コンクリート・ジャングル(2)
「——作戦を変えるわ」
電柱の陰から振り返り、三人を一望する。
「ドロップとくさり。次の投石をできるだけ撃ち落として」
ドロップが、驚いたように目を瞬かせる。
「撃ち落とす……?」
「そう。全部は無理でも、ブレイドとわたしの進路上だけでいい。
その瞬間だけ防いでくれれば、私たち二人が間合いに入れる」
「……できる、範囲で、やってみます……!」
ドロップが、ぎゅっと弓を握り直した。
くさりも、小さく頷いてドレスの裾から鎖を数本、ずるりと引き出す。
「…頼んだわよ、二人とも」
セレスは前を向き、槍を低く構えた。
「…次の投石が来たら——正面から突っ込むわよ。準備はいい? ブレイド」
「任せて!」
ちょうどそのとき、猿型が再び腕を背中に回した。
今度は塊をまとめて、五つ、六つ。
掴んだ瓦礫が、魔災獣の常識外の握力で軋む。
「来ます……!」
「——今!」
セレスは電柱の陰から飛び出した。
ブレイドも、そのすぐ横を走る。
「二人とも、前だけ見て走ってください……!」
ドロップの声が飛ぶ。
猿型の腕がしなる。
複数の瓦礫が、一直線に、接近を試みるセレスとブレイドめがけて投げつけられた。
「《スプリット・アロー》……!」
ドロップが弓を引き絞り、いつもの水属性由来の矢ではなく、白く淡い光の矢を放つ。
光の矢は空中でぱんっと弾け、複数の小刃が扇状に広がった。
飛来する瓦礫の先頭が、小刃に叩かれて砕ける。
軌道を外れた破片が、セレスたちの頭上をかすめていった。
だが、小刃だけでは砕けないサイズの塊が、なお二人の進路をふさぐ。
「…くさり!」
呼びかけに応じて、黒鉄の鎖が二本、地面から跳ね上がるように伸びる。
ドロップの小刃をすり抜けた塊の側面を、横殴りに叩きつけた。
金属の打撃音が響く。
コンクリート片が砕け散り、進路上の障害が消えた。
「くさりちゃん、ナイス!」
サンブレイドが叫ぶ。
視界の先、魔災獣との距離が一気に縮まる。
猿型は、投石が防がれたことに一瞬だけ戸惑ったような動きを見せ——それでも構わず、腕を振り上げて直接迎え撃とうとする。
「させないわ——!」
セレスは足を止めずに、槍に即席で雷を集め始めた。
「《サンダー・ランス》!」
穂先から放たれた雷光の槍が、猿型の振り上げた肩口に突き刺さる。
バチィッ、と激しい雷鳴。
魔災獣が衝撃と共に身を震わせ、背中の瓦礫が何枚も外側からひび割れた。
「——ブレイドッ!」
「行くよっ!」
サンブレイドが、雷撃の余韻を突っ切って跳び込む。
双剣が交差し、背中の瓦礫ごと斬りつけられる。
コンクリートとアスファルトの層に、大きな亀裂が走った。
砕けた破片が、がらがらと地面へ崩れ落ちる。
「もう一撃——!」
セレスは横合いから回り込み、瓦礫の割れ目と本体の境目を狙って槍を突き立てる。
硬い感触のあと、ぐに、と肉を貫く感触が手に伝わった。
光の粒子が、一瞬だけ派手に噴き出す。
「……っ、まだ……!」
一瞬体勢を崩した魔災獣だったが、距離を取るように大きく後ろへ跳び退く。
それと同時に、背中の瓦礫がぼろぼろと剥がれ落ちていく。
さっきまで分厚い甲羅みたいだった瓦礫は、みるみる薄くなっていった。
「よし……防御はだいぶ削れた……!」
「ほんとだ、なんだかスッキリしたね……って、なんか様子が変じゃない?」
サンブレイドが、嫌な予感を込めて呟く。
猿型は、荒い呼吸を繰り返しながら、残った瓦礫を自分で振り払うように身を震わせた。
最後の数枚が地面に落ちると——そのシルエットが、ひと回り細くなる。
露出した四肢には、無駄のない筋肉が浮かび上がっていた。
長い腕が、さっきまでよりもずっと軽そうにしなり、露出した鋭い爪が道路のコンクリート面に食い込む。
「……さっきより、ずっと身軽になりましたね……」
ドロップの声に、セレスも小さく息を呑む。
「防御を捨てて、機動力に全振りってところかしら」
次の瞬間、猿型が地面を強く蹴った。
ずるずると這うように動いていたさっきまでとは、まるで別物のスピード。
跳躍で一気に距離を詰めるのかと思いきや、電柱に片手で飛びつき、その反動を利用して隣の家の壁へ、さらに屋根の縁へと跳び移る。
「わっ……は、速っ!?」
サンブレイドが目で追いきれずに首を振る。
魔災獣は、そのまま屋根から屋根へ、電柱から壁へと、四方八方に跳び回り始めた。
猿の影が描く軌跡が、住宅街の上空にぐるぐると円を描く。
「……ここからが、コイツの本来の戦い方、ってところね」
セレスは、頭上を走る気配から目を離さずに言う。
くさりの鎖が、警戒するようにわずかに広がる。
ブレイドは双剣を構え直し、ドロップも弓を握り直して、空をにらんだ。
屋根の上で瞬く影が、再びこちらへ向かってきた——。




