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どんぐりころころ、さあ大変





 ホームレスの朝は遅い。

 ……というか、もう朝じゃない。

 

 人目につかないように夜に活動して、明け方に寝る生活が続いているので、自分にとっての朝はだいたい昼過ぎだ。

 …昼過ぎに起きてもいいなんて、素晴らしい。

ホームレスばんざい。


  

 今日やることは、どんぐりの採取。

 

 昨日食べたどんぐりは、数日もとっておいたせいで、実が固く、味も渋かった。

 

 なので、できるだけ新鮮なものを採って、早めに消費しよう——という計画である。

 

 路地裏のダンボール布団から抜け出して、公園へ向かう。

 

 この公園は、人気がないからなのか、いつも人が少ない。

 休日でも、ぽつぽつ人がいるかいないかくらいだ。

 

 この街は公園が多く、少し離れたところに、遊具も豊富な公園が複数ある。

 それに比べて、この公園はそこそこ広くはあるが、遊具がジャングルジムとスプリング遊具しかなく、敷地の半分はただの雑木林になっている。

 

 まあ、そのおかげで自分は人目につかずに生活できているのだが。

 

 雑木林の奥に足を進めると、どんぐりのなる木が何本かある。

 できるだけ新鮮なもの、ということで、落ちているやつは極力ひろわない。

 

 以前、油断して拾ったら、殻のすき間から小さい虫がこんにちはしてきたこともある。

 かといって、まだ青くて小さい実は論外だ。

 軽く触って、指でつまんだだけでぽろっと簡単に取れるくらいのやつだけを選ぶのが良い。

 

 そう決めて木を見上げると——さっそく、ちょうどいい色と大きさのどんぐりが、枝の先に固まってついていた。


 手を伸ばしてみる。

 もちろん、届かない。

 つま先立ちして、ぴょん、と跳んでみる。

 やっぱり届かない。

 何回か跳んでみる。

 ……結果は変わらない。


  

 「……とどかない」

 

 そういえば、採取方法を考えていなかった。

当たり前だが、こんな低身長じゃ届くわけがない。

 それに、木登りなんかやったこともない。

 

 仕方ないので、きょろきょろと周りを見回す。

 人の気配は——なし。

 雑木林の中は、ちょうど死角になっている。

 

 ……そっと息を吸う。

 胸の奥の奥、意識をそこに落とすと、視界の端がふっと暗くなって—— 

 煙霧と共に、視界に黒いドレスの裾が揺れていた。


 何度も繰り返したせいか、変身そのものには慣れたが、戦うわけでもないのに、昼間に変身するのは少しだけ罪悪感がある。

 

 裾の中から、一本だけ鎖を伸ばす。

 さっき見上げた枝に向けて、そっと、そっと。

 どんぐりの少し下を軽くはじくようにして金属をぶつけると、こつん、と鈍い音がして、三つほどがぽろぽろと落ちてきた。

 

 土の上に転がったどんぐりを拾い集めながら、ふと思う。

 

 (……最初から、こうすればよかった)

 

 背伸びして飛び跳ねていたのが、ちょっと馬鹿みたいだ。

 

 そのあとも、鎖を細く伸ばして、枝の届きにくいところをちょん、とつついては、落ちたどんぐりを拾う作業を繰り返す。

 

 段々コツがつかめてきて、狙った実だけをうまく落とせるようになってきた。

 鎖の動きも、前よりずっと滑らかだ。

 戦闘のときほど素早くは動かせないけど、高いところに手が届くのは普通に便利だし、地面が濡れていても直接触らずに済む。

 

 普段は、鎖で魔災獣を叩いたり貫いたりしてばかり。

こんなくだらない使い方だけど、ずっと平和だ。



 

───


 

 …これくらいで十分だろう。

 どんぐりの木をひと通り巡り終えてから、変身を解いた。

 視界がほんの少しだけ低くなって、さっきまで重かった裾も、手枷も消える。

 

 足元には、ころころと転がる大量のどんぐり。

 夢中になって採っていたせいで、思っていた以上の量になっていた。

 

 先に拾っておいた、スーパーのロゴがかすれたビニール袋を広げて、どんぐりを一個ずつ拾い入れていく。

 

 前の体だったら、こうやってしゃがんで作業していると、すぐに腰が痛くなった。

 でも今の体は、どれだけ前かがみになっても、まったく悲鳴を上げない。

 

 ……この身体なら、一日中農作業とかできるのかもしれない。

 

 いや、さすがに一日中はいやだ。

そこまで働く気もないし。

 

 元からそんなに大きくないビニール袋なのもあって、あっという間に袋はパンパンになった。

 口のあたりまで、どんぐりでぎっしりだ。

 

 これだけあれば、どんぐり丼も夢じゃない。

 

 そう思いながら顔を上げると、公園のベンチの近くに、使い捨ての紙容器がぽつんと転がっているのが目に入った。

 

 縁が少し茶色く染みていて、おでんか何かが入っていたような形。

 

 どんぐりを選別するときのお皿代わりに、ちょうどいいかもしれない。

 

 一度ベンチのところまで歩いていって、どんぐりの袋を座面に置く。

 

 その瞬間、袋の形がぐにゃりと歪んで——

 

 「……あっ」

 

 口のあたりから、どんぐりが数粒、ぽろぽろとこぼれ落ちた。

 

 ひとつはベンチの上で止まったけれど、もうひとつは勢いよく転がり、座面から落ちて、砂利道の上をころころと逃げていく。

 

 「ま、待って……」

 

 慌てて追いかける。

 どんぐりは、ころころ、ころころと予想以上によく転がる。

 

 ……これがほんとの、どんぐりころころかもしれない。

 

 そんなどうでもいいことを考えていると、そのどんぐりがぴたりと止まった。



  

 誰かの靴のつま先に、当たったからだ。

 

 視線の先で、誰かの手がすっと伸びて、転がってきたどんぐりを拾い上げる。


  

 「……すみません……ありが――」


  

 お礼を言おうとして、顔を上げる。

 

 そこに立っていたのは——

 

 女の子が、三人。


 

 どこかで見たような、眉を寄せるような表情をした、紺色のロングの女の子。

 そして、その後ろに、見覚えのあるクセのついたポニーテールの子と、肩までの淡い水色の髪の女の子。


 

 「た、多分……その子で、間違いない……と思います……」


 

 淡い水色の髪の子の、聞き覚えのある吃り声が聞こえた。

 

 その視線は、どんぐりを握りしめたまま固まっている自分に、真っ直ぐ向けられている。


  

 ………まずい。

 

 手のひらのどんぐりが、指のあいだから一粒、ぽとりと落ちる。


 

 紺髪の子が、一歩前へ出る。



 

 「あなたが——鎖の魔法少女、よね?」


 


 

 ……おわった、かもしれない。


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