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検討します




 魔災獣鎮圧の翌日、放課後。


 宵ヶ丘市魔法災害対策本部・第二区域支部、ブリーフィングルーム。


 昨日と同じ長机の前に、光莉、穂乃花、椎奈の三人が並んで座っていた。

 天井近くにはホログラフ画面が浮かび、昨夜の戦闘記録が止めた状態で表示されている。


 棘だらけの大型魔災獣と、その周りを動き回る三つの光。

 そして上空で、鎖で巨体を縫い止める暗い色のドレスの少女。


 端末を操作していた志乃原は、一度映像を早送りし、決定的な場面で止めてから、小さく息を吐いた。


「……改めて見ると、かなりギリギリでしたね」


 そう言ってから、表示を一つ切り替える。

 画面の端に、文字情報が追加された。


> 《危険度判定:大型=第三級指定/中型=第四級指定(確定)》



「本部の暫定判定が、先ほど正式になりました。

 大型が第三級、中型が第四級……。この支部で単独対処するには、かなり重い案件でした」


「えっ、第三級……」


 光莉が思わず声を漏らす。


「テレビで見るやつってイメージなんだけど、第三級って……普通にめっちゃヤバいやつじゃない?」


「本来なら、もっと魔災密度の高い都市部を中心に発生するレベルです。」


志乃原は、別ウィンドウを横に表示させる。

 そこには、時間軸に沿って伸びるグラフがいくつも重ねて表示されていた。

 

「それと、今回もうひとつ問題になっている点が……予測です」

 

「予測……ですか……?」

 

 穂乃花が首をかしげる。

 

「通常、第三級クラスの個体なら、出現の三十分から二時間くらい前には魔力揺らぎとして予兆が観測されます。

 かなり弱い個体なら、ギリギリになってから反応が立ち上がることもありますが……」

 

 志乃原は、昨日の宵ヶ丘のデータに印を付け、三人を見渡した。

 

「ここ最近、宵ヶ丘周辺では、こうした予測のズレが少しずつ増えてきています。」

 

 三人の表情が、自然と引き締まる。

 

「加えて——群れ行動。」


 穂乃花が、画面を見上げながらそっと呟く。


「大型一体に、中型二体。同時出現……ですよね……?」


「ええ」


 志乃原はうなずき、数件の記録に印をつける。


「群れでの同時出現自体は、記録上ゼロではありません。

 ただ、最後に確認されたのは数年前……そのときは、もっと魔災密度の高い都市部でした」


 三人の視線が、自然と真剣になる。


「少なくとも、この第二区域みたいな地方都市で起こるパターンではないはずだった、というのが本部の見解です」


「すごい! じゃあ、やっぱりレアモンスターだったってこと?」


 光莉が、ちょっと誇らしげに言う。


「レアだからラッキーとか、そういう話じゃないでしょ。

 予測外ってことは、次も同じことが起こるかもしれないってことよ」


「はい、その通りです」


 志乃原は、椎奈の言葉にうなずく。


「今回の予測のズレも含めて、何かしら環境に変化が起きているのかもしれません。もし今後も、昨夜のような群れ行動が続くようであれば——」


 志乃原は、端末の画面を一度だけちらっと見て、わずかに言い淀んだ。


「……本部としては、追加の戦力の派遣も検討するとのことです」


「えっ、追加戦力!?」


 光莉が、椅子をガタッと鳴らして身を乗り出す。


「それってさ! 都会のめっちゃ強い先輩魔法少女とか来ちゃったりする!?

 テレビで見る有名な人とか! うわーどうしようサイン——」


「落ち着きなさい」


 椎奈が、ため息まじりに遮る。


「“検討する”って言葉、もうちょっと疑って聞きなさいよ。

 あっちはあっちで魔災獣だらけなんだから、人員に余裕なんてないわよ」


 穂乃花も、苦笑いしながら小さくうなずく。


「……書類の上では検討しました、っていう意味の“検討”かもしれませんしね……」


「ぐっ……現実的……」


 光莉がしゅんと肩を落としたところで、志乃原がフォローするように口を開いた。


「今の時点では、あくまで可能性のひとつ程度です。

 宵ヶ丘は、全国で見ればまだ被害の軽い地域ですから……他の、もっと厳しい区域が優先されるのは仕方ないですね」


 それが「口だけ」になりがちな現実だと、志乃原も椎奈も、穂乃花もわかっている。

 だからこそ——この街は、今ある人材が守らなければならない。


「つまり、増援が来る前提で動くなってことね」


 椎奈がまとめる。


「そういうことです」


 志乃原は画面をひとつ閉じ、表情を少し和らげた。


「——さて。魔災獣の話はこのくらいにして。

 本題は、ここからです」


 画面が切り替わる。


 黒いドレス。灰色の髪。

 浮遊と、鎖。


「あの子の件ですね」


 三人の視線が、自然とそのシルエットに吸い寄せられる。


「昨夜の戦闘データと、みんなからの報告は、本部にも送ってあります。

 本部としての見解は——『即時の確保、保護が望ましい』」


「……そう……ですよね」


 穂乃花が、小さく肩をすぼめる。


「未登録で、あの実力ですからね。ただし、それは本部としての意見です」


 志乃原は、そこで言葉を区切った。


「私としては、もう少し時間をかけたいと思っています」


「時間……?」


 光莉が首をかしげる。


「昨夜、みんなの通信を聞いていても、映像を見返しても——

 どうしてもただの違反者には見えないんです。事情がある、としか」


 志乃原は、三人の顔を順番に見る。


「……それで。実際に会ってみて、どうでしたか? 鎖の魔法少女の子は」


 問いかけると、真っ先に反応したのは穂乃花だった。


「せ、戦闘中は気付きませんでしたが……その、すごく……美人さんでした……!

