お嬢様(ホームレス)
支部を出ると、宵ヶ丘の空はもうすっかりオレンジ色に変わりかけていた。
街灯がぽつぽつ点き始めた歩道を、白いジャケット姿の三人が並んで、いつもの帰り道を歩いていく。
「それにしてもさ〜〜、三級とか聞くと、改めてゾワッとするよね……。宵ヶ丘に四級以外が出てくるなんて、初めてじゃない?」
光莉がうーんと伸びをして、わざとらしく背筋をぶるっと震わせる。
「私たちが魔法少女になってからは初めての事例ね。過去には、何度か出現した記録はあるそうよ」
椎奈は、通りの街灯をちらっと見上げながら淡々と答える。
「えっ、そうなんだ……。そのときは、どうやって倒してたんだろう……。今よりももっと戦える子、少なかったんだよね?」
光莉が、信じられないといった顔で椎奈に身を寄せる。
「優秀な魔法少女が数人で、ほとんどの魔災獣を相手していたそうよ。……まあ、その人たちはもう都市部に引き抜かれちゃって、ここにはいないけどね」
「うえ〜、数人で宵ヶ丘を? とんでもなく大変そう……」
光莉が肩を落とすと、穂乃花が小さく笑った。
「……でも、そのおかげで、今の制度があるんですよね……」
そんな他愛ない会話を交わしながら、三人は角の手前まで来る。
「あ、ねえねえ!」
急に光莉が立ち止まって、指をさした。
「ここ! この角、曲がったとこ!」
光莉の顔がぱっと明るくなる。足取りも、ちょっと弾む。
「ほら、あそこの電柱あるでしょ? あの影からね、魔災獣がひょいって出てきたの!
最初、普通の猫かな〜って思ったら、バッ飛び出してきて走り回り始めてさ〜〜。
あたし一人でどうしようってなってたら、上からがしゃんって鎖が落ちてきて——」
「……以前の、鎖の子と初めて会ったときの魔災獣ですか……? 猫ってサイズじゃないと思いますけど……」
穂乃花が苦笑まじりに小声で突っ込む。
「でっかい猫だと思ったの!」
光莉はむくれた顔で言い返しながらも、どこか楽しげだ。
「そういえば、鎖の魔法少女が単独で倒したであろう魔災獣の出現予測地点も、この辺りからそう離れていないわね」
椎奈が、端末の地図を一瞥してから付け加える。
「そう……ですよね」
穂乃花も、自分の端末をちらりと見てうなずいた。
「そ、そうなんです…。
もしかしたら、この辺りに住んでるのかも、って…」
「たしかに!」
光莉が、きょろきょろと辺りを見回す。
「じゃあさ、例えばあのマンションとか——」
指さした先には、駅寄りに建っている、妙にキラキラした高層マンション。
エントランス前には植栽、オートロック付きのガラス扉、エントランスの照明もやたら綺麗だ。
「あれは、ここら辺でも一番の高級住宅エリアじゃない……」
椎奈が、半分あきれたように眉を上げる。
「えっ、そうなの? なんかキレイだな〜くらいしか……」
光莉がぽりぽりと頬をかく。
そう言いながらも、椎奈は少しだけ考えるような顔になった。
「……でも、言われてみれば。
あのドレスと端正な顔立ち、いいとこのお嬢様って言われても不思議じゃないわね」
「おじょーさま……」
光莉が、うまくイメージできていない顔で繰り返す。
「ほら、マナーとか門限が厳しくて、ピアノと習い事と塾でスケジュールぎっしりで、
遊びに行くのも止められるような家」
「あ〜〜……なんかドラマで見たことあるかも……」
光莉は微妙にズレた理解をしながらも、なんとなく納得したようにうなずいた。
「そういう家の子が、内緒で夜中に変身してます——なんて、親に絶対言えないでしょ」
「それは……たしかに、言い出しにくいですね……」
穂乃花が、胸の前でそっと手を合わせる。
「それに——」
椎奈は歩調を崩さないまま、少し声を落とした。
「企業や団体の中には、魔災獣対策や、魔災庁の魔法少女管理そのものに反対してるところもあるしね。
そういうところのお偉いさんの娘、とかだとしたら……
魔災庁に管理される魔法少女なんて、絶対に認めてもらえないでしょうし」
「えっ、そんなのあるの?」
「あるわよ。表向きは環境保護団体とか、市民の自由を守る会とか、いろんな名前でね。……子は親を選べないのよ」
椎奈は、わずかに肩をすくめる。
光莉は「へ〜〜」と、あまりよくわかってなさそうな声を出した。
「だからといって、未登録で戦い続けるのはやっぱり危ないけど。
名前も登録も嫌がった理由としては、十分あり得ると思うわ」
「う〜〜ん……それなら、ちゃんと話聞いてからにすればよかったかな〜」
光莉が、空を見上げながら口を尖らせる。
「でもさ、お嬢様だからって、あんなボロボロのドレスになるかな……?
もっと、ふわっふわのフリルとかリボンとか付きそうじゃない?」
「……そこは、なんとも言えないわね。
でも、ある意味箱入り娘らしいとも言えるわ。それこそ縛られてる、って感じでしょ」
「たしかに……」
穂乃花が、ぽそりと同意した。
「でも、どんな事情でも……また会えたら、ちゃんと話したいです……」
「そうそう! 今度会ったら、くさりちゃんのこと、もっと色々聞く!」
「またその呼び方……」
椎奈が、額を押さえながらため息をつく。
「ペットじゃないんだから。仮のあだ名をつけるにしても、もう少しマトモなのにしてあげなさいよ……」
「え〜〜? わかりやすくて可愛いと思うんだけどなあ……ね、穂乃花ちゃん?」
光莉が、隣を歩く穂乃花に顔を向ける——が。
穂乃花は、すでに少し後ろで歩みを緩めていた。
「…この魔力反応は……? ……いえ、でも……気のせい、かも……」
穂乃花は、無意識に足を止めかけながら、小さくつぶやく。
「………穂乃花ちゃん? どうかした?」
光莉の声が、少し遅れて穂乃花の耳に入ってくる。
「っ、い、いえ! なんでもありません……!」
穂乃花は、慌てて首を振った。
「ちょっとぼーっとしてただけです……すみません……」
そう言いつつも、視線は、無意識に少し先の小さな公園と、その脇の細い路地の方へ向かっていた。
(公園の方……? それとも、あの路地……)
胸の中だけで、そっと自分に問いかける。
(……気のせい、ですよね)
そうもう一度だけ呟いて、穂乃花はふたたび二人に歩幅を合わせた。
三人の背中が、宵ヶ丘の夕闇の中へと、ゆっくり溶けていった。




