしくなる。
顔が熱くなるのを感じながら、目の前のスマホを光莉に押し返す。
「もっと見てもいいんだよ〜。まだまだあるから!」
「……いらない」
ニヤニヤとこちらを見ながらからかってくる光莉に、ぶっきらぼうに言い返す。
普段から愛想笑いの一つも出来ないほど、表情筋の死んだ身体だと思っていたのに、こういう時だけしっかり反応するなんて。恨めしい。
椎奈と穂乃花の二人も、こちらのやり取りを見て、微笑ましいものでも見るような暖かい目を向けるばかりだ。
こんな年下の子達にこんな子供扱いを受けるとは、屈辱だ。今すぐ路地裏のダンボール布団に逃げ帰りたい。
「くさりちゃんの笑顔可愛かったなあ〜。もっと見せてよ〜〜」
「……うるさい」
既に鉛筆も置いて、宿題と椎奈の方向を見てすらいない光莉が大袈裟な動きで抱きついてくる。
……今日は雑木林でまったりして、その後はダンボール布団で惰眠を貪るつもりだったのに。
至高のホームレスの生活を邪魔する侵略者を牽制する為に、できるだけ眉を顰めた表情を作り、不機嫌であることをアピールする。
しかし、そんな自分を見た光莉はますます笑顔になり、今度は勢いよく立ち上がる。
「よーし、今日はいっぱい遊ぶぞ! 宿題だって明日のテストだって、もうどうだっていい! くさりちゃんの笑顔のためならなんだってしちゃうよ!」
空に拳を掲げ、学生の本分を投げ捨てるような宣言をする光莉。
「……まったく、あんたが宿題やりたくないだけでしょ」
「ひ、光莉さんのプリント、まだ二問くらいしか進んでないように見えるんですが……」
呆れた声で返す2人だが、どこか表情は柔らかい。
きっと普段からこんなやり取りをしているのだろう。
日頃から体を張って街を守る為に戦う、魔法少女達。
そんな彼女達の、年相応のなんてことの無いやり取り
を見ていると、どこか懐かしさを感じる。
自分にも、こんな時期があっただろうか。
時の流れで忘れてしまったのかもしれないし、そもそもそんなものは最初から無かったのかもしれない。
そんなことを思いながら、普段と違って騒がしいこの公園を、少し心地よく思ってしまう自分がいた。