 お人形さんみたいで……肌もすごく綺麗で……」


 キラキラした目で勢い込む穂乃花に、光莉も力強く頷いた。


「でしょでしょ! なんかこう……ツヤッとしてたよね、肌!

 あとまつ毛! あれ絶対ビューラーいらないやつだよ! ずるい!」


 なぜか、ちょっと誇らしげな顔までして熱弁する光莉。


「……あなたが誇らしげにする理由は、どこにも無いと思うけど」


 椎奈が半眼で突っ込むが、光莉はまったく堪えていない。


「だってさ、あんなに強くて、しかもあんなに可愛いんだよ?

 すっごい鎖いっぱい出してさ、きゅーってやってさ!

 あたし達だけじゃ正直きつかったし……くさりちゃん、仲間になってくれたらマジで頼りになるよ!」


 椎奈が眉をひそめる。


「……もしかして、その“くさり”って……あの子のこと?」


 光莉は胸を張った。


「鎖の魔法使う子だから、くさりちゃん! わかりやすくてかわいいでしょ?」


「……あなたのネーミングセンスが壊滅的なのは、よくわかったわ」


「えっ、ひどくない!? わかりやすいのがいちばんだって!」


 穂乃花は、どちらにも味方できないといった顔で、困ったように笑っていた。


 

 志乃原はそのやり取りを見て軽く笑い、また少し真面目な表情に戻る。


 

「それで、椎奈さんはどう感じましたか?」


「そうですね……」


 椎奈は組んでいた腕を少し緩める。


「戦闘能力については、さっきのとおり。

 あれだけの拘束力と制圧力を持ってる魔法少女が登録外というのは、本来かなり問題です」


 続けざまに椎奈は口を開く。


「それと、本部や登録の話を出した瞬間。あの子の反応がはっきり変わりました」


 椎奈の視線には、昨夜の横顔が映っている。


「それまでは一応こっちの話は聞いてくれてはいたけど……。

 隠し事や、触れないでほしいことがある人の顔、でした」


 穂乃花が、心配そうにうつむく。

 光莉も、さっきまでの明るさを少しだけ抑えた。


 志乃原は、三人の表情を見てから、静かにうなずく。


「……やはり、そうですよね」


 それから、少しだけ柔らかい声で続けた。


「なので、昨日の時点で『深追い禁止』の指示を出しました。

 無理に追いかけて捕まえても、本当の意味で“保護”にはなりませんから」


 三人の肩の力が、すこしだけ抜ける。


 

「それと——」


「拘束魔具を持ち出すときは、今後はちゃんと事前に許可を取ってくださいね?」


「……ぎくっ」


 椎奈の肩が、わかりやすく跳ねた。


「こ、こほん。何にせよ、昨日みたいにあの子がいないと厳しい状況が続くのは、良くないです」


 わざとらしく咳払いして、椎奈は真面目な顔で言い直した。


「未登録のまま無許可で魔法を使い続けて、そこで事故が起これば、一気に魔法による犯罪扱いになりかねません。

 助けようとして失敗しただけでも、世間はそこまで見てくれない可能性が高いです。」


 穂乃花が、小さく息を呑む。


「そして私たちも、未登録の子に頼りっぱなしでした、じゃ済まない。

 だからこそ——」


「だからこそ、うちのチームの戦力強化が必須、というわけですね」


 志乃原が、穏やかにまとめる。



 

「つまり、特訓だね!!」

 

 光莉が、またずいっと身を乗り出す。


「そうなりますね。」


 志乃原が苦笑まじりに頷くと、光莉の目がきらきらと輝いた。


「よーっし! じゃあ今度の実戦想定訓練、あたしめっちゃ頑張るから!

 ね、椎奈ちゃん! 穂乃花ちゃん!」


「その前にあなた、自分の魔法をもうちょっとマトモに使えるようになりなさいよ……」


 椎奈が、呆れ半分で額を押さえる。


「双剣振り回すだけじゃ、いつか本当に足りなくなるわよ」


「ぐっ……耳が痛い……!」


「こ、今度、一緒に魔力制御の練習しましょう……? 光莉さん……」


 穂乃花の言葉に、光莉がぱっと顔を上げる。


「ほのちゃん優しい〜〜! 好き〜〜!」


「そっちに逃げるな」



 三人のやり取りに、志乃原は小さく笑った。


(……あの子も、いつかここに混じって笑ってくれる日が来ればいいんですけどね)


 胸の中だけで、そっとそう願いながら。


「——では、今日のブリーフィングはここまで。

 細かい訓練メニューは、後でそれぞれの端末に送っておきます」


 三人の「はい!」という返事が、ほとんど同時に部屋に響いた。




 

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