コンクリート・ジャングル(1)
眩い光が収まり、視界がはっきりと戻る。
白ジャケットは、いつもの紺のドレスと装甲に変わっていた。
肩口までまとめたハーフアップの髪が、少しだけふわりと揺れる。
「位置は、さっきの通知だと第三ブロックの交差点付近。行くわよ」
そう告げて一歩踏み出そうとして、ふと振り返る。
そこにはすでに黒いドレスの小さな少女が立っていた。
灰色の髪、足首の鎖、手首の枷。
宵の闇をそのまま布にしたみたいなドレスが、風もないのにゆらりと揺れる。
「……くさり?」
思わず、確かめるように仮の名前を呼ぶと、彼女はこくりと頷いた。
「……わたしも、行く」
小さいけれど、はっきりとした声だった。
さっきまでの、居場所を奪われるのを恐れるような、弱々しい素顔の名残は残したまま。
それでも、その瞳と姿は、変わらず頼もしく見える。
「……わかった。感謝するわ」
魔災獣の出現が確認されたなら、志乃原さんを含めた司令との通信もじきに繋がる。
だから今は、椎奈としてではなく、セレススピアとしての顔で、短くそう返す。
「ブレイドは先頭。ドロップは後方支援。くさりは状況を見て、拘束と防御を優先。いいわね?」
「了解〜〜! 任せて!」
「わかりました……!」
くさりも、小さくだが頷いてくれる。
「じゃ、行こっか! セレス!」
「ええ。——行くわよ」
日の傾きかけた公園の遊具を横目にフェンスの切れ目を抜け、四つの小さな影は、静かな住宅街へと駆け出していった。
──────
出現予測地点は、公園から少し離れた住宅街の外れだった。
低いマンションと古い二階建ての家が入り混じる、狭い十字路。
電柱が何本も立っていて、空はケーブルで格子模様になっている。
その交差点の真ん中に——黒い影が、どっしりと腰を下ろしていた。
「……あれね」
セレスは槍を握り直す。
胴体は普通より少し大きいくらいだが、腕だけが異様に長い、猿のようなシルエットの魔災獣。
ただし、決定的に違うのはその腕の数だった。
両脇から伸びた二本の腕に加えて、背中側からも二本、合計四本の腕が生えている。
黒い体毛にはひびが入り、そこから黒い粒子がじわじわ漏れている。
そして背中には——。
「あれは……刺さってるんじゃなくて、背負ってる、のかな……?」
サンブレイドが思わず声を漏らした。
魔災獣の背中一面に、コンクリート片やブロック塀、砕けたアスファルトの塊が、分厚い甲羅みたいに積み重なって貼り付いている。
この街の舗装材らしきものもあれば、明らかに別の場所のものと思しき破片も混じっていた。
「……おそらく、防御用にでも街中から絡めとってきたのね。厄介だわ」
「サイズは、中型よりちょっと大きいくらい……ですね……」
シルバードロップが、わずかに眉を寄せて呟く。
猿型の魔災獣は、こちらに気づいたのか、ぎょろりと目をむいた。
次の瞬間、関節を無視したような、細長い腕が背中に回る。
かろうじて前腕のあたりだけが、わずかに太く膨らみ、音を立てて瓦礫の塊をひとつ鷲づかみにした。
「これは……!」
「全員、回避!」
セレスの号令と同時に、魔災獣の腕がしなり、砕けた瓦礫が投げつけられた。
コンクリートの塊ひとつひとつが、まるで砲弾みたいなスピードで飛んでくる。
ドロップは咄嗟に水の膜を立ち上げていくらかを弾き、セレスとブレイドは道路脇の瓦礫や電柱の陰へ、それぞれ飛び退ってかわす。くさりは咄嗟に急浮上して、投石から逃れた。
背後で、アスファルトが派手に砕ける音がする。
鉄筋混じりの破片もいくつかあるのか、地面もガードレールも容易く削れていった。
「ちょ、今の、一つでも直撃したらアウトでしょ……!」
サンブレイドが、顔を引きつらせながら叫ぶ。
猿型は、こちらの様子をうかがいながら、その場から動かない。
投石に使った腕は、遠心力に耐えられなかったのか、ひしゃげている。
——だが、腕はまだ残っている。
魔災獣は、何事もなかったかのように別の腕を背中に回した。
「また来ます……!」
「くっ……」
セレスは歯噛みする。
遮蔽物から顔を覗かせることもできないまま、大小さまざまな瓦礫が次々と飛んでくる。
(二発、三発と投げさせて、腕を全部使い切らせる……そう思ってたけど——)
電柱の陰から一瞬だけ顔を出し、魔災獣の様子を確認する。
魔災獣は、最初の位置からほとんど動いていない。
腕は二本、ひしゃげてだらりと地面に垂れ下がっている——ように見えた。
だが、猿型がゆらゆらと身体を揺すると、ひしゃげた部分から、ゴキゴキ、と嫌な音がした。
折れ曲がった骨と肉が、少しずつ、じわじわと元の形に戻っていく。
「ちょっ……腕、再生してない!?」
サンブレイドが悲鳴まじりに叫ぶ。
三度目の投石が飛ぶ。
さっきよりも数が多く、軌道もばらばらだ。
四人はまた散開し、ギリギリのところで回避と防御に徹するしかなかった。
「投げて壊れた腕の回復の隙を、残った腕で補う……。いやなやり方ですね……」
ドロップの分析とも愚痴ともつかない声が、通信に乗って届く。
「この連続投石、かなり質が悪いわね……。接近できない……!」
「…少なくとも、正面からの突撃は……いまは、危険です……!」
ドロップの肩が浅くかすったのか、光の粒子がほのかに舞っている。
やはり、かすっただけでも、普通の石とは比べものにならない威力だ。
このまま距離を取っていても、じり貧になる。
(どうにか投石を妨害するか……近づいて一気に削るしかない)
セレスは、息を整えて短く告げた。
「——みんな、作戦変更よ」




